後半
正体
一か月が経過した。
なぜ彼女は姿を消してしまったのか、今となってもわからままだ。
強引過ぎたのだろうか?それとも何か彼女の気に障るような発言をしてしまったのだろうか?
そんなことはないと信じたい……。
(なんで、茜は……。)
茜の直前の言動、行動を必死に思い返す。
((私がモスマンだとしたらどうする?))
彼女の印象深かった言葉が、ふと頭に浮かんだ。
俺はそれに対して、嫌だとはっきり拒絶したのだ。
もし、俺がモスマンを拒絶したことが理由であるとするならば、ますます彼女が出ていった原因が分からない。
茜の私がモスマンだったらどうする?という発言は本当に冗談のつもりで言ったのだろうか?いや、その発言の後、すぐに家から出ていったのだ。何か意味があったのかもしれない。
もしかすると、行為に及ぶ前の最後の確認のようなものだったとか。実は既に俺に愛想をつかしていて、質問の答え方によって今後関係を続けるかどうか決めていた可能性があるということだ。
(いや、でも……)
本当にこの考え方であっているのだろうか。少し、飛躍しすぎている気がする。
一度、物事をもっと単純に考えてみる。
もし、言葉通りに、彼女がモスマンだったら?
ありえない。第一、彼女の容姿はどう説明するのだ?他にも不可解な点が多すぎる。
ただ、それを抜きにして考えてみると意外につじつまが合うのだ。
俺はモスマンを糾弾し、気味が悪いと嘲った。そして、はっきりとモスマンを拒絶した。
仮に、この言葉を、俺が茜にそのまま言われたとしたらどうするだろうか?
俺は、別れることを考えるだろう。それと同じ行為を彼女は受けてしまったかもしれないということだ。
ただ、あくまでも仮定の話でしかない。まだ現状では、ありえない話の上に憶測を立てているだけだ。
「「緊急速報です。」」
適当な番組をつけていると突然、画面が赤い縁取りの、重苦しい雰囲気漂う画面へと切り替わった。
自然と画面へ目が吸い寄せられる。
「「先ほど、サテライトタワーが、崩落しました。」」
「は?」
サテライトタワーといえば、茜とデートに行った場所だ。夜景がきれいで、ぼんやりと眺めていると自然に涙が伝って来た思い出のあるタワーで……。
呆然と俺は、その場に立ちつく他なかった。
それから、日本では次々に崩落、倒壊、といった被害が増加していくこととなる。
次の日には、大骨大橋が崩落した。ここもまた彼女との思い出深い場所だ。
その三日後には、ショッピングモールが倒壊した。なんと、そのショッピングモールも、二人で訪れたことのある場所だ。
不可解なのが、そのどれもが原因不明であること。
(偶然だよな……?)
二か月が過ぎた。
この二か月、俺たちが訪れたことのある様々な場所で、倒壊、崩落、等が巻き起こっていた。
そして、昨夜、二人で山登りに出かけた大穴山で土砂崩れが起こった。
もはや、偶然では済まされないところまで来ている。
(まさか、本当に……?でも、どうして?)
もし、彼女が本当にモスマンだったとして、何故、そのようなことをする必要がある?そもそも、彼女はそんなことをする性格ではなかったはずだ。
なんとか彼女を探し出さなければならない。そうして、俺の疑いを笑い飛ばしてほしい。
彼女の姿を探す度に、空虚な夜が続いた。しかし、一向に見つかる気配はない。
そもそも、俺は彼女の住所すら知らなかった。
昔、彼女に興味を持って尋ねたこともあるが、知ろうとすればはぐらかされ、話題を逸らされた。それ以来、あまり聞かれたくない事情があるのだと思い、彼女のプライバシーに関する話は自重していたのもあるだろう。
あれだけ共に過ごしてきたにもかかわらず、彼女の家、具体的な職業、家族、友人、何も知らない。
(俺はいったい、茜の何を知ってるんだ?)
彼女の事情は知らずとも、心だけはつながり会えていると信じていた。
しかし、それすらも、俺が一方的に思い込んでいただけのものだと否定されたのだ。今なんとか踏みとどまれているのは、まだ彼女との関係が、途切れたわけではないと信じているからだ。
ここ最近は、不毛な毎日を送っていた。手当たり次第に彼女の行方を調べるが、何も情報は出てこない。市役所で名前を尋ねても、そんな人物はいないとまで返された。
そこで、俺は探し方の趣向を変えることにした。
もし、彼女がモスマンだったらという可能性を考え、モスマンの方から調べていくのだ。
ネットで検索すると、次々にモスマンの情報が出てきた。この前よりも明らかに記事が増えている。
ブラックカンパニーがモスマン実在の根拠を示し、日本での倒壊事件が増えたことで、モスマンの存在がネット上で騒がれるようになったのだ。
しかし、情報が増え過ぎたことによる弊害もあり、憶測が飛び交いすぎて、何が真実であるのかが全く見えてこない。
モスマンは翼竜の生き残りだとか、宇宙人だとか、アメリカの生物実験によって生まれたとか。どれも胡散臭い話ばかりだ。
肝心のモスマンが建物を倒壊させる動機については、かなりぼんやりとした意見しかなかった。
俺は頭を抱えながら記事を探すうち、偶然ある人物の名前が目に入った。
未確認生物モスマン専門ハンター西川。
彼のインタビュー記事を以前、途中まで読んだことがある。
少しでも何か掴めたらと藁にも縋る様な思いで、すべてに目を通すことにした。
・なぜ悪ではないと分かるんですか?モスマンは、建物を倒壊させ人へ大きな迷惑をかけていますよね?
・モスマンなりのsos表現なのでしょう。彼女は……いやモスマンは、本当はそのようなことをするのを望んでいないのです。
・彼女?
・ああいや、つい癖で……。他意は無いです。
・なるほど、では次に質問です。あなたはモスマンをどういった存在だと思っていますか?
・この世で最も孤独で、哀れな存在です。
・それは、どうして?
・モスマンは元々、ただのフクロウでした。しかし、運が悪かった。あまりにも賢く生まれ過ぎたのです。それこそ、我々人類と同じくらいに。
・フクロウが、我々のように高度な知能を持って生まれてきてしまった、ということですか?
・はい。それによって、モスマンは強い孤独感を感じることとなってしまいました。
・しかし、高い知能を持ったからと言って、われわれと同じような感性を持っているとは限らないのでは?
・いいえ、それがあり得るのです。なぜなら、そのフクロウは人間によって生み出されたのですから。
・どういうことですか?
・アメリカのFBIは、秘密裏に生物実験を繰り返していました。そしてある時、悪魔のような実験が実行されるのです。それは、人間の赤子の脳を、フクロウの体へと移植するというものでした。そして、実験は成功してしまいます。
・な、それはあまりにも残虐すぎる……。どうして、貴方はそれを知っているのですか?
・……私がその実験に参加していた一員だったからです。
・……あ、貴方はそんな実験をしていて、止めようとも何とも思わなかったんですか!?
・思いましたよ。しかし、その時の私は未熟でした。金と権力に目がくらむあまり、現実が何ひとつ見えていなかった。だからこそ、今では深く後悔しています。そして、少しでも彼女の軌跡を追うため、この仕事に就いたのです。
・つまり、西川さんがモスマンを追っているのは贖罪であると……。何故、そのフクロウはあのような姿になってしまったのですか?
・フクロウに無理やり人間の脳を移植したことで、発達に異常が生じたのです。成長を重ねるごとに、人間とフクロウが混ざったような歪な姿になっていきました。その時、研究員たちは彼女をモスマンと名付けたのです。
・なるほど、ではなぜモスマンは今研究室にいないのですか?
・罪深い研究員たちは興味深い研究結果だとして、嬉れ嬉れと調査を進めていました。しかし、失態を犯してしまう。高い知能を持ったが故、フクロウが自力で逃げ出すことに成功してしまったのです。そして、モスマンはFBIから逃れるために銃の少ない日本へと渡ってきた。
・まさか、モスマンにはそんな過去があったんですか……。
・ええ。彼女は、今も計り知れない苦しみの中に苛まれているのです。
・最後に、なにか読者に向けて伝えたいことはありますか?
・もし、モスマンについて何か情報を持っている方がいるのであれば、私に連絡をください。罪滅ぼしなのはわかっています。それでも、私は彼女を救いたいのです。
その言葉のすぐ下の辺りに、メールアドレスが添付されていた。
未確認生物モスマン専門ハンター西川のインタビューはまさに青天の霹靂だった。つまり、モスマンは我々と同じ人間の脳を持っているのだ。
それが本当であれば、モスマンはいったいどれだけ悲惨な人生を送ってきたのだろう。考えるだけでも、胸の内が痛くなる。
話は筋が通っていた。記事の全てに目を通して、彼がモスマンの正体を知っているのにも一応納得がいった。でまかせを言っている可能性は否定できないものの、彼がモスマンのことを彼女と呼び間違えていたことで、自分の中では信憑性が上がったのだ。もっとも、モスマンが人間に変身するなどは話していなかった。つまり、茜がモスマンであるとは、まだ断定されていない。
(一度、彼と話してみるべきか。)
もし嘘をついていたとしても、会ってみて損はないと考えた。
メール
未確認生物モスマン専門ハンター 西川様
突然のご連絡を失礼します。、社会人をやっている41歳、錦戸悠馬と申す者です。
西川様は、モスマンのことを最後、彼女と呼んでいました。もしかしたら、私は、その彼女、のことを知っているかもしれません。
良ければ、一度対面でお話しできないでしょうか?
ご多忙のところ恐縮ですが、ご返事いただければ幸いです
(よし……。)
俺は、彼のメールアドレスにメッセージを送信した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます