#12 飲み会
時刻は十八時のニ十分前。約束の時間にはほんの少し早い頃合いに待ち合わせ場所に二人で着くと兎月がトートバッグを肩に掛け変形のオシャレなパーカーのポケットに手を突っ込んで既に待っていた。
「お疲れ、桃色ちゃん。んでそちらさんは~……あれ、サングラスしてるけどこの間のオンリーに来てた人じゃない?」
「お待たせ兎月!そうそう、この間の……夏鈴さん。で、コスプレしてない姿初めて見ると思いますけどこちらが兎月」
「はっ、じ……め……じゃない、二度目まして!夏鈴と、申します」
「どもども~!兎月です~。しっかし桃色ちゃんが誰か連れて来るなんて初めてだから、一体どんな人が来るかと思ったよ」
緊張しまくる夏鈴さんに兎月がけらけらと笑い場は和んだ。この二人の相性は果たしてどうなるか、化学反応がとても気になる。
「あはは……ちょっと凄い人連れて来ちゃった訳なんだけどね……」
「おん?んでんで?二人はいつの間に知り合った訳?」
「その……たまたま、家が近所、で……」
「ああなるほ、どうせどっかでぼけ~っとしてただろう偶然桃色大先生に出くわしたと。目に浮かぶわぁ。まぁその辺は後で飲みながら根掘り葉掘り聞きましょうじゃないの。じゃ行くよ~」
「どうせって何どうせって!」
「ハハ、いつもぼけ~っとしてんのは事実っしょ」
「だっ、大丈夫です!ぼけーっとしてる桃色さんも……可愛いので」
「酷い言われようだな!?」
そうして挨拶も済んだ所で近場のビルに入っている個室居酒屋へと三人で向かった。目的の階まで進みすぐにあるドアを潜り来店音が鳴ると「いらっしゃいませー」と活気の良い声が聞こえ足早に店員がやって来る。
「予約してた坂上で~す」
「坂上様ですね、お待ちしておりました!ご予約の三名様ご来店でーす!こちらへどうぞ―」
「んじゃいこっか……?」
「ああ、気にしないで気にしないで」
振り向いた兎月がこちらに手を伸ばそうとした瞬間夏鈴さんに腕を組まれてまるで阻止した様な形になった。今日一日でだいぶ麻痺して来た自覚は有るが特に気にせず三人で店員の後を追い個室に案内された。
先に座った兎月の向かい側に座ると流れる様に隣に夏鈴さんが座る。心なしか距離が近い。
「夏鈴さん、まるで桃色大先生のボディーガードだね~ちゃっかり隣キープしてるし」
「私懐かれた……?」
「懐いて、ます」
「そこ認めるんだ!?」
「アハハ、桃色ちゃんほんとぼんやりしてるからボディーガード居た方が安心だ~ね」
「言いたい放題だなぁ」
そう何てことの無い雑談をしながら夏鈴さんはサングラスを外して胸元に掛け、テーブルに乗せられていた飲み放題コースのドリンクメニューを三人で眺めて各々決めると備え付けられているタブレットを操作して注文する。然程待たない内に「お待たせしましたー」と店員が現れグラスやジョッキが配られた。
「おっし、それじゃお疲れさ~ん!かんぱ~い!」
「乾杯!」
「乾、杯……」
兎月は相変わらずの青りんごサワー、自分はカシスオレンジで夏鈴さんはウーロンハイを注文していた。カチャリと掲げたジョッキとグラスがぶつかり、その後揃って手に持った物から一口飲み込む。
「か~!!!アルコール摂取してる時はやっぱ最高だわ」
「てか夏鈴さんウーロンハイなんていけるんですね?」
「あ、はい……わたし大体飲める、ので」
「アッハハ、あたしなんかより全然酒強そうだもんね~夏鈴さん」
笑いながらう~んと適当につまみになりそうな物を兎月がタブレットのメニューから選んでいた。枝豆に出汁巻きたまご、サラダとポテトフライに唐揚げ。イカの一夜干し。大体そんなラインナップだろうと見当がつく。
「実は兎月、ここだけの話にして貰いたいんだけど一つ言っておく事がある」
「なになにどした~?」
「この人、七海夏鈴さんってモデル」
「……は?本人?」
「…………です」
タブレットを操作しながら流し聞きしていた兎月が行動停止し、視線を上げて夏鈴さんをまじまじと見詰めた後驚きを滲ませた声色で問い掛けた後こくりと夏鈴さんが頷いた。
「はぁ!?えっ、なんか芸能人に似てるしやたら美人だなぁ~とは思ったけど本人とは思わないじゃん!?えっ!?桃色ちゃんやばくね?」
「まぁそういう反応が正しいよねー……」
「あっ、あっ……でも、その……気にしないで接して下さい。今ここでははただの、腐女子の一人、ですし……」
「ま~そりゃそうか、バレるリスク背負ってまでオンリーに来てた位のガチっぷりだし?」
夏鈴さんがあわあわと取り繕うのを見て兎月が納得する。落ち着いた様子の兎月は此方をチラチラ確認しつつタブレットの操作を再開し、暫くすると店員によって次々と料理が運ばれて来た。
「あ、私サラダ取り分けるね~!夏鈴さん好き嫌いあります?」
「なっ、ないです!何でも……食べます」
「良かった。はいどうぞ」
「ありがとう、ございます」
「兎月も、はい」
「おっサンキュ~」
タブレットを所定の位置戻して青りんごサワーに口を付ける兎月とウーロンハイをごくごくと飲む夏鈴さんを見て自分もカシスオレンジのグラスを一口飲む。
グラスを元の場所に戻して用意された重なった皿を一枚ずつ手に取りトングで取り分けた温玉の掛かったシーザーサラダの小皿を夏鈴さんの前に置き、続けて兎月の分を取り分けて置く。最後に自分の皿に盛ってテーブルに並べた。
「それじゃあ頂きます」
「いただきま~す」
「頂きます」
割り箸を綺麗に割り、まずは揚げたてだろういい香りがする唐揚げを一つそれで掴む。口元に運んでふうと息を吹きかけてから頬張るとサクリと良い音が鳴り、口いっぱいに広がる香ばしさと味付けの良さに思わず頬が綻ぶ。
横を見れば夏鈴さんが黒髪を耳に掛けてサラダを美しい所作で食べており、前を見れば兎月は熱々のポテトフライに悶絶していた。
「あっっつ、まじあっつ。揚げたて美味いけどさ~あたし猫舌なの自分で忘れてたわ」
「いつも同じ事やってるよね兎月」
「学習しない奴みたいに言うのやめろ~?」
先程のポテトフライで学んだのか必要以上ではという程ふうふうと息を吹きかけ唐揚げを冷ましてから食らい付く兎月に笑っていると、夏鈴さんが私と兎月を交互に見る。
「お二人は、本当に仲良い……んですね」
「まぁね~高校からのマブダチだし」
「親友とは言え同じジャンルの同じカプにハマるって中々面白いけどね」
「たまたま気になって話してみたらお互い腐女子って分かってさ~そっから仲良くなった感じ?」
「懐かしいなぁ。当時はジャンル違ったけどカプ傾向はその頃から似てたっけ」
「そうそう、んでお互いハマってたジャンルの原作漫画貸し合ったりして」
「……羨ましい、です。そういうお友達居るの」
そう言いながら夏鈴さんがほんの少しだけ寂しそうに小皿に唐揚げを乗せてレモンを絞って掛け、それを箸で掴み頬張る。レモン派かぁなんてぼんやり思いながらカシスオレンジを一口飲み込んだ。
「でもさ~もうこうして一緒に酒飲んでる訳だし夏鈴さんも仲間っしょ?友達だよ友達」
「兎月はほんと楽観的で尊敬するわ……でも、もう友達ってのには賛成」
「良い、んですか?」
兎月の提案に驚いた様子の夏鈴さんが手を止めて目を見開く。私は一瞬兎月と目を合わせてから夏鈴さんを見て同時に頷いて見せた。
「ってかモデルが友達なんて自慢でしか無いっしょ!寧ろ嬉しいっていうかさ~」
「私なんて夏鈴さんにすっかり胃袋掴まれちゃってますし」
「なになに~?どういう仲?」
残りの青りんごサワーを一気飲みして全員分を含めておかわりをタブレットで注文しつつ、興味津々に視線を向けて来る兎月に果たしてこの名前の付け難い関係をどう説明するかと頭を悩ませる。
「まぁ、何というか色々あって……毎晩夏鈴さんがご飯作ってくれててさ」
「その、桃色さん……いつもコンビニのご飯って聞いて、わたしが強引に……」
「へぇ~?なんか不思議な関係ってのは分かった。てか現役モデルの手料理毎晩食べてるってヤッバ」
「やっぱとんでもない事だよね……自覚は最近薄々……」
手元のカシスオレンジを飲み干し、兎月の反応にそうだよなぁーと痛感する。最初は気付いていなかったとはいえ知ってしまった今良く考えなくてもとんでもない事だ。あまり気にしていない様子の夏鈴さんも残り僅かだったウーロンハイを一気に飲んでいた。
「で~?胃袋掴まれちゃう位美味しいんだ?」
「断言出来る位美味しい。やっぱさ、手料理って何か沁みるよね……お母さんの料理も美味しかったけど、それとはまた違うっていうか」
「桃色さんに……美味しく食べて貰いたくて……いっぱい気持ち込めて、作ってます」
「アハハ、愛されてんね桃色ちゃん」
「二人とも大袈裟だよー」
何とも言えないむず痒い気持ちになってそれを隠す様に出汁巻きたまごをひとつ箸で摘まんで頬張る。程無くしておかわりの飲み物が届き各々それらを飲みながら笑い合って、飲み放題のラストオーダーの時間が来るまで話題が尽きる事は無かった。
「それじゃ、今日はこの辺で。二人とも気を付けて帰んなよ~」
「誘ってくれてありがと、兎月。またね」
「今日は、ありがとうございました……」
店が入っていたビルの出入口の前で兎月が片手をパーカーのポケットに突っ込み、もう片方の手で去りながら手を振る。それを見送ってから横の夏鈴さんの方を向く。
「夏鈴さんのピアス、開けないとですよね」
「……はい」
「では案内よろしくお願いします。モデルさんのおうちに入れるなんてなぁ……」
「その、大した家じゃないです……けど」
「またまたご謙遜をー」
そんな会話をしている内タイミングを見計らったかの様にビルの前にタクシーが停車し、扉が開くと共に夏鈴さんが私の手を引く。どうやら夏鈴さんがアプリで手配していたらしく用意周到だ。
「乗って、下さい」
「ありがとうございます」
導かれるままにタクシーの後部座席に乗り込み、続けて夏鈴さんも乗ると扉が閉められる。夏鈴さんが住所を伝えるとタクシーが目的地に向けて動き始めた。
窓から夜の街の景色を眺めていると偶然触れ合った手をそっと握られ、何だろうかと夏鈴さんの方を向くと視線が合う。
「何かついてました?」
「いえ……やっぱり可愛いな、って」
「そればっかりじゃないですか」
もう何回言われたか分からない褒め言葉に思わず笑ってしまう。小動物にでも思われているのだろうか?まぁ彼女が良いならそれでも良いかと特に気にしなかった。アルコールも程良く回っていて気分が良く、その位にしか思わなかったのもある。
すっかり暗くなった夜の闇を月と街灯が照らしていて、その中を迷い無く私達を乗せたタクシーは進んで行き見覚えのある住宅街に入って来た。目的の夏鈴さんの家まではあと少し。握られた手はとても暖かくて何となく心地良かった。
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