#11 束の間のデート

「お腹いっぱいですねー!美味しかったぁ」

「……桃色さん」

 食べた食べた、と空になった皿を見て満足感に溢れていると名前を呼ばれて首を捻る。すると夏鈴さんの手がこちらに伸びてそっと唇に彼女の親指が触れたかと思えばそのまま優しく拭われ、離れていくその親指を夏鈴さんが舐め取った。

「その、ベリーソースが……ついてたので」

「え、あ!ありがとうございます。私ったら子どもみたいな事……」

「そんな所も……可愛い、です」

「美人さんに言われると照れちゃいますね」

 ホットティーの最後の一口を飲み終えソーサーにカップを戻すと気恥ずかしさと照れで頬がほんのり熱くなる。そのビジュアルでこういう事をサラっとして来るのは反則では無いだろうか。鼓動を高鳴らせながら心の中のネタ帳にこの出来事を書き止めた。次の小説に生かせそうな気がする。

「次、どこ行きます?兎月との約束の夕方までまだ時間ありますし」

「えっと……アクセサリー、見に行っても……いいですか?」

「アクセ好きなんですか?私も好きなんですよ。ほら、このピアスもこの間買ったばかりで」

「似合ってます。凄く……可愛い」

 片方の横髪を耳に掛け、買ったばかりでお気に入りの花の形をしたピアスを見せるとまるで愛おしいものを見る様な眼で微笑まれる。何だか気恥ずかしくてすぐに髪を撫でつけて元に戻した。

「でも夏鈴さんブランドのジュエリーとかの方が似合いそうなのに、アクセで良いんですか?」

「良いんです。派手なの……あんまり、好きじゃなくて」

「そっかぁ……それじゃ一緒に見に行きましょ、アクセ」

「……!はい!」

 テーブルの端にある伝票を取って鞄から財布を出すと二人で席から立ち上がいレジに向かう。つい財布を出そうとする夏鈴さんを止めて確りと二人分の支払いを終えた。

 店から出ると外は相変わらずお出かけ日和の快晴で気分が良くなる。近くのアクセサリーショップはこの通りのすぐ傍だ。迷う事無く案内できる、と続いて出て来たサングラスをかけた夏鈴さんに指で方向を示す。

「こっちです!私のお気に入りのアクセサリーショップ」

 夏鈴さんがこくりと頷くのを見て先導するべく歩き出す。付いて来る足音に安堵しながら歩幅を合わせて数分。辿り着いた店のショーウィンドウには数々のアクセサリーが展示されていた。

「ここです。ピアスも沢山あるし、ブレスレットとかも可愛いのいっぱいあるんで!」

「ピアス……」

 さぁさぁと夏鈴さんの手を引いて自動ドアを潜り抜け店内に入るとそこにはショーウィンドウの比では無い程のきらきらと輝くアクセサリーが並んでいる。指輪やピアス、イヤリングにネックレス、ブレスレットに留まらずヘアアクセサリーやネイルチップ、ちょっとした雑貨などが陳列されていた。

 目移りしてしまう品揃えの中からまずは二人でピアスのコーナーへと向かう。

「ほら、可愛いの沢山あるでしょう?いつも迷っちゃうんです」

「……わたし、ピアス開けてなくて」

「あっ、そうなんです!?じゃあイヤリングの方がいいですよね」

「そのっ!ピアス、開けたいな……って思ってるんで、ここで大丈夫です」

「ならピアッサーもこのお店に……あったあった、両耳ですか?」

 ピアスコーナーのすぐ横にぶら下げられたピアッサーを手に取り夏鈴さんにそれを見せると彼女が二度頷く。

「はい、両方……」

「じゃあ、はい。二個。ファーストピアスはちょっとの間し続けてなきゃなんですけど、馴染んで来たら好きなの付けられる様になりますよ」

「ありがとう、ございます」

 ピアッサーを二つ差し出すとそれを夏鈴さんが受け取ったが、そのまま手を掴まれてなんだろうかと次の言葉を待つ。言いにくそうに口を噤んだあと、覚悟を決めた目で言葉を紡ぎ出すのを見守る。

「あ、あの!桃色さんが……開けてくれませんか、ピアス」

「私が?」

「はい……桃色さんに、開けて欲しくて」

「責任重大だなぁ……でもまぁ良いですよ、綺麗に開けられる保証はしませんけど。っていうかモデルさんが勝手に開けちゃって大丈夫なんです?」

 少し悩んでから頷いて見せる。モデル相手にファーストピアスを開ける手伝いをするなど流石に安請け合いか?とも思ったが本人に望まれては無下に出来なかった。

「マネージャーには確認しま、した。飲み会、終わったらわたしの家に……来て下さい」

「わかりました。でもお酒入ってるだろうし、失敗しても怒らないなら良いですよー」

「怒りません。絶対に……」

「それじゃ、ピアスホールが馴染んだ頃に付けるピアス選びましょ」

 そう言うと手が離されて再びピアスが陳列された棚を二人で見る。気になる物を手にとってはサングラスを外し髪を耳に掛けた夏鈴さんの耳朶に当てて鏡越しに見せる。正直に言って美人である夏鈴さんには何でも似合うし様になる。ただ可愛らしい物よりはシンプルな物の方がより似合う気がした。

「これなんてどうです?」

 気になって手に取ったのはシンプルなシルバーの細長いスティックピアス。棒状のシルバーがチェーンで根元に繋がれたそれはゆらゆらと揺れてきっと長い黒髪のアクセントになると思ったのだ。

「凄く……良いです。気に入りました」

「良かった」

 鏡越しに添えて見せると夏鈴さんが目を輝かせる。好感触な反応によし、とそのピアスに決めてから店内をのんびりと一通り見て回り、気付けばあれも良いこれも良いと手元にはいくつかのピアスを持っていた。

 それらをレジに持って行き財布を開いて会計を済ませると、すぐに夏鈴さんも会計を済ませて一緒に並んで店を出る。だいぶ時間が経過したが夕方にはもう少し猶予があった。

「次はどこ行きたいとかありますか?」

「その……プリ機で撮りませんか、写真」

「……アラサー女子二人で?」

「デート!デート……なので」

 アラサー二人が流石に女子高生みたいなノリはどうなんだ?と思いつつも必死な様子の夏鈴さんに負けて頬を緩める。最後に撮ったのはいっだったか、とぼんやり思い浮かべながら頷いて見せた。

「わかりました。プリ撮るのなんて何年振りだろ……」

「わたしも、久々……です」

「じゃあ目的も決まったことだし、近くのゲーセン行きますか」

「……はい!」








 辿り着いたゲームセンターはとても広く、賑やかで……数々の景品が入ったクレーンゲームやメダルゲーム、レースゲームにシューティングゲーム等様々だ。

 目的のプリ機が密集するゾーンへ歩いて行くとどれも昔とは少し違って最先端になっている。意を決して踏み出そうとした瞬間夏鈴さんに手を握られてえっ?と彼女の方を見た。迷い無く数ある機械の中から選んだ物のコイン投入口にあっという間に連れていかれ、手が離れると彼女が百円玉を五枚投入するのを見届ける羽目になった。

「撮りましょう……プリ」

「急に大胆だな……」

 さぁ、と夏鈴さんが幕を捲って二人で明るい照明で満ちた中に入る。彼女はすぐにサングラスを外して胸元に掛け、何やら画面を操作し始めた。

 鞄置き場に二人分のバッグを置いて、画面が表示する内容に従ってポーズを取ってみるが中々に気恥ずかしい。今時の女子高生達はこんな感じなのかと衝撃を受けた。

「撮影、始まります……」

「よ、よしどうとでもなれ!」

 指定されたポーズのまま三、二、一とカウントダウンが始まりシャッターが切られる。続けて撮影が始まり何ポーズか撮っていく。

「……桃色さん、笑顔のままじっとしてて……下さい」

「え?はい――!?」

 最後にアップで撮るワンショットの手前でそう言われて若干ぎこちない笑顔をカメラに向けていると頬に何かが当たった。それは柔らかくて、本当に一瞬の出来事だ。シャッターが切られた瞬間その感触は無くなり何が起きたのかと夏鈴さんを見ると彼女は目と鼻の先で微笑んでいるだけで何も言わなかった。

「今、何を……」

「……デート、なので」

 しっ、と人差し指を立てて唇に当て内緒のポーズを取る夏鈴さんは余りにも美しくて、一挙手一投足全てが綺麗で、うっかりどこまでも流されそうになる。

 何やらまた夏鈴さんが画面を操作し、撮影の全ての工程が完了したのか鞄置き場からバッグを出して渡される。それを受け取りまた流される様に落書きブースの幕を捲る彼女に優しく押し込まれた。

「ええと、とりあえず二分割で……っていうかなんですかこの写真!」

「デートっぽく……しようかな、と」

「ほんと良く分からないとこで大胆だな!?」

 表示された写真一覧を見ると最後に撮った物であろう頬にキスをされているアップの写真を見て一気に顔が熱くなる。写真はどれも加工されて非常に――いわゆる盛れているというやつなのだろうが、昔より高度な技術で加工されたそれは少し見慣れない。

 とりあえず適当に日時のスタンプを入れたり、季節限定のフレームを付けたりと無難に終わらせて幕を捲りブースを離れて印刷口へと向かう。それ程待たずに出て来た一枚に纏められた写真を近くの机に備え付けてあるハサミで二分割にカットして夏鈴さんに片方を渡した。

「なんかちょっと若返った気分です、イマドキ女子って感じ?」

「桃色さん……凄く、可愛い」

「ハイハイ、段々言われ慣れてきました」

 半分にカットしたそれをバッグのポケットに仕舞い、夏鈴さんもバッグの中の手帳にそれを大切そうに挟み込んで閉じたあとサングラスを再び掛けた。

 その後は時間の許す限り、クレーンゲームでそれぞれピンクとブルーのお揃いのクマのマスコットを取ったりレースゲームで本気になったりと現実を忘れて楽しんだ。こんなに楽しいなんて思うのはいつ振りだろうか、なんて思いながらバッグに取ったばかりのピンクのクマのマスコットのポールチェーンを括り付け、触り心地の良いそれそれを一度つついた。

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