#5 再会

 時は夕暮れ。いつもの様に仕事を終え、いつもの様にコンビニで夕飯を買い、いつもの様に帰路を辿る。

 今日は何となく子どもの頃良く遊んだ公園に寄って誰も居ない静かなそこでブランコに座りゆらゆらと微かにそれを揺らす。真っ赤に染まり行く夕陽をぼんやりと眺めて、早く帰って宅配ボックスに届いているだろう戦利品を読まなくちゃ……と思い出しながらも何故かそこから動けずにいた。

 子どもの頃は友達と人形遊びをしたりブランコで陽が沈むまで語り明かしたりあんなに純粋だったのに、今の私はどうだ。腐女子であることを悔いてはいない、でも時折この道を突き進んで良かったのかと自らに問う事はある。

 もしこの道を辿っていなかったら、もし自分がもう少し人間を好きだったら、真っ当に結婚して子どもを産み育て、親にも孫の顔を見せられたかもしれない。果たしてそれが幸せなのかと言われればそれもまた分からないのだが。

「……あの、桃……桃色団子、さん?」

「へ?」

 その時夕陽を背に影が覆い、ふわりと秋の風が吹いた。甘くて優しい仄かな香りが鼻腔を擽り、反射的に声の主の方を見る。

「あっすみません決して怪しい者ではなく……」

「…………夏鈴さん?であってますよね?なんでこんな所に」

「家が近くなんです、姿をお見かけしてつい声を……」

「奇遇ですね、家もこの近くで。今日は何となくここに」

 まさかこんな所で出会うなどとは思っていなかったのだろう、夏鈴さんは慌てた様子で衣服を正しぺこりと擬音が付きそうな程の一礼をして来た。長く綺麗な黒髪と、この間とは違う茶色のワンピースのスカートが風にそよぐ。そんな様子に思わず頬が綻んでくすくすと笑みが零れる。

「わたし夢でも見てるんでしょうか……」

「現実ですよー!ほら、顔上げて下さい」

「ありがとうございます嬉しくてつい」

 恐る恐るといった様子で顔を上げた夏鈴さんはよく見れば仕事用と思われる鞄の他にスーパーの帰りなのかマイバッグを持っていた。もしかするとこれから料理をするのかもしれない。私みたいなコンビニ飯と違って偉いなぁ……とぼんやり思う。

「家が近くなんてほんと奇遇ですね、私も嬉しいです」

「……あの、こんな事聞くのもあれなんですけど……いつもコンビニのごはんなんですか?」

「え?ああ……温めるだけで楽だし食べたらゴミとして捨てるだけだし、何より料理苦手で」

「栄養、偏ったりしてません?」

 気遣ってくれているのか夏鈴さんは心配そうに首を傾げて見せる。そんな些細な動作も綺麗に見えるのだからさぞモテる事だろう。指輪の類はしていなさそうだが彼氏が居るに違いない。

「気にして下さってありがとうございます。でもほら、健康なんで!」

「……明日も、この時間ここに来て下さい」

「ここに?」

 夏鈴さんが力強く頷いてマイバッグを握り締める。何故?と問う前に次の言葉を切り出された。

「簡単な栄養たっぷりのおかず、作って持ってきます」

「は?いやいやそんな申し訳ないですって」

「梃子でも譲りません!ファンとしてはちゃんと栄養つけてまた新作を書いて頂きたいので!!」

「……強情って言われません?」

「時々……」

 勢いで言ったのかハッと我に返ったのかあわあわと百面相する夏鈴さんを見てまたふふ、と笑みが零れる。もっと華やかな浮世離れした美人だとばかり思っていたが中々面白い人だ。嫌いじゃない。

「明日、楽しみにしてます」

「えっ!?受け取ってくれるんですか!?」

「言い出したのそっちじゃないですか」

「そ、そうなんですけど……お口に合うように努力します!!」

 それはもう嬉しそうに目を輝かせて意気込まれてはノーとはとても言えなかった。でも何だかそれがとてもおかしくて吹き出すと夏鈴さんは不思議そうに瞼を何度も瞬かせている。

「よし、それじゃ私は荷物も届いてると思うのでこの辺で。また明日」

「あ、はい!引き留めてしまってすみません。また、明日」

 ブランコから立ち上がり、夏鈴さんと向き合うと靴のヒール分を込みで見ても彼女の方が背が高い。女優ですと言われても信じてしまいそうなスタイルの良い美人だが案外お人好しで抜けているのかもしれないという事が知れて少しだけ嬉しかった。

 それからそれぞれ家に帰り。自宅のマンションに辿り着くとやはり宅配ボックスに荷物が届いていた為それを回収してから扉を開けて中へ滑り込み、後ろ手に閉めた扉に背を預けてふう……と溜息を吐く。玄関に一旦荷物を置き、鍵を掛けてから置いた物を回収して靴を脱ぎ廊下を抜けてキッチンへと入る。

 キッチンにまず買ってきたコンビニのパスタとお茶が入った袋を置き、すぐにリビングへと向かうと床にどさりと置いた段ボール箱のガムテープを剥がして封を開ける。そこには山ほどの差し入れと戦利品である同人誌の数々が入っていた。

「はー……生きてる実感を得られる瞬間だわ」

 まずは差し入れの感謝をSNSに載せなければ、と昨日のアイシングクッキーの包みを取り出して一緒にローテーブルへと並べる。より取り見取りなお菓子達や紅茶のティーバッグ、フェイスパックにホットのアイマスクやバスソルトなどそれぞれだ。どれも本当に嬉しいばかりで、綺麗に写る様位置を調整しながら写真を撮りSNSへと感謝の言葉と共に投稿した。

「このキャンディ滅茶苦茶かわいい……どこのだろ」

 色とりどりのガラス玉の様な美しいキャンディの詰め合わせに感動しながら差し入れの仕分けをし、お菓子類は纏めて寝室兼趣味部屋のおやつ入れにそっと追加する。これで暫くお菓子には困らないと心を弾ませながらティーバッグ類を手にしてリビングを通り抜けキッチンへと向かう。

 棚にティーバッグを並べてコンビニ袋からパスタを取り出し、レンジへ投入して指定の分数を設定し温めを開始するとそれはすぐに動き出した。買ってきたお茶のペットボトルを手に取ってキャップを捻り一口飲み込んでから冷蔵庫に背中を預ける。

「明日、明日かぁ……何作って来てくれるんだろ……お米炊いておかなくちゃ」

 夏鈴さんの言葉を思い出すと頬が少しだけ緩んだ。ペットボトルのキャップを閉めて両手で持ち、どこかそわそわと指でボトルをトントン叩く。

 程無くして電子レンジが温めを終了した音が鳴り、中からパスタを取り出してフォークとお茶のペットボトルを手にローテーブルへと運ぶ。

 何となく、人間が少しだけ好きになれそうな気がした。

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