第0話 アイリスのプロローグ
私は第三王女アイリス。アイリス=ルァ=ヴェロワーニュ。
名前のルァは王家に連なる血筋を表している。
でもそれは私にとって、飾りみたいなものだった。重荷といってもいい。
理由は簡単。私が側室の子だから。
父が溺愛していた王妃との間に産まれた子が、二人連続して女の子だった。
だから王家の血筋を絶やさない為という理由だけで、母が私を身籠った。
男の子として産まれられなかった私は、産まれてすぐに母から失望され、見放された。
だから私は母の顔を知らない。
王妃との間に男の子が産まれたのは、私が6歳の寒い日だった。
それまでは王族としての扱いを受けていた私が、いないものとして扱われることになったのがその日。
それからは本を月に数冊渡されるくらいで、あとは教育も満足に受けさせて貰えず、もちろん外で遊ぶことも許されなかった。
狭い部屋に閉じ込められて、毎日なんのために生きているのかすら分からなくて。
そんな中で、侍女のライラだけは私のことを可愛がってくれた。
寝る前に本を読み聞かせてくれて、分からない言葉を教えてくれて、たまに甘いお菓子を食べさせてくれた。
だからそんなライラが大好き——だったのに。
その日は、あんまり天気が良くなかった。
それでも年に一度あるかないかの外出を許されて、私は舞い上がっていた。
珍しく綺麗な服を着せてもらって、おめかしなんかもしちゃって。
ピクニックでもしましょう、とお昼ご飯を詰めたバスケットを持ったライラと一緒に森へ行く。
変だなと思ったのは、だんだんと道がなくなってきた頃だった。
どこまでいくの?とライラに聞いても、もう少しですよ、と繰り返されるばかり。
それでも大好きなライラと一緒だったから、心配は無用だった。
もう獣道すら見当たらないような森の奥深くで、ライラはようやくバスケットを開けた。
中に入っていたのはお昼ご飯なんかじゃなかった。中にあったのは笛、だった。
一度吹けば、たちまち魔物が集まってくるという曰く付きの品なのよってライラが教えてくれたんじゃない。
なんでそれを今、こんなところで吹くの?
ああ、もう死ぬんだって私は思った。
だって後ろからは3つ目の狼が走ってきているし、目の前には角の生えた熊もいる。
口からよだれを垂らして、きっと私を美味しく食べようとしているんだろう。
ライラが読んでくれた本の中にいた騎士は、どこにもいなかったよ。
助けてって何回も呼んだのに、来てくれなかったもん。
だから、やっぱいないんだなって。納得したのかな。
熊の口が近づいてきて、生暖かい息がかかる距離になって思った。
やっぱ黙って食べられるのは悔しいよ。
だから魔法を使った。
長い呪文を唱えて、最後にバリアーって大きな声で叫んでやった。
毎日、本を読むことしかできなかったから、呪文の暗唱なんて当たり前にできる。
そしたら熊の牙は私に届かなかった。残念でした。
でもそんなのずっとは続けられない。だから逃げるの。
走り回って、ボロボロになって、何度も坂を転がり落ちて。
なんで産まれたのかも分からない私が、なんで死ぬのかも分からないなんてあんまりだ。
だからせめて死ぬ意味を知りたくて走った。
不意に浮遊感があって、私は空中に投げ出される。
伸び切った草と見えづらい視界で崖が見えなかったみたい。
後ろから追ってきていた魔物さんたち、ごめんね。
どうやら食べられてあげられないみたい。
落ちていく感覚はとてもとても長く感じた。
奇跡なんて信じていなかったけど、口元で魔法を紡いだのは、最後のあがきみたいなものだった。
成功するなんて思ってない。
だから、せめて痛みは少なければいいなってギュッと目を閉じていると――。
ぽふって柔らかい感触と温もりがあって。
びっくりして目を開いたら、あの人がいた。
ひと目見た時にこの人が私にとっての騎士なんだって、そう思ったのはなんでだったんだろう。
思い切って『裸を見たでしょ? なら私の騎士になってよね!』なんていってみた。
ズルいやり方だったし断られるかなって心配だったけど、彼は困った顔をして、それから頷いてくれたの。
だから今日から私はあなたの姫で、あなたは私の騎士になったの。
——生きることがこんなに楽しいことだなんて、この時はまだ知らなかったな。
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