第14話 甘いのはガムシロを入れすぎたから
日曜だし、と家でダラダラしていたら
昨日送ったメッセージへの返事だろうな。
ゲームのコントローラーを置くと、代わりにスマホを持ち上げた。
『あーもしもし?』
「おう。相変わらずメッセージじゃなくて通話派なんだな」
『だって文字打つの面倒じゃん?』
「まあ、わからんでもない」
思わず、スマホの前で頷いてしまった。
『大丈夫か?って来てたが炎上のことか?』
「そうそう、連絡遅くなって悪かったな。色々あってさ」
『あれはもう平気よ。っていうか今バイトしてるし』
電話の向こうでごそごそという音がしている。
もしかしたらバイト中ということか。
「バイト中ならかけてこなくていいのに」
『いや、じゃなくて……炎上した原因のラーメン屋でバイトさせてもらってるって意味』
「は? なんでそんな展開になるんだよ」
『俺にも分からん。でもラーメン屋は俺の天職かもしれないわ』
タバコに火を付けた音がした。
ってかタバコまだ辞められてなかったんだな。
「前もなんかのバイトして天職だなんだって言ってなかったか?」
『あー舞台設営な。無料でイベント参加できるからいいなと思ってたけど、あれは天職じゃなかったわ』
「そっか……まぁ大丈夫なら良かったよ」
『何があったか聞きたいだろ?』
「いや、もう大丈夫なら別にいいけど……」
『じゃあ、4時に高田馬場ね。6時からバイトだから。よろー』
由幸は一方的にそういうと、通話を終了してしまった。
前からそうだけど、相変わらずマイペースというか自分勝手というか……まぁ仕方ない、行ってやるか。
「アイリス、今日もデートする?」
「えっ! するー」
「そっか、まぁそうなるよな」
高田馬場までは電車だけど、怖がらないといいけど。
ま、なんにせよ約束の4時まではまだ大分時間があるし。
それまではゲームの続きでもやるとしよう。
アイリスが朝から夢中になっているのは、マルオカートというレースゲームだ。
昨日のゲーセンでレースゲームにハマったのかもしれない。
「あいりす、ひめにする」
「分かった、じゃあ俺はワニを使うわ」
朝からずっとやっているうちに、アイリスは随分と上達してきた。
今では5回に1回は負けてしまうほどだ。
「かったー!」
「ああ、ついに負け越しだ……おっと、そろそろ準備しないと」
貴志はコントローラーを置いて立ち上がる。
「ふく、きる?」
「うん、ルームウェアじゃ行けないし着替えてくれる?」
「ごしゅじんさま?」
「いや、普通のワンピースで頼む。さすがにね……」
「はーい!」
もはや会話に軽いジェスチャーをすれば、伝わってしまうようになってきた。
アイリスは言語にしても、生活にしても慣れるのが早すぎてちょっと怖いくらいだ。
「ふ、ふわぁ……」
駅に着くと、アイリスは貴志の手をきゅっと握ってきた。
まだ新しいものをものや場所には、緊張をしてしまうらしい。
「じゃあこれ持ってくれる? それでここにピッだ」
貴志は、昔使っていたSoucaを渡した。
自分はモバイルSoucaを使って改札を通る。
「おー、おっきー!」
「そうだ、あれが電車だぞ。あんまり近づくなよ」
アイリスは電車が近づいてくると、その音に震えながら耳を塞いでいる。
もう慣れちゃってたけど、初めて聞いたらこの轟音は怖いよな。
恐る恐る乗り込んだアイリスだったが、やはり乗り物は好きらしい。
子供のように窓から外を眺めて喜んでいた。
「さ、降りるぞ。ちょっと隙間あるから落ちないようにな」
貴志はアイリスの手を引いて電車を降りる。
改札を出ると由幸が既に待っていて、軽く手をあげてくれた。
「久しぶりだな」
「よう! っていうか誰かと一緒に来たから幸花と復縁したのかと思ったぜ」
「いや……。でもアイツとはこの前会ったよ」
貴志がそういうと、由幸はにやりとした。
幸花も由幸も、同じ大学で知り合ったサークル仲間だった。
だからもちろん幸花のことも知っている。別れた理由もな。
「へえ。で、この子誰?」
「この子はアイリス。いせ……外国の子なんだ」
「うん、あいりす!」
「おー、日本語上手なんだね。俺は由幸だよ。よ、し、ゆ、き」
「はーい! よしゆきー」
由幸はニコニコしながらアイリスに挨拶をして、それから貴志に耳打ちをしてくる。
「おい、どこでこんな子と知り合うんだ? 可愛すぎるだろ……この世のものか?」
「う、うん……公園、かな? 実は一緒に暮らしてるんだ」
貴志がそう伝えると、くわっと目を見開いた。
「はぁ? ど、同棲してんのかよ!」
「同棲というか同居というか……」
「付き合ってるんだろ?」
「いや、そういうわけでもないんだよな」
「なんかよく分からんな。幸花はこのこと知ってるのか?」
自分自身でもどういう関係なのかイマイチよく分かっていないからな。
ただ一緒にいたいという気持ちだけはあるけど……いやそれにしても。
「どうして幸花が出てくるんだ?」
「だってあいつまだ……まぁいいや。とりあえず
カフェに着くと、アイスコーヒーを3つ頼んで席につく。
「ところで、なんで炎上したんだ? 原因がよく分からないんだよな」
「ああ、あれなー……例のラーメン屋で並んでる時にさ、中学生くらいのグループがいたんだよ。その子たちの中の一人が誕生日らしくて、みんなで奢ってやるーなんていっててさ」
「うん、まあよくあることかもな」
「店に入って、出てきたラーメンをバックにその子の写真を取ったんだよ」
「誕生日の記念にってことか」
「そう、本当にそれだけの理由だよ。晒そうとかそんな気なんて一切ない。なのに店主がブチ切れて中学生たちのスマホを取り上げて、記念の写真を消させて……」
「うーん、それはあんまり良くないな。けどお前には関係なくない?」
「だから俺もキレてな、店の暖簾を取って地面に叩きつけてやったんだ。お前にサービス業をやる資格はねぇって。その瞬間を通行人に撮られてて、拡散されたら無事炎上よ」
アイリスが、コーヒーの苦さに顔をしかめていたので、ガムシロップとミルクを入れてみるように伝える。
それからため息を吐いて、由幸と向き合った。
「それはお前もやりすぎだろ。そもそも無関係だしさ」
「でも中学生は怯えちゃってたし、事情を知ってる俺しか怒ってやれなかったからさ。中学生たちにいい思い出を作って欲しかったんだよ……」
まあ、こいつも基本的にはいい奴なんだよな。
誰も声を上げなかったら、中学生たちはそのまま嫌な気持ちで店を後にしたんだろうし。
「んで落ち着いてから事情を説明したら、店主の親父さんが中学生に謝ってさ。もう一杯作ってあげて記念撮影までしてた。結局みんなお互いの事情を知らなかっただけなんだなって思ったよ。撮影して拡散したやつも、SNSで叩いてたやつも結局みんな自分の見たいようにしか物事を見ないから」
「まあ楽しそうだからって理由で他人を叩くやつもいるしな」
「そうそう。だからお前にはちゃんと事情を知っておいてほしかったわけよ」
そういった由幸はスッキリとした顔で、ほろ苦いブラックコーヒーを一気に飲み干した。
「で、なんでその流れでバイトしてんだ?」
「いや、店主の親父さんと怒鳴り合いの喧嘩したあとで意気投合しちゃってさ……。そうだ、このあと二人で食いに来いよ」
「んー、分かった。じゃあお前のバイト姿でも見に行くか」
確かに最近食べてなかったから、久しぶりにラーメンもいいかもしれない。
アイリスにも食べさせたことがないから、喜んでくれそうだしな。
「ところでそこのアイリスちゃんだっけ? 付き合ってないんだよな?」
「あ、ああ……付き合ってはいないな」
「じゃあ俺が狙っちゃってもいいわけ?」
「……いや……アイリスがいいなら……まぁ」
「よし、じゃあ聞いてみちゃおう。アイリスちゃん、貴志のこと好き?」
「うん、タカシすきー! いっぱいすきー!」
アイリスは輝く笑顔でそういうと、ガムシロップをたっぷり入れたミルクコーヒーを口にする。
全く……そりゃ甘すぎるだろ。
「なんだよ、同居してるだけとかいって結局、
「お、俺は好きっていってな——」
「はぁ、バレバレだっての……ちょっと期待しちゃったじゃねぇか」
そういうと、由幸はがっくりと肩を落とした。
改めて言われると、やっぱりそうなのか……?
貴志は自分の中の気持ちに、気付き始めていた。
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