第13話 サブカルの聖地にて②

 聖地2Fにある『コスプレ』のお店。

 実は貴志も初めて入ったのだが、その非日常感に圧倒されていた。

 アニメで見た服が目の前にあるというのは、何だか変な感じがしていて。

 現実では有り得ないような色合いの学園の制服や、どこぞの小悪魔が着ていそうなキワドい衣装などが所狭しと並んでいる。

 しかしそんな中にあって、帽子からピンク色の髪をのぞかせるアイリスは全く浮いていなかった。

 むしろ逆に馴染んでいるくらいだ。


「お、これは戦車で戦うアニメの制服だな。名前なんだったかなぁ……」


 などと考えている貴志の後ろで、アイリスは魔法少女の衣装を見て喜んでいる。

 もしかしたらアメマでやっていたのかもしれないな。


「みてー」


 そういってアイリスがラックから取って、自分の体に当てているのは……どうやらサキュバスらしい。

 なんの作品に登場するのかは分からないが、布地が少なすぎてあまりにも扇状的だ。

 これを着ているアイリスを脳内で想像すると……だめだ、鼻血が出る。


「これはよしておこう」


 アイリスの手から奪ってラックに戻そうとすると、その横にはシンプルなメイド服があった。


「露出はこれくらいがいいんだよ、うん」


 もしかしたら何かのアニメのキャラの衣装かもしれないが、見たところ普通のメイド服だ。

 

「あー! これ、ごしゅじん……さま?」


 貴志が持っているメイド服を見て、アイリスが指をさしてそんな事を言いだした。

 確かにこの服を着ているキャラはそういうタイプが多いかもしれないな。


「タカシ、これすき?」

「……うん。好き、かも」


 恥ずかしながら、貴志はこういう格好が大好物だった。

 『さすごしゅ』されたいとか、服従をさせたいとかいう願望では断じてない。

 あくまで見た目が好きなのだ。

 幸花にもよく着させた……着てもらったなぁと思い出していると、アイリスがメイド服を掴んだ。


「きるー」

「え、着てくれるの?」

「タカシすき。きる」


 自分が好きだから着てくれるということか、と理解した貴志だったが、どうやらこの店には試着室がないらしい。

 つまりアイリスがせっかく着てくれるというのに、買わないとメイド姿が見られないということだ。


「くっ、かくなる上は……」



 二人はコスプレ店を出ると、地下に来ていた。ここは食料品などが売っているエリアだ。

 雑多な店が並ぶ中野ブロードウェイにあっても異質な階だった。

 ここにはちょっとした名物がある。

 それがアイリスの持っている『特大ソフトクリーム』だ。

 八段重ねのこれを求めて、遠くから来る人もいるらしい。

 本当かどうかは分からないが。

 

「うお……デカすぎる」


 貴志も存在は認知していたが、頼んだのは初めてだった。


「おー」

「本当にこんなに食べられるか?」

「タカシと!」


 どれがいい?と聞いたときにこれを指さしたのは、一緒に食べようってことだったのか。

 貴志はなんだかカップルみたいだな、と気恥ずかしさを覚えた。


「じゃあ俺が持ってるから食べてみて」

「うん!」


 あーん、とアイリスが先端をパクり。

 ソフトクリームが冷たいものだと思っていなかったのか、驚いた表情をしている。

 焼肉屋で食べたアイスとは違う形状だし、それもそうか。

 

「おいしー!」

「それは良かった。色によって味も違うからな」

「タカシも!」

「おう、分かった。じゃあ貰うからな」


 貴志も一口食べてみた。チョコの部分だ。


「ん、おいしいな」

「やったー!」


 なにがやったーなのかは分からないが、喜んでくれているならいいか。

 しばらく交互に食べていると、ソフトクリームが溶け出してきた。

 他のお客さんを見てみると、どうやらこれはスプーンを使って食べるのがマストらしい。


「ううん、手がベタベタになりそうだ」

 

 ソフトクリームを持つ手にまで垂れてきたので、さっき買ったが汚れないように反対の手に持ちかえる。


「べたべた?」


 アイリスが首を傾げてから、貴志の指に垂れていたバニラを、指ごと舐めとった。

 ちゅぱという音がなんというか……いやらしい。


「おい、俺の手はそんな綺麗じゃないぞ。一応さっき拭いたけどさ……」

 

 そんな貴志の注意を聞いているのかいないのか、アイリスはぶつぶつと何かを呟いている。

 

「ちょ、ちょっと待て! それはあれだろ。この前の凍るやつだ絶対」

「縺薙♀繧�っ!」


 貴志の予想は正しかった。アイリスが手を伸ばすとアイスは凍った。

 しかし焼肉屋の網のようにカチンコチンということにはなっていない。

 どうやら上手いこと調整してくれたようだ。


「……すごい?」

「うん、アイリスはすごいなぁ」


 いつものように頭を撫でてやりたいが、片手はソフトクリームでもう片手はベトベトだ。

 また今度に取っておこう。

 アイリスが凍らせたソフトクリームはしゃりしゃりとしていて、さっきまでとは違う食感がした。

 これはこれで美味しい……けど次はスプーンで食べるか二段くらいのにしておこう。



 名物のソフトクリームを食べてから手を洗うと、一階にあるゲームセンターへ来た。

 アイリスはいろんな機械が並んでいる光景に目を丸くしている。

 とりあえず手頃なクレーンゲームをやってみることにした。


「どれがいい?」

「ん? んー……これっ!」


 アイリスが選んだのはネコのぬいぐるみだった。

 どうやらネコが好きなのかもしれないな、と思いながら貴志は200円を投入した。

 

「よーし。アイリス、見てろよ!」


 一発で取ってやる、そう意気込んで貴志はレバーを動かす。

 そしてうつ伏せになっているネコの脇辺りに爪がくるようにして止めた。


「お、いいんじゃないか?」


 爪がネコの下に入ってその体を持ち上げる。

 これは行けるかもしれない、そう思った瞬間、明らかに掴む力が弱くなって落ちた。


「あ、これ確率機だわ」


 貴志はそんなにクレーンゲームをやるわけではなかったが、その存在くらいは知っていた。

 確か爪が3個ついている台に多いと聞いていたがこいつもか。

 確率機というのは、ある程度お金を入れないとアームが強くならないという台だから、一発で取れるものではないはず。

 諦めて違う台に移ろうとすると、アイリスがネコちゃんをじいっと見つめている。


「しゃーない」


 貴志は1000円札を両替して、台に戻った。

 こうなったら取れるまで付き合ってやるという熱い気持ちをもって。

 1回ずつよりもちょっとお得な500円を入れ、アイリスにレバーを操作させてみる。


「あ、いい! いいぞ!」


 最初の2回はまるでダメだったが、3回目はなかなか良かった。

 この調子なら確率さえくれば、きっと取れるだろう。


 

「かわいー!」


 アイリスが自分で取ったネコちゃんに頬ずりしている。

 両替機を5回往復した甲斐があったってもんだ。

 取れて良かった……うん、良かった……。

 それから太鼓のスペシャリストをしたり、レースゲームにも挑戦する。

 アイリスは負けても勝っても、ずっと楽しそうに笑っていてくれた。


「はぁ、疲れたな……そろそろ帰るか」


 遊び疲れたのでそろそろ帰ることにする。

 思ったより遅くなってしまったので、帰りはタクシーを利用することにした。

 駅前に留まっていた一台に乗り込むと、行き先を告げる。


 アイリスははじめて車に乗るので、ちょっと緊張していようだ。

 その証拠にシートへ座ると、貴志の腕にぴったりとくっついている。


「あら、仲がいいのね」


 運転手のおばちゃんに「そうなんですよ」と答えると、タクシーはゆっくりと走り出す。

 車の移動は思ったよりも怖くなかったのか、アイリスは窓の外を眺めて楽しそうにしていた。

 元々歩ける距離なのだ、タクシーはすぐに家へ到着した。


 家へ帰るとアイリスはいきなり服を脱いだ。


「お、おい、何してるんだ!?」


 アイリスは慌てる貴志の手からコスプレの店の袋をさっと取ると、中から商品を取り出した。

 どうやら貴志が好きだ、といった衣装に早くも着替えてくれるつもりらしい。


 その間、貴志は着替えが目に入らないようにベッドでスマホをいじる。

 そういえばSNSで炎上していた由幸にメッセージを送るのを忘れていた。


「SNS見たよ。大丈夫か?……っと」


 そのまましばらくSNSを眺めていると、アイリスが背中をつんつんと突いてくる。

 もう着替え終わったということか、と振り返ると背中が丸見えだった。

 どうやら後ろのチャックが閉められなかったらしい。

 すべすべの白い肌を目に焼き付けながら、チャックを上にあげてやる。

 それからヘッドドレスを頭に被れば……完成だ。

 くるりと振り返ったアイリスは、満面の笑みを浮かべる。

 

「おかえりなさい、ごしゅじんさまっ♡」


————————


心の底から自分なに書いてるんだ?と思った回でした。

でもね、書きたかった……ごめんなさい。

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