第12話 サブカルの聖地にて①

「ん?」


 貴志はなにやらいい匂いで目を覚ました。

 これは夢だろうか?眠たい目を擦って、伸びをする。


「おはよー」

「おはよう、早起きだね」

「うん! みて」


 アイリスがテーブルを指さす。

 そこには……朝ご飯が載っていた。


「つくったの!」

「え、アイリスが作ったのか?」


 慌てて跳ね起きて、テーブルへ近づく。

 皿にあるのはスクランブルエッグ……じゃなくて目玉焼きか?

 その横にはウインナーが載っている。

 一昨日の朝食に作ってあげた、タコさんウインナーを真似たのだろう。

 足が6本しかないのがまた可愛らしい。


 タイミングよくトーストも焼けたようで、皿に入れて持ってきてくれた。

 それから箸を差しだしてくれたので、恭しく受け取る。

 

「いただきます、しよ?」

「おお、そうだな。いただきます!」


 うん、見た目はともかく美味しくできている。

 まぁまずくなる要素がないといえばないのだけど。


「おいし?」

「うん、おいしいよ。ありがとう」


 そういって貴志はアイリスの頭を撫でた。

 何よりも、自分のためを想って作ってくれたのが嬉しい。

 だから貴志はいつもより多く咀嚼して、アイリスの愛情を噛み締めた。

 

 今日は待ちに待った土曜日。

 アイリスが空から降ってきて、数日が経ったわけだ。

 少しずつ意思の疎通もできてきて、毎日が楽しくなってきた。

 だからそろそろいいかな、と貴志はそう思った。


「今日はちょっとお出かけしてみる?」

「おでかけ……? でーと?」

「うん、そうそう。じゃあデートしよっか」

「うんっ!」


 アイリスは嬉しそうに飛び跳ねている。

 そんな姿を見ていたら、今日まで家にこもらせていたのを申し訳なく思った。

 歯を磨いている視界の隅では、アイリスが今日の服を楽しそうに選んでいる。

 余程嬉しいんだな、貴志は思わず口元を緩ませた。


 

「よし、それじゃ出発だ!」

「しゅっぱつー」


 貴志はマンションを出ると、コンビニの入口とは反対の方向へ進む。

 それはアイリスと出会った公園の方だ。

 電車に乗るつもりはないから、駅とは反対に向かっていることになる。

 途中の交番を覗いてみたけど、今日も中に人はいなかった。


「ここ、しってる」

「そうだね、ここで出会ったからね」

「おちた、タカシはいた」

「そうだね、俺もびっくりしたんだぞ」

「うふふ、びっくりー!」


 アイリスは何が可笑しいのか、家を出てからずっとケラケラと笑っている。

 ふんふ〜んと、上機嫌に鼻歌を歌っているほどだ。


「楽しそうだなぁ」

「うんっ! たのしい」


 そんなアイリスを見ていたら、どうしても聞いてみたくなる。

 それは禁断の質問にもなりえるものだった。

 むしろ答えによっては貴志にクリティカルなダメージをもたらすものだ。

 それでも……聞く。


「あのさ、あっちに帰りたくならないの……か?」

「ん?」


 アイリスは目をぱちくりとさせている。

 それから、さも当たり前のように言い放つ。


「ならなーい」

「そ、そっか……帰りたくならない、か」


 一切悩むことなく、そう言い切ってくれたアイリスに、なんだかホッとする貴志だった。

 よく考えれば、彼女が向こうでどんな風に過ごしていたのか分かったかもしれないのに。


「今日はちょっと歩くよ。いい?」

「あるくー。いいよ」


 貴志の腕に細い腕を絡ませて、アイリスは跳ねるように歩く。

 だからそれに釣られて、つい貴志の足取りも軽快になった。

 

 大通りから横道に入ると、細い道を進んでいく。

 やがて、甘い香りが漂ってくる。貴志はここが好きだった。


「あまい?」

「そう、甘い匂いがするだろ? ここはお菓子屋さんだよ。中に入ってみよう」


 『ママブブレ』では、今まさに飴が作られようとしていた。

 アイリスが興味津々なことに気付いた店員さんが笑いかけてくれる。


「ほら見ててごらん、あの塊が飴になるんだよ」


 溶かされた飴が粘土のように折りたたまれる。

 さらにそこへ色々な色を重ねて、模様を作っていくのだ。


「おおー!」


 やがて伸ばされて一本の棒になった飴は、目にも留まらぬ早業で小さく切られていく。

 一口大に切り分けられた飴には、金太郎飴の要領でフルーツの絵が象られていた。


「わわー、しゅごーい」


 まるで子供のように大はしゃぎするアイリスに、店員さんが飴をひとつプレゼントしてくれる。


「やかましくて、すみません」

「いえいえ。外国の方ですよね? 驚いて、喜んでもらえて嬉しいですよ」


 店員さんは優しく、そういってくれた。

 

「あまーいっ!」

「しー、他にもお客さんいるでしょ」

「しー。わかったっ!」


 飴を気に入ったアイリスの分と、騒がしくしてしまったお詫びも兼ねていくつかの商品を購入した。

 フルーツがミックスしてあるもの3袋と、チョコミント、それにグミだ。

 これで家でもしばらく楽しめるだろう。


「疲れたか?」

「へーき!」


 ついでに買ったロリポップを二人して舐めながら、さらに歩く。

 激安の御殿が見えてきたがここはスルーだ。帰りに寄れたら寄ろう。

 駅が近くなってきたので、段々と人の往来が増えてきた。

 はぐれないように、貴志はアイリスの手をぎゅっと握る。


 ここの細道を横に入れば、目的地の裏から入れる。

 しかし、今日くらいは正面から入りたい。

 貴志はアイリスを連れ、少し遠回りをして目的地の正面を目指す。


「はい、着いたぞ」

「ついたー!」

「ここがサブカルの聖地、中野ブロードウェイだ!」

「せいちー!」


 アーケードを抜け、エスカレーターに乗り込もうとすると、横でアイリスが固まっている。

 どうやら動く階段のタイミングが掴めなかったらしい。

 

「よし、じゃあ一緒に乗ろうか」

「うんっ!」

「せーのっ……」


 ぴょん、とアイリスがエスカレーターに乗った。

 エレベーターとは違い、恐怖感もないようだ。


「楽しそうなのはいいけど、もう降りるから気をつけろよ」


 貴志がそういうと、アイリスは顔を引き締める。

 そして終点が近づくと……また、ぴょん。

 どうやら初めてのエスカレーターは大成功のようだ。

 満足そうな顔をしたアイリスを連れて、ブロードウェイを巡る。

 

 まずはまんじゃらけだ。

 ここは古本から同人誌、さらにはフィギュアまで売っているサブカル総合商社みたいな店。

 貴志は掘り出し物がないか、定期的に訪れていた。

 今回は前回とそんなに代わり映えがないな……と肩を落とす。

 アイリスは、とみると青い髪でメイドの格好をした女の子のフィギュアに食いついているようだった。

 どうやらアメマTVで見たアニメのようで、レウーとか、ラウーとかいっている。


「買ってやろうか?」

「……んーん」


 アイリスは首を横に振ると、貴志の手を引いて、名残惜しそうにその場を離れた。

 なんだかそれは遠慮をしているように見えて……。


「まあ近いし、また欲しくなった時に買いにくればいいか」



 次は、と歩いているとアイリスの足が止まった。

 そこにあったのはガチャガチャショップだ。


「やってみよっか」


 中に入ると、100台以上あるのではないかという数のガチャ筐体がある。

 アイリスは、筐体の中身が書いてあるポップを1つずつ確認している。

 やがて、1つの筐体を指さして「これ、いいっ!」と声をあげた。


「どれどれ……ん、ねこか」

「かわいー」

「300円だな? よし、じゃあこれを入れて回してごらん」


 アイリスは言われた通りにお金を入れて、ハンドルを回す。

 透明なカプセルが出くると、中には仰向けに寝ている猫が入っていた。


「これは……ハチワレかな?」

「はちわれー! かわいー」


 アイリスは大事な宝物のように、カプセルを両手で握りしめている。

 その姿を見て、貴志は思わず笑みをこぼしてしまった。


 さて次はどこへ行こうか、と考えてチラリと案内板に目を這わせる。


「お、これは……!」


 貴志が目を付けたのは、普段はまず行くことのない「コスプレ専門店」だった。

 アイリスのメイドコス……。うん、是非見てみたい!

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