第3話 とりあえずシャワーでも
さて、これからどうしよう。
貴志は今更ながら、少女を家へ連れ込んだ事実に戸惑っていた。
そもそも、少女とはコミニュケーションを取ることすら難しいのだ。
本当なら通報でもするべきなんだろうが、もし予想通りに異世界の住人であったなら。
きっと少女とはそれっきり、今生の別れになるだろう。
色々な機械に囲まれて、検査やら研究やらを繰り返されるに違いないのだから。
そんなの可哀想だ、なんて考えはまさしくおためごかしで。
つまるところ貴志は、まさに降って湧いた幸運な出会いを独り占めしたかった。
有り体にいえばそれだけだ。
部屋に入った少女は、物珍しそうにあちらこちらをきょろきょろと見回している。
初めて見るのであろう物に恐る恐る手を伸ばそうとして、やっぱり止めておこうと引っ込めるその姿が可笑しくて。
「ははっ」
だから貴志は思わず笑ってしまった。
少女は笑われたことにキョトンとしていたが、その姿すらあまりにも可愛らしい。
ちょっとからかってやろうと思った貴志は、少女にリモコンを握らせ、赤いボタンを指さした。
言われたとおりに少女がボタンを押すと、パッとテレビが点く。
「縺ェ縺ォ縺薙l鬲疲ウ�ッ?」
突然映像が映り、音が出たことに少女は飛び上がって驚いた。その勢いでリモコンを手放すと、リモコンは床を滑るように転がっていく。
途中でどこかにぶつかったのか、チャンネルが変わってアニメが画面に映し出された。
「おお、懐かしいな……」
日本から転生して王女になった女の子が、仲間を集めながら魔王を倒す旅に出る——というラノベ原作のファンタジーアニメだった。
かなり昔の作品なのに、今でもたまに続刊が出るという根強い人気のある作品だ。
貴志は知らなかったが、どうやら再放送をしていたようだった。
「縺ュ繝シ��! 縺ュ繝シ��!」
しばらく食い入るようにアニメを見ていた少女は、仲間がお互いを呼び合う場面で、画面を指さして何かを訴えはじめた。
特に主人公の姫がアップで映ると「むー」とか「みょー」という変な声を出している。
ええっと、あの子の名前は確か……。
「アイリス、だったかな?」
記憶を辿りながらそう呟くと、少女の顔が輝いた。それから自分の顔を指さして、むーむーいっている。
「つまりお前の名前か……? アイリス?」
貴志が少女を指さしてそう聞くと、少女は嬉しそうに頷いた。
「そっか、アイリスっていうのか。俺は空野貴志、タ、カ、シだ」
「繧ソ繧ォ繧キ……繧ソ繧ォシ……タ繧ォシ……?」
「ううん、惜しいっ。もう一声!」
貴志が頑張れーと応援すると、アイリスは何度も口を動かして発音を確認する。
しばらくしてコツに気がついたのか、はっと顔をあげた。
「タ……カシ?」
「そう、それだ!」
貴志とアイリスは飛び上がって喜んだ。たかだかお互いの名前を知っただけだったが、二人にとってそれはまさしくはじめの一歩。そして大きな一歩だった。
「アイリス」
「タカシ」
「アイリス」
「タカシ」
お互いの名前を知って、貴志とアイリスはしばらくのあいだ何度も名前を呼び合った。端から見ればアイツら何をやってるんだ、と笑われてもおかしくはないほどに。
「それにしても……改めてみると服はボロボロだし、なんか顔とかも汚れてるな」
貴志はそう言いながらウェットシートを取り出して、アイリスに手渡した。
アイリスは何のためにそれを渡されたのか分からずに、おろおろしている。
ついでに鏡も渡してやると、アイリスは怖々と鏡を覗き込む。
自分の顔が汚れているのを見て、ウェットシートを渡された理由が分かったのか、ごしごしと汚れを落とし始める。
さすがに異世界にも鏡はあるようで、この中に誰かがいる!なんて驚いたりしなかったのはちょっと残念だった。
「うーん、向こうでこの子に何があったんだろう……?」
その理由をアイリスに尋ねても伝わるはずはないので、貴志は自分自身にそう問いかけた。
そもそも尋常じゃない美貌とボロボロの服は妙にアンバランスだと感じる。
異世界にはこんな美人しかいないっていうなら分からないでもないが……と考えていると、スッと視界の横から何かを差し出された。
「お、おいおい。何してんだよ!」
それは貴志のカーディガンだった。
上半身が半裸に近い状態で、イケナイものがチラ見えしてしまいそうだったから貸したのに。
それを脱いだなら……きっと、今のアイリスは大変アブナイ状態のはずだ。
ただ渡されたものを再び押しつける気にもなれず、貴志はなるべくアイリスの方を見ないようにしてカーディガンを受け取った。
視界の隅では、アイリスが小さいウェットシートを使って上半身の汚れをなんとか落とそうとしているように見える。
あんな小さなウェットシート1枚じゃロクに汚れなんて落とせやしないのに。
「こんなものいくらでも使っていいんだぞ」
そう言いながら、貴志はウェットシートの箱をアイリスの方へ滑らせようとして——その手を止めた。
「それよりシャワーを浴びてもらった方が早いか」
貴志はどうか嫌われませんように、と覚悟を決めてアイリスの方へと視線を向ける。
どうやらポロリはないと分かり一瞬ガッカリしたが、結局は目のやり場があることに安心していた。
アイリスの服をよくよく見れば、ボロボロではあるが、しっかりしていてかなり凝っていることが分かる。
現代日本人の貴志から見ても、一般市民がそうそう着れるようなものじゃない、とそう感じるほど。
もしかしたら異世界の姫、とかだったりして。まぁだったらなんだという話か、と貴志は薄く笑った。
「シャワー……じゃないな。水浴び、する?」
貴志は失礼ながら、アイリスの住んでいた世界の文化レベルを、よくラノベで見る中世から近世くらいの世界だと予想した。
だからその世界にはシャワーなどないだろう、と考えて桶で水を浴びるようなジェスチャーをしたのだ。
アイリスは汚れた自分の状況と、貴志の上達しつつあるジェスチャーで正しく意味を汲み取ったようだった。
こくん、と頷いたアイリスはすっと立ち上がると、その場で服を脱ぎ始める。
「ちょ、ちょっと待って。服はこっちのユニットバスで脱ごう。ね、そうしよ?」
一体、異世界の貞操観念はどうなってるんだ。恥じらいとかないのか?
貴志は頭の中をそんな考えでいっぱいにしながら、アイリスをユニットバスへ案内する。
と、いっても貴志の家はワンルームなので、部屋の中にある扉は玄関を除けばそこだけなのだが。
「脱いだ服はトイレの蓋の上にでも置いておいて……ってわかんないか。まぁ適当に置いておいてくれればいいや。どっちみちボロボロだから着られないだろうし」
そして——
狭いユニットバスの室内で、全裸のアイリスに貴志はあれやこれやを教えた。
あれやこれやっていうのはもちろん怪しいことじゃなくて、シャワーの使い方とか、シャンプーの場所とかだ。
結局、アイリスに冷水を浴びせてしまったのは、給湯器のスイッチを入れていなかったからだった。
そんな初歩的なこと先に気づいとけよな……貴志はそう反省しながらシャワーで濡れた床を拭く。
全裸のまま手伝ってくれようとしたアイリスを、全力で風呂場に押し込んだ自分を褒めながら。
部屋の中があまりにも大惨事すぎて、もはやシャワーの音を聞いて楽しもうなんて余裕はない。
「はぁ、パソコンが無事だったのは不幸中の幸いか……」
貴志は肩を落としながらタオルを絞るため、キッチンへと向かった。
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