第4話 白Tは透けるから避けろ

「縺ゅ′縺」縺溘h。縺ゅj縺後→」


 相変わらず耳に馴染まない言語で喋りながら、アイリスがシャワーから出てきた。

 そういえば服は用意してなかったけど、さすがにタオルで体を隠すくらいはしてるだろう。

 そう考え、貴志は返事をするために振り返った。


 ああ……どうやら貞操観念は、異世界転移をする時に置いてきたようだ。


「あのさ、俺を男と思ってないのかもしれないけど、一応れっきとした男だからさ」


 そういっても当然伝わらないので、貴志はアイリスの持っているタオルをひったくると、その柔らかな肢体にぐるぐると巻き付けた。

 こっちは手を出せないってのに、あんなものを見せられたら目の毒だ。猛毒だ。

 

「乙女はちゃんと恥じらいを持ちなさい。それがこっちの世界のルール。ついでに言えば、そうしてくれてた方がたまに見えた時に萌えるってもんだ」


 自身の癖を無駄に披露しつつ、アイリスの頭に優しいチョップをお見舞いする。

 むーというような、抗議の視線を向けてくるアイリスを無視して、貴志はタンスを漁りはじめた。

 彼女アイリスが着ていた服は、さすがにもう着られる状態ではない。なので、間にあわせでもいいから何かを着せる必要があった。

 

「とりあえず上はこれを着てもらって……下はこれでいっか」


 貴志は用意した服をアイリスに渡す。シンプルな白いロンTに、紐でウエストを調整できるタイプの短パンだ。

 体の小さいアイリスにはどちらも大きいだろうし、春先というのもあって少し肌寒いかもしれないけど、部屋の中で過ごしている分には問題ないだろう。


「繧上◆縺励′縺阪※縺�>縺ョ?」


 服を受け取ると、アイリスは上目遣いで何かを尋ねてくる。おそらく着てもいいのか聞いているのだろうとあたりをつけ、貴志はうんうんと頷いた。

 アイリスは当たり前のように、目の前で着替えようとしたので、貴志は慌てて後ろを向く。


「着替え終わったら教えてくれよ」


 そういうとポケットからスマホを取り出し、SNSのアイコンに指を伸ばす。

 人付き合いに疲れ、最近はほとんどチェックしていなかったのを思い出した、というのは建前で。

 本当のところは、自分が置かれている非現実的な現状を誰かに共有、いや自慢したくなったのだ。


(やべぇ、空から裸の女の子が降ってきたんだがw……っと)


 そんなことを書いても、誰も信じないだろうし、情報の波にすぐ飲まれていくだろう。それでも自慢しておきたかった。

 承認欲求ってやつだろうか、やっかいなもんだと貴志は自嘲した。

 何気なく画面をスクロールすると、大学時代からの仲で、唯一の友達ともいえる由幸がラーメン屋とのトラブルで良くないバズり方をしていることを知った。


「あとで連絡してみるか……」


 親しい友人の顔を思い浮かべていると、ホワイトピンクの髪がふわりと上から降ってきて、スマホの画面を覆い隠す。

 驚いて横を見ると、貴志の顔、そのすぐそばにアイリスの顔があった。あまりの近さに、思わず心臓がドキッと跳ねる。

 彼女は貴志の肩越しに画面を覗き込んでいて、その距離はわずか数センチ。

 髪からは、かすかに甘い香りが漂ってきて……っていや待て、これはボディソープの匂いだ。

 どうやらシャンプーとボディソープを間違えたらしいと分かり、貴志は呆れながらスマホをしまって振り返る。


「これじゃあ髪がキシキシになっちゃうだろ……って、うぉいっ!」


 振り返った先にいたアイリスはこてん、と首を傾げている。

 何を言われているのか分からない時にするアクションだ。

 だんだん分かってきた。って……そんなことよりも大事なことが目の前にある。

 

「アイリスさん。ポッチ……ポッチが……ね」


 確かに白のTシャツを渡した自分も悪かった。でもブラジャーが必要なんてのは完全に頭の中になかった。そもそも家にそんなものはないのだから仕方がない、と貴志は誰かに言い訳をした。

 ついでにいえば、ニップレスなんてものはもっとないし、かといって絆創膏でも貼ってやがれなんて言えるわけもない。


「しゃーない、服でも買いに行きますか」


 貴志は、棚の上の定位置に置いてある財布をポケットにねじ込んで立ち上がった。

 その動きで出かけることを察知したのか、アイリスがちょこちょこと近づいてきて、おずおずと貴志に向かって手を伸ばした。

 

「もしかして一緒に行こうってことか? でもなぁ……」

 

 伸ばした手を握ることをためらっているとアイリスが泣きそうな顔で見つめてくる。なぜか自分が悪いことをしている気分になる。

 

「はぁ、分かったよ。置いていかれるのが不安なのか?」


 やれやれ、と口にしながらも貴志はなんだか嬉しかった。

 知らない世界に迷い込んできた少女が、自分だけに甘えて、助けを求めてくれるのが心地よかったのかもしれない。


「じゃあ一緒に行くなら髪乾かしてからな」


 貴志はそういいながら、部屋の隅に埋もれていたドライヤーを引っ張りだした。

 ちなみに貴志自身はナチュラルな黒髪に、ナチュラルな無造作ヘアだ。

 よくいえば。有り体にいえば、おしゃれに無頓着なボサボサ頭。


 髪も普段は自然乾燥に任せているくらいだったから、このドライヤーはたまに泊まりにきていた元カノのために用意している物だった。

 今は使う人もいないので、久しぶりの通電にドライヤーもきっと喜ぶだろう。

 そんなアホなことを考えながら、アイリスの髪に送風口を向け、電源ボタンを押した。

 ヴーーーンという大きい音と共に熱風が吹き出される。


「ッ! 縺九●縺代>縺ョ縺セ縺サ縺�?」


 アイリスは熱風を感じるや否や、大きな声で何かを叫び、わたわたとした動きで部屋の隅に逃げた。

 それからむにゃむにゃと何かをそらんじたかと思うと、勢いよく手を突き出す。

 

「縺ー繧翫≠!」


 貴志は目を疑った。わざとらしくごしごしと目を擦ってしまったのも仕方がないだろう。

 だって、突然アイリスの目の前に、光る半透明な壁が出現していたのだから。


「え、それって完璧に魔法じゃん……」


 貴志は心の中で快哉かいさいを叫んだ。目の前の事象は、まさに科学では証明できないものだったから。

 これでアイリスが異世界の住人である可能性が確実になったからだ。

 でも喜んでばかりもいられない。アイリスの誤解を解かなくては。

 きっとアイリスは炎熱系魔法で攻撃されたとでも思っているのだろうから。


「アイリスーびっくりさせてごめんなぁ。これは怖くないやつだよぉ。痛くもないからねぇ」


 動物や赤ちゃんに接するかのように、なるべく優しく語りかける。

 アイリスはそれでも警戒を緩めない。半透明な壁はまるで貴志を拒絶しているようだった。


「これはドライヤーっていって、こうして濡れた髪を乾かすものなんだよぉ」


 貴志は実演をするために、キッチンへ行ってわざと髪を濡らし、ドライヤーで乾かしてみせる。

 しばらくして髪が乾いたのを目にしたアイリスは、自分の勘違いに気付いたのか、壁を消して貴志に近づいてきた。

 しゅんとしたその顔は、まるで捨てないでといっている子猫のようだ。

 

「俺も悪かったから怒ってないよ。納得してくれたならここに座ってね」

 

 トントンと床を指差すと、アイリスはちょこんと床に座る。

 何故か向かい合う形で座るもんだから、お互いが見つめ合うような体勢になってしまった。

 照れながら慌てて後ろに回り込んで、ドライヤーのスイッチを押す。

 どうやら今度は大人しく乾かされてくれるようだ。

 いや、それどころか逆にされるがままといった状態だったので、これじゃ熱すぎるかな、などと細かい温度調節に気をもむ羽目になってしまった。

 

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