第2話「死の提案」
「サーキ、ナイト……?」
サーキナイト・クラゼリア。
突然そんな名前を告げられ、俺は困惑した。
なにせ全く聞き覚えのない名だ。
俺の交流関係は自分の家の近隣住民と、王都にある行きつけの店の店主程度。人脈はまだ芽も出せてないほどだ。
無論、こんなイカつい容姿をした人間など転生前にも後にも、知り合ってはいない。
誰?というのが俺の正直な感想だったのだ。
しかし―――、
「……俺様のことをお前が知らないのは当然だよ、ユーマ」
「っ?!」
俺の、名前――?!
「……どうしてあんた、俺の名前を知ってんだ…」
「…どうしても何も、今から殺す人間の名前くらい覚えておくものだろう。お前は目の前に置かれた食べ物が何なのか分からなくてもいける口なのか?気持ち悪りぃ野郎だな」
………、何なんだコイツは。
筋肉質でたくましい体つきにパツパツの黒色のスーツ、さらにその上からなにかの魔獣から刈り取ったモコモコした羽織り。
先刻も言ったが俺の近隣住民にこんなヤクザみたいな形のやつはいないし、知り合いもいない。いるはずがない。
しかもコイツ、聞き間違いで無ければ、俺を殺しに来た、と言わなかったか……?
聞き間違い、もしくは手違いであることを願いたいが……。
「殺すってのは、何かの手違いじゃねぇか?ほら、ユーマ違いで名前が同じってだけで――」
「ユーテリウス・アシス・ユーマ」
「――っ?」
「――それがお前の名だろう?」
「…………、」
………、………。
どうやら、手違いでも勘違いでも聞き間違いでも無いらしい。
本当にこの男は俺を殺しにきたのだ。
でも、どうして?
いや、もしかして……。
「……もしかして、俺は覚えてない所で何かお前に嫌なことでもしてしまったのか?なら謝らせてくれ」
そう、たとえ俺が知らなくても、覚えていなくても、本当に俺が嫌なことをしたというのならここは素直に謝るのが人間として当然の義務だ。
しかも『俺を殺す』とまで来たのだ。よっぽど嫌なことをしたに違いない。
土下座でも何でもしてやるつもりだ!
しかし男はその俺の覚悟を残酷にも突っぱねた。
「安心しろよ、謝罪は不要だ。俺様は別にそんなの求めちゃいないし、されたとしてもお前を殺すことに変更は起きない。それに、お前は別に何も悪いことはしちゃいない」
「………は?」
頭がフリーズした。言葉が出ない。
あの男はなんと言った……?
俺は…、何も、していない……?
何もしていない??なのに、あの男は何の恨みもない俺を殺す、と…??
訳が分からない。ついに俺の頭はおかしくなったのか?とさえ思ってしまう。
俺は何かアイツに嫌なことをしてしまったのてはなかったのか?
けれど俺は本当に何もしてなくて、アイツに恨まれてる…?
「どういう、意味、だ……?」
「そのままの意味だよ。―――俺の目的はお前をこの世界から排除する、ただそれだけだ」
そして、そこまで言われて、俺はようやく理解に至った。
――俺は今から、この男によって殺されるのだと。
――俺が何かしたわけでもなく、俺は理不尽に殺されるのだと。
――俺は、今から死ぬということを。
「っ!」
理解した瞬間、男のその宣戦布告に近い大胆な殺害予告に心臓がギュッと逆撫でされるような、悪寒を覚えた。
互いが互いの脳天に拳銃を突きつけたかのような緊迫感。
それが空気を張り詰めさせ、ドクンドクンと俺の鼓動を加速させる。
やがてサーキナイトと名乗る男はその『蒼雷剣』を持ちあげ、真っ直ぐに俺の方へと向ける。
「俺様はお前を殺しに来た。ならばそれ以外に用など無ければ交わす言葉もない。お前が遺言を残す必要などもないんだよ」
ギラリと剣先が鈍く光る。
バチバチと青い電気がその大剣にまとわりつく。
「ははっ、随分とひどい言いがかりなんだな…。俺はお前に何もしてないっていうのに…」
「ああ、確かにお前は何も悪いことはしていないな。……だがそれは過去の話。これからする可能性があるだろう?」
「…………こ、これから?」
話が見えてこない。
俺は何も悪いことはしていない。けれど俺がこの先悪いことをするかもしれないから殺す?ということか?どういう理屈だよ。
けれど、そんな俺の戸惑いも無視してサーキナイトは前のめりに少ししゃがんだ。
そして――。
「――――だから、黙って俺様に死を捧げてくれ」
瞬間、カッッッ!!!と光が俺の視界を瞬いた。
「―ッ!?」
(手榴弾―――?!)
視界が真っ白になり、キ―――ンと鋭く甲高い音が頭に響く。
思わず腕で顔を隠したが、それが命捕りだった。
「『雷灯閃撃』」
声が聞こえたのは後方。
咄嗟に後ろを振り向く。
しかし時すでに遅し。振り向く前に、既に目と鼻の先に剣先が迫っていた。
「――ッ!?」
避けようとも避けられない距離。たとえ脊髄反射でもそれに反応することは不可能なほどの速さ。雷の如く、音速をも優に超える蒼い一太刀。
死ぬことを覚悟した。
だがその直前、それをも超える速さで、剣先が俺の首に届く寸前、紫の爪がその剣をガキィン!と真上に弾いた。
「チッ、またか」
割り込んできたのはオルフだった。
さらにオルフはサーキナイトの舌打ちを押しつぶすように、息をつく間もなく立て続けに一撃、二撃、三撃と爪を振るう。
それら全てを『蒼雷剣』で軽く受け流し、サーキナイトはさらに続いてきた四撃を『蒼雷剣』で受け止め、その勢いに乗っかり後方に距離を取る。
顔を上げ、納得したという感じでニヤッと笑みを浮かべてサーキナイトは大剣を肩に担いだ。
「―――そうか、なるほど。ここはアラル森林の神聖領域内。そしてここはアラル森林の首獣であるお前の領域でもある。…つまりこの領域内にいる限り、お前は俺の速さをも超えるというわけか」
サーキナイトはそう言って、俺の前に再び庇うように立ちふさがったオルフを見捉える。
その後ろ姿は俺にとってはまるで英雄のようだった。
「………だが、それでも落ちぶれたものだな、オルフ。かつての『アラル・グロワール』という栄光を冠する名を捨て、王都の魔法使いに仕えるとは。以前ほどの力も出せてはいないではないか」
「―――、」
ぴくっと、オルフの体が震えた。
そして次の瞬間、サーキナイトの足元を中心に半径十メートルほどの赤い大魔法陣が展開される。
その規模はもはや、普通の下級魔術ではない。そのランクのさらに二つ上の存在、上級魔術だった。
「ほう、俺様を殺す気か」
そして瞬く間にその魔法陣は魔を産み、式を成し、ドゥンッ!!と赤黒いの炎の柱がまるで滝のようにサーキナイトを呑み込んだ。
「熱っ」
太陽のように熱く、竜巻のように吹き荒れる爆風が周囲へと拡散され、俺の元まで押し寄せてくる。その皮膚を焼く熱さに俺は思わず腕で顔を覆った。
そして腕の間から見える炎の柱。その圧巻たる光景を見て、俺は思わず息を呑んだ。
その光景に映るソレは、人間には到底出来ない魔術の行使だった。そもそも人間には詠唱が必要で、魔法陣を編み出すのにもマナから魔力へ、その魔力を魔術演算式へと埋め込む必要がある。大抵の人間はそれを暗唱し、いつでも展開できるようにするが、たとえそれでも詠唱は不可欠であり演算式も時と場合によっては演算しなおす必要がある。
だが、魔獣として一つ上の存在をゆくオルフは違った。魔力が宿ると言われている魂にそのプロセスが全て先天的に備わっているのだ。
故にオルフはどんな魔法でもオルフが習得をしている自分の属性魔術ならば、いついかなるときでも無詠唱で即座に発動することを可能としている。
たとえそれが、普通の人間ならば数時間と時間をかけて発動させる上級魔術だとしても。
故にそのオルフの魔術発動速度ならば、サーキナイトを殺せる……!!
「――だが残念だったな。俺様に炎は効かねえよ」
「なっ!?」
しかし、驚愕すべきことに、サーキナイトは何故かそこに悠然と立っていた。
皮膚が焼け落ちていることも服に埃がつくことも無く、ただ無傷。まるで何事もなかったかのような姿だった。
余裕、その一言が今の彼を示していた。
「ど、どうして……」
「俺様もその所以は知らん。だがまあ、そういう体質なのだろうよ、知らんがな」
そう言って、サーキナイトは退屈そうな表情とは裏腹に、満足げに声を高くして、俺とオルフの元へと一歩、また一歩と歩き始める。
俺の心は絶望、ただ一つだった。このままだと俺は死ぬ。そして残りのオルフもおそらく殺される。そんな未来しか見えなかった。
何故ならオルフの魔術属性は炎。それが効かないとなるとオルフが扱える魔術は全てアイツに効かないということを意味するからだ。
「……さて、お前達の心が挫けたであろう今一つ、俺様から提案をしようではないか」
両手を大きく広げ、一歩、二歩、三歩、サーキナイトが近づいてくる。
「てい、あん……だと?」
さらに、一歩、二歩、三歩。
「そうだ、提案だ」
サーキナイトはオルフを指差す。
「―――そこの『アラル・グロワール』を俺様に差し出せ。さすればお前を殺すという俺様の決定、今からでも変えてやっても構わない」
「……………………、」
そんなこと受け入れれるはずがない、と俺は真っ先にそう思った。
これは罠だ。明らかな罠だ。俺がもしオルフをサーキナイトへと差し出せば、必ずあの男はオルフを殺す。どうして今さらサーキナイトがオルフを欲しがるというのだ。確実に隙を狙っているからに決まっている。
駄目だ。
オルフをアイツに差し出すのは絶対に駄目だ。
ならば―――。
「……逆だ」
「………なに?」
「お前に俺をくれてやる!そしたらオルフは見逃してくれ!」
「…………」
その時、初めてサーキナイトという男が、俺の前で顔を歪ませた。
それを見て、俺は続ける。
「お前の目的は俺を殺すことなんだろ!?だったらそれでいい!俺を殺せ!!だけど、その代わりオルフに手は出すな!!俺を殺したんならお前の目的は完遂されてオルフを殺す必要なんてないはずだ!俺だけを殺せ!そうしてくれ!!」
「………………」
俺にとっては苦肉の策だった。
あいつに炎は効かない。つまり炎魔術が属性であるオルフの魔術は何も彼に影響することは出来ない。オルフではあいつに勝てない。無論、俺も。
しかしそんな絶望的な時に、サーキナイトは俺を救ってくれるような提案をした。
オルフを差し出せば俺を殺さないという提案を。
……けれど俺はそんなのいらない。俺を救う提案なんていらない。どうせ裏切るに決まっているし、アイツがオルフを得る利益もないはずだ。
だからそこで俺は、あいつの目的である『俺を殺すこと』を勧めさせ、オルフを救うよう提案した。
あいつの目的は俺を殺すことなのだから、あいつに断る理由はない。
それに、これでアイツの目的は果たされ、アイツにオルフを殺す必要性は無くなり、オルフは助けられる……!
これでいける……!
しかしサーキナイトはそんな俺の言葉を聞き、俺の予想とは違い、さらに顔を歪めた。
「………気持ちの悪い。こんなにも気持ち悪い奴にあったのは数十年ぶりだよ。…自分の命を代償に他人を助けると?お前はそう言いたいのか?ハッ、自惚れにも程があるというものだ!」
サーキナイトのその睨みつきは鋭く俺の心を刺した。思わず後ずさりしてしまいそうな、そんな眼光だった。
だけど後退なんてしない。
今ここで俺が後退すればオルフは恐らく死ぬ。
そんなことさせない。それは俺が止める――!
「確かに気持ち悪いかもな。でも俺なんてどうでもいい。もうこの命、とっくに一度消え去ったもの。今更生に縋ることなんてしない…!」
そう、俺は転生者。二度目の人生を生きる者だ。
もう、一度人生を歩んでいる。それがたとえ十数年程度の人生だったとしても一度は経験したのだ。今更また死のうが、もはや人生などどうだっていい。
俺なんて、死んでもいい。
死んでしまってもいいのだ――!
だが俺の心に溢れてきた希望に対して、サーキナイトはさっきまでの愉快そうな声音と顔色を消して大きくため息をついた。
「………やめだ、やめ。お前の提案は無論、俺様の愚かな提案も取り下げだ」
「――は?!な、なんで!?」
あいつに俺の提案を拒否する理由なんてないはずでは?
どうしてこの提案を拒否するというのだ!
しかも自分の提案、つまり俺とオルフのどちらかを見逃してくれるという提案までも…?!
そしてサーキナイトは変わらず顔を歪めたまま、告げる。
「自分を殺せと、そんなことをそんな希望に満ち溢れた表情で言うお前が堪らなく気色が悪いんだよ。何故絶望しない?何故希望を持つ?気持ち悪い気持ち悪い!つまらんつまらん!俺様はお前の苦しむ姿が見たかった!決して!お前に希望を持たせたかったわけでも、こんなにもつまらん返答が欲しかったわけでも、自殺志願者の手伝いなどをしたかったわけではない!!」
次の瞬間、サーキナイトは怒りに任せて、大剣を両手で思いっきり地面に刺した。
ドンンッッ!!!と、その大剣が刺された場所から蒼い稲妻があらゆる方へと迸る。
それに気付いたころにはその稲妻は俺の胸を貫いていた。
「ぐ、は――ッ!?」
俺の体が跳ね上がる。そしてそのまま、まるで銃で撃たれたかのような痛みがある腹を抱えて膝から崩れ落ちて、手の平が地面に着いた。
「はぁ……っ、はぁ……っ!」
意識が朦朧となる。視界はぐにゃぐにゃと歪み、全身は痙攣を繰り返してる。
正直、今生きているのかさえ分からなかった。
銃で撃たれ、そこから大量の血と内臓が溢れ出てるかと錯覚してしまうほどだったのだ。
そんな生死が曖昧な中、突然すこし遠くで、ドサッと何か重たいものが倒れた音がした。
音のした方を見てみると、そこには倒れたオルフがいた。
「オル、フ……ッ!!」
すぐにオルフの元へと駆けつけようと思ったが駄目だった。
まともに体が動かない。
痛み、というより麻痺に近い感覚だった。
「ふ、ふふ、……フーハッハッハッハッ!!そうだそうだ!その顔だよ!!その顔が見たかった!絶望に打ちひしがれ、苦しみと憎悪を抱いたその顔ッ!!やはり!やはり神は不要だ!そう!人間こそ、世界を支配し、戦争の火種を撒き散らすべきなんだよ!!」
俺と同じく、だが全く意味は違い腹を抱え、顔を手で覆って歓喜するサーキナイトを無視して、俺は少しずつ、少しずつだが戻って来る感覚を頼りに、オルフの元へと這い寄っていく。
あとすこ、し……!
「―――だが、足りない」
瞬間、倒れるオルフの巨躯の下に大魔法陣が展開された。
「な―――っ」
先刻オルフが放った『炎の柱』に匹敵するほどの大きさ。十メートルほど離れてる俺の手の先まで届きそうだった。
無論、俺が展開したものではない。
サーキナイトによるものだった。
「お、おま、え……!一体、なに、を……!」
サーキナイトの方を睨みつけ、感覚のない唇を必死に動かす。
だが声は掠れるほどしか出ず、サーキナイトにはとても聞こえていなかった。
サーキナイトはこちらを見ずに、オルフへと手を翳す。
そして――。
「『汝の主君を思い出せ』」
刹那、オルフの首元にあった『召使い契約』によって出来た白色の天使の輪っかのようなものが急激にオルフを包むほど巨大化した。
「『汝は我に従い、我は汝を導く』」
続く詠唱。
意識を失って倒れていたオルフが、ギン!とその鋭い紅い目を見開き、立ち上がる。
そしてさらに、オルフの紫の毛が生え始め、それに続き、ただでさえ大きい巨躯がさらに大きくなっていく。
ゴキゴキゴキ!と骨格や筋肉がオルフの中で急激に成長していく音が響く。
サーキナイトはさらに詠唱を続けた。
「『大地を蹂躙する栄光よ、その栄光を我に譲り給え』!!」
すると、オルフを凌駕するほどの大きさに広がったその天使の輪っかのようなものが白色から赤色へと変化していった。
変色が終わり、完全に紅くなるとその輪っかはギュンッ!と縮むように小さくなり、再びオルフの首元へと帰っていった。
「い、一体……、何が……」
終始、何も分からない。
だが一つだけ、気付いたことがある。
それは、オルフのその気配。
以前とは、俺を王都へと運んでくれていた温厚なオルフの気配とは、全く違った雰囲気があった。
明らかに何か変化があったにも関わらず、何故か俺には何も分からなかった。
いや、本当は………。
「分からないお前に言ってやるよ」
そう言って、役目を終え消えていく魔法陣を横目に、サーキナイトはオルフの元へと歩み寄っていく。
そのオルフへと近づく後ろ姿を見て、俺はどうしようもない焦燥と絶望に胸が痛めつけられた。
何故か?いや、俺はもう既に分かっていた。
サーキナイトがオルフに近づこうとしているのに、オルフが何もしようとしないその状況、そしてオルフが今までしたことのないその、俺を睨み据える眼を見て。
サーキナイトは愉悦を顔に浮かべながらオルフの体に触れ、告げる。
「――――『アラル・グロワール』はこれより、俺様の召使いである」
そして次の瞬間、オルフの爪が倒れてる俺へと襲いかかった。
どう考えても何かがおかしい異世界にて! ひらりん @utotooon
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