第一章「世界改変編」

第1話「日常の始まりと終わり」



「あったけぇ……」

 

 旧神暦、3058年4月8日。

 俺――ユーテリウス・アシス・ユーマは轟々と燃える暖炉の火を前に特に何をすることもなく、ぼーっと座り込んでいた。

 今の季節は春。なのだが気候の影響か、基本的に朝は寒い。なのでこうして毎日暖炉に薪を入れて燃やして暖を取っている。そうしないと同居人に怒られるのだ。

 パチッパチッと暖炉の中から聞こえる音が妙に心地よくて、いつの間にか暖炉の前で1時間過ごしてるなんてことはよくあること。

 

「ふぁぁぁ〜、おはよーお兄ちゃん」

 

 ―と、二階から降りてくる我が愛しき妹の声が聞こえてきた。


「おはようアイナ、朝食は机の上に置いてあるぞ」

「ん、ありがと〜」


 そう言って俺の妹は目をゴシゴシしてフラつきながらも机へと向かっていく。

 同居人とは妹のこと。ユーテリウス・アシス・アイナという。今は髪がぼさぼさになっているが普段は流れるようなストレートで床に引きずるほど長い黒髪、何もかもを見通すかのように突き抜けて蒼い瞳、体つきはスレンダーでまだ成長期ゆえか全体的に幼気があった。

 いつ見ても美少女だ。俺なんかと似てなくて良かったと心底から思う。

 妹は今起きたばかりなのでまだだが、俺はもう朝食は済ませてあるので同席はしない。

 朝食と言っても、そこら辺の魔獣を焼いた肉と野菜をパンに挟んだ簡単なものなのですぐ食べ終わる。妹はいつも何故か三十分以上時間をかけてるが。まあ別に誰にも迷惑をかけているわけではないのだから良いのだけれど。

 すると妹が朝食を食べ始めてすぐに、何か思い出したらしく後ろの俺に振り向いた。

 

「あれ、お兄ちゃん。そろそろ野菜無くなりそうなんじゃなかったっけ?」


 そう言われ、思い出した。

 そういえばあと3日分ぐらいしか倉庫には食材が無かったような。


「そうだったな…。んー、今日にでも王都に行っとくか…」

「!王都!私も行きたい!」

「駄目だ。王都に行っていいのはお前がもっと成長してからだ」

「ぶーぶー!私だってもう14歳だし!一人で王都くらい行けるもん!」


 だが、駄目なのだ。最近の王都はそろそろクーデターが起きてもおかしくない程に政治的に不安な風が吹いていて治安が悪い。

 万が一妹に何かあったら俺はもう……。


「お兄ちゃん、なんか誤解してるみたいだけど、私お兄ちゃんが思ってるほど弱くないよ?魔獣だっていつも私が狩ってるじゃん」

「そ、それはだな……」


 確かにそうだ。

 俺は妹より弱い。魔術もろくに使えず、剣術も浅はか。

 対して妹はどうだ。魔術は一通りで出来て、剣術もそこら辺の魔術を容易く殺してしまえるほどには腕がある。

 妹は自分で自分の身を守れる。


 …だが、だ。

 それはそれ、これはこれ、なのだ。

 行くのは王都。王都に行けば妹より強い人間なんて当然いくらでもいる。

 ……そんなことを言ってしまえば妹はいつまで経っても俺によって家から出られないのだろうが、本当に今は駄目なんだ。

 せめてもう少し、王都の治安がましになってからにしてほしい。


 そう説明すると、妹は「はいはい」とふてくされながらぱくぱくご飯を食べ始めた。

 …申し訳ないがここは譲れない。王都は今やいつクーデターが起きてもおかしくはない状況。今のアリステッド王18世がもう高齢で、しかもその王がそろそろ王を交代したいと発言したのが所以だ。跡継ぎで第一王女と第二王女、第三王女できっぱり三つに王都が割れて、日々王都にいる人々がトマトを投げ合っている。その混沌に乗じて犯罪も多発しているのだとか。

 そんな所に連れて行くなど、到底出来はしない。

 仕方のないことなのだ。


 そう自分に言い聞かせ、暖炉から離れて俺は王都に出向く準備を始めた。


 動きやすいようにラフな服に着替え、腰には念の為の短剣をつけておく。お金と売買用の魔石を財布に入れる。他にも色々と準備や家の用事を一通り終わらせ―――。


 そして一時間後。時間はまだ午前七時だが、日はとうに出ていて家の中まで強く照らしていた。段々と朝寒が消え、春らしく暖かくなり始める。

 出発する時刻は今でも、王都に着く頃にはおそらく十時ぐらいになるので丁度良いだろう。

 玄関近くでしゃがみ込み、ボロボロのスリップを脱ぎ捨て、魔獣の革で出来た安い靴に履きかえる。


「あっ、お兄ちゃん!お土産忘れないでよ!!」


 ぴょこっ、と階段から妹の顔が出てきた。


「はいはい…、ポップコーンでいいんだろ?」

「うんうん!お兄ちゃん大好き!!」

「はいはい」


 靴を履き終え立ち上がる。

 「行ってきまーす」と言い外に出ると、「いってらっしゃーい!」と元気のよい妹の声が後ろから聞こえてきた。

 …本当に元気が良い。帰ったらこちょこちょで「生意気だな」とか言いながら懲らしめよう。


 *****


 異世界はやはり異世界と呼ぶだけ、自然環境が全く違う。まず一面に広がる雑草。その色はなんと赤だ。初めてこうして外に出て見た時はびっくりして、まだ少年ながらも腰をヤラれかけた。今ではもう王都に買い出しに二週間に一度は行っているので慣れた。

 雑草以外にも異世界特有のことで、普通に歩いていると魔獣がいる。だが、善性と悪性とで人を襲うものと人は襲わない魔獣が分けられていて、こういう村と王都が近くて一面何もなく平面な場所には,、基本的に善性の穏やかな魔獣しかいないので安心してもよい。近くのアラル森林や洞窟に行けば、うじゃうじゃと魔獣がいるだろう。

 一度その悪性魔獣に襲われ死にかけたことがあるので、そこには絶対近づかないと決めている。

 

 しばらく歩くとやがて、道の端に一匹のどデカい犬が待ち構えている。俺の身長を優に超える大きさだ。

 だが、こいつは犬などではない。

 立派な魔獣だ。オルフと呼ばれ、真っ赤なイカつい目に対して全身紫の毛でモフモフなのがコイツの特徴。元々悪性魔獣だったらしいが、王都の『魔獣使い』によって善性に性質を変えられたらしく、今ではここから王都への交通手段として遣われている。首元にある天使の輪っかのような魔法陣がその『召使い契約』の証だ。

 最初は見た目の凶暴さも相まって乗るのさえ怖かったが、人を襲ったことはこの百年、一度もないらしい。

 流石王都の『魔獣使い』である。

 すると唐突に、ツンとオルフが頭突きをしてきた。甘えているのだろう。

 

「あーはいはい、お前も偉いぞ偉いぞ〜」

 

 顔をわしゃわしゃと撫でてあげるとワンッ!と尻尾を必死に振りながら嬉しがった。

 ……お前もう完全に犬だな。魔獣としての沽券はないのかよ。

 …可哀想にな。

 ポンッとオルフの頭に手を置く。

 オルフからジト目で見られている気がするが、気のせいだ。そうに違いない。

 お前もお兄ちゃんとしての沽券は無いだろう、とか思われてない思われてない。


 それから、俺は姿勢を低くしたオルフへと跨った。

 視線が一気に高くなり、王都までの道が見える。

 王都はここからだと、もはやゴマ粒みたいな大きさで地平線の果てに位置していた。

 相変わらず遠い。まあ仕方ないのか。

 歩いていくとオルフで連れて行ってもらうよりおそらく数倍は時間がかかる。それにオルフなら交通量とかもとくに発生はしない。そこら辺は村から王都へ流れる税金で賄っているのだとか。それならこのオルフを使って一時間走ったほうがずっと良いわけだ。

 そう思っていると、ドンッ!とオルフが大地を強く蹴り、勢いよく走り出した。王都へと出発したわけだ。


 それから視界に広がるのは、地の紅と空の蒼。

 そのいかにも異世界感を醸し出す景色に俺は少し感動してしまう。もうこの景色をみるのには飽きてしまったぐらいだが、改めてよく見渡してみれば紅い雑草の中に草形の小型魔獣がいたりして、何だか楽しい。

 やはりオルフに連れて行ってもらえるのは最高だ。『風除け』があるのか、良い感じに風が吹いて涼しいし。


 だが、オルフに乗ってから十五分後、急にオルフが立ち止まった。


「……?どうした?」


 問いかけてみたが、オルフは俺に反応することなく、辺りをキョロキョロしていた。

 

 はて…、何かあるのか…?

 俺も周りを見渡すが、特にこれと言って何もない。変わったといえば、風が少し強くなったことと雑草の色に分かりやすく青色が混ざりだしたことか。

 だがそれくらいいつものことだし、オルフが立ち止まるほどじゃあ……。


 やがて、ごうごうと音を立てながら、頭上の空に黒い雲が集まり始めた。


「なん、だ……?」

 

 急に辺りが暗くなっていく。

 先程までの春の陽気はどこに行ったのか、俺の心にあるのは加速する不安と疑問だけだ。


 風が更に勢いを増す。


 バチバチバチッと黒雲が電気を帯び始め、雲の色に赤みが帯び始める。

 

 雷…?

 だが…、それにしては…、何か異様な感じが……。

 嫌な予感がする、そう思った時だった。

 

 刹那、ドカンッッッ!!!と真上から青い雷が降ってきた。


「―――ッ?!?!?!」


 オルフが飛び上がり、その雷を爪で弾き返す。

 ガキィンッッ!!とまるで剣がぶつかったような音が響いた。


 オルフのその飛び上がりに体がぶん回され落っこちそうになったが、オルフの背中にある固定ベルトを掴んでいて、俺は何とか耐えぬいた。

 

 いやそれより、何が起きた…?

 雷が落ちてきたのか?いやでも雷ってのは表現自体は「落ちる」とは使ってるものの、実際には下からも雷が来るもの。雷を弾くことなど出来ない。

 だとするならば――。


 周りを見渡す。


 すると右方には、オルフが弾き返した雷が直撃したらしく、赤い雑草が消え失せた地面が露出していた。

 そこから白い煙がモクモクと立ち上っている。

 

 オルフはその白い煙を見つめていた。

 ………だが、様子がおかしい。

 グルグルグル…!と歯を剥き出しにして唸っている。


「お、おい……。どうしたんだよ……」


 疑問に思い、俺もその白い煙が立ち上る場所を見つめる。


「………」


 やがて、その煙が強風によって消え失せると、そこにあったのは地面に刺さった一つの大剣だった。


「剣………?」


 ……だが、現れたのは剣だけではなかった。

 その突き刺さった大剣の柄を掴みしゃがみ込んでいる、一人の男がいた。


「な、に……?」


 誰だ…?

 見たことがない。

 茶髪で、二度見してしまうほどの巨躯にぱつぱつの黒いスーツを着ており、その上から何の魔獣の毛か赤銅色の毛布を羽織っている。じゃらじゃらと身につけている宝石の装飾がやけに多い。

 

 いや、そもそも……どうしてあんな所に男がいる?

 さっきまではいなかったはずだ。


 男はその地面に刺さった重そうな大剣を軽々と引っこ抜く。


 瞬間、蒼い雷撃が眼前に迫った。

 

「――っ?」


 反応なんて出来なかった。

 理解すら出来ていない。

 けれど理解するよりも前に、左から俺の腹へと俺の体を押し飛ばすような蹴りが入った。


「――ッ!?」


 気づいた時には俺の体は弾丸のように吹き飛ばせられ、木の幹に背中から勢いよくぶつかった。


「ぐ、は―ッ」


 遅れて背中に激痛が走る。

 まるで極太い鞭にはっ叩かれたかのような痛み。

 打ちどころが悪ければ背中の骨が折れていたかもしれない。

 けど痛みなんかはどうでも良い。

 俺は顔を歪ませながらも、すぐに面を上げる。


 すると視界に広がったのは、逞しいほどの巨躯を持っているオルフだった。


「お、オル、フ……!」


 先刻俺の腹に入った蹴りは、おそらくオルフが俺をあの蒼い雷撃から守ろうとしてくれたものだ。

 刹那の話だったので俺を助けるには吹き飛ばす他なかったのだろう。


「――フン、先刻もだが、よく俺様の『蒼雷剣』を防いでくれる。アラル森林の元首獣は伊達ではないか」


 対してオルフほどではないものの、人間にしては大きすぎる巨躯を持つ男はその巨躯以上に大きい大剣を軽々と肩に担ぐ。


「だ、誰だお前……!!」


 突然の出来事に湧き出る戸惑いと怒り。それに任せて俺は男に向かって叫ぶ。

 だが男は、あくまで余裕の表情で告げる。


「俺様の名前はサーキナイト・クラゼリア。


 ―――お前を、殺しに来たんだよ」


 そうして、物語はようやく動き出した。


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