『Book - 君に読む物語』第三話
アイとディアは旅を続けていく。
町から町へ。
様々な色や形をした、二つと同じものはない出会いと別れを繰り返して。
ごおおおぉぉぉっとすごく大きな音がして、アイは頭上を見上げた。
機械でできた鳥が、白い尾を引きながら空の青を切り裂くように飛んでいた。
飛行機という乗り物は、羽を持たない人という生物に、空を泳ぐ夢を見せる。
翼を失ったことに思うところはあるけれど、アイはでも、こうして地面を歩いていくのも嫌いじゃない。
大地を踏みしめることでしか見えない景色というものが、確かにあるからだ。
空を飛んでばかりいては気付けなかった、美しいものたち。
テクテクテクテクと規則正しい音を響かせ、アイは気の向くままに歩いていく。
「ねえ、ディア」
「嫌だ」
「まだなんも言ってないでしょ」
「言わなくても分かる」
今日も今日とて、ディアはアイの腕の中だ。
偉そうな言葉を吐いても、その威厳が保たれているのかは甚だ疑問。
しかしそれを指摘した途端に、ディアは暴れて腕の中から逃げ出そうとすることは想像に容易いので賢い賢いアイちゃんは黙っているのです。まる。なんてアイは思っている。
「分かるなら話は早い。絵本、読んでってば」
「もう何度も嫌だと断ったはずだが?」
「それを更にあたしが断る」
ここしばらく、アイの関心は老婆から譲り受けた絵本のことばかりだった。
ディアに読んでもらおうと、ワクワクしていた。
しかし、いざ読み聞かせを頼んだ途端、ディアからは拒否されてしまい。
そんなわけで、ここ数日、二人のやり取りの内容はちっとも変わっていない。
「少し見たが、あれくらいなら頑張れば一人でも読めるだろ」
「読めない」
「胸を張って言うことかね」
「第一、絵本って誰かに読み聞かせてもらうものなんでしょ。読んでよ~」
「そんな法律はない」
「イ~ヤ~だ~。読んで読んで。ねえ、読んでぇ~。読めってぇ~」
「駄々をこねるな」
「読んでくれないと泣いちゃうぞ?」
「それ、この前見たアニメの影響か? 勝手に泣けばいい。僕は知らない」
「むう。なんでそんな意地悪するわけ? あの時も――」
言いかけて、アイの脳裏にいつかのカフェテラスでの光景が思い浮かんだ。
テンポよく進んでいた足も、思考と一緒に一旦停止。
「そうだよ。思い出した。ほら、前に女の子の幽霊が絵本を読んでってみんなに頼んでた時も冷たかったし。違うとか、管轄外とかブツブツ言っちゃってさ」
「あれは――」
「決めた。あの子に会いにいく」
「なにをしに?」
「誰も読んであげないなら、あたしが絵本を読んであげるの」
そのままアイの体は機敏に回れ右をした。
視線の先には、今まで歩いてきた道が広がっている。
「今からか? あの町からはもう随分離れたし、もしかしたら無意味になるかもしれないぞ?」
「それならそれでいいよ。大切なのは、あの子が悲しい想いをしなくて済むことだと思うし」
それから、アイはディアをぎろりとひと睨みして。
「ディアには分かんないかもだけど、絵本を読んでもらえないのってすっごく悲しいんだから」
「まったく。君って奴はいつまでも成長しないな」
そう呟くディアの声には、しかしもう否定するような響きはなかった。
これは、アイによるアイの為の旅だ。
ディアは無理くり付き合わされてるにすぎない。
だから、旅の未来はいつも自由奔放な天使の気持ち一つで決まってしまう。
翼はなくとも、彼女は自由で。
二本の足で、どこへでも歩いていける。
「だからね、ディアはあたしに絵本を読むこと」
「そこに話が戻るのか」
「あったり前でしょ。そうしたら、みんなハッピーだもん」
行ったり来たりを繰り返しながら、二人の旅は今日も賑やかに続いていく。
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