2.集合②

「私が一番乗り?」

「ああ」


 るいざは譲の広げているウィンドウの邪魔にならないよう、少し離れた場所に移動しながら小首を傾げた。


「おかしいわね。克己が先に出たのに」


 その言葉に譲が視線をるいざに向けた。


「克己って……」

「佐々木Jr.克己よ。一緒に誘いに来てくれたじゃない」


 答えながら、るいざは改めて譲を見た。


 --キレイな顔。

 人の顔の美醜にそこまで興味のないるいざですら、思わず見つめてしまう。

 美人ってこういう顔を言うのね。

 整った顔の造形は彫りが深く、日本人には見えない。加えて、21歳にはとても見えない。ぱっと見15、6歳の欧米人に見える。しかも中性的。加えて日の光を浴びて金色に見える薄茶色の髪に、初めて見る紫色の大きな瞳。そして触ったら心地良さそうな白い肌。


 お手入れとかどうしてるのかしら……?


 思わず見つめてしまったるいざの視線を気にする事もなく、譲は口を開いた。


「恋人?」

「違うわよ」


 即答だ。


「一緒に暮らしてんの?」

「一緒の病院に勤めてたの、昨日まで。今日も一緒に行こうっていったのに、やっぱ俺先行くって言って。まあのろのろしてた私が悪いんだけど」


 成る程と、譲は再びウィンドウに視線を戻す。

 恋人で無いならそれで良い。恋人だとしても、気にはしないが、火種は少ない方が望ましい。ただでさえ色々あるんだ。

 やや興味を失った譲は、とりあえず適当に会話を続ける。


「嫌になって帰ったとか」

「それはないわ」

 譲の言葉にかぶるように彼女はきっぱりと言いきった。少し譲が怪訝そうな顔をすると


「やめるならやめるってはっきり言う人だから。どっちかって言うと迷っていたのは私なの。でも克己が一緒に行こうって言ってくれたから」


『だから、ここにくることに決めた』

 という言葉をのみこんで彼女は少しバツの悪そうな顔をした。だが、譲は個人の動機に興味はない。これといって話すこともせず、ウィンドウへ指を滑らせる。しばらく沈黙が続いた。


 今日、打診した者のうち、何人来るかはまったく見当もつかない。

 足手まといは必要無い。正直言って譲は熱心にオファーをしなかった。

 ESPセクションは能力者の育成のためだけに設立されたわけではない。海外でもまちがいなく生まれているだろう能力者からの、攻撃をされた場合の戦闘も依頼されている。そのことを、譲は探し出した能力者には話してある。それなりの覚悟がなければ、ここにくることなどできない。


 別にこの国なんかどうなってもいいけど。


 譲がこの依頼をうけたのは、彼がずっと実現したいと思っていたシステム--『真維』の起動ができるからである。


 --やっと、また会える。


譲は、ウィンドウを操っていた手を握りしめた。

時刻は1時23分。あと、7分。


「あ、譲、見て」


 彼女の声で顔をあげると、彼女の指さした方向に人影が二つ。ずいぶん身長差のあるペアである。


「克己だわ。もうひとりは……」

「確か……柚木麻里奈だ」

「おーっす、遅くなった、ゴメン」


 『克己』と呼ばれた背の高い少年は陽気な声をあげ、二人に手をあげた。


「ホント、遅かったじゃない。何してたの?」

「いやそれがよ、るいざ。こいつがよー」

「こいつって会ったばかりなのに、なれなれしいわよっ!」


 と、克己のかたわらにいた麻里奈という少女がわめいた。るいざの身長は157cmとそれほど高くないのだが、それよりもはるかに低い。しかもまだランドセルを背負ってもおかしくないくらいの童顔だ。後に、克己とるいざは麻里奈の実年齢を20才と聞いて驚くことになる。


「で、どうしたんだ?」


 ため息をついて譲が聞くと克己は思いだしたのか、笑いながら説明した。


「この子さー、ほら電柱倒れまくってるだろ? 放射能がほとんどなくなったのがつい最近で、久しぶりに地上に立ったのが嬉しかったらしくて、電柱をぴょんぴょん飛び越えていたらつまづいたんだよ。それで顔面から地面につっこんで、その上重いリュックがのしかかってきたから身動きがとれなくなっててよ、じたばたしてんだよ」

「……つまり始めから見てたわけ? ちょっとひどいんじゃない?」

「んなこと言ってもよ、あっというまのことだったしよ、なあ?」

「うるさいわねっ!!」

「ま、まあ、でも怪我がなくてよかったじゃない。ほら顔見せてごらん。傷見てあげるから」


 と、るいざは麻里奈の顔を両手で包みこんであげさせた。大笑いしていた克己には見せなかったらしいが同性のるいざにはおとなしく傷を見てもらっている。2人が向かい合ってしまって手持ち無沙汰になった克己は譲に近づいた。


「1時半まであと2分だな」

「そうだな」


 譲は、先程まで広げていたウィンドウをすべて消すと、瓦礫の山からひょいと飛び降りた。


「何人誘った?」


 克己が後に続いて瓦礫から降りながら聞く。


「お前ら入れて12人。そのうち4人は死亡通知がきた」

「へぇ」


 克己が辺りをぐるりと見渡した。


「どうやらこの4人だけのようだな」

「……十分だ」


 多すぎるのもあまり好ましくない。


「時間だ、行くぞ」


 譲が3人にはまったく目を向けずに声を発した。


「はーい」と麻里奈。

「おう」と克己。

「はい」とるいざ。


 譲が瓦礫の狭間へ足を踏み入れる。

 天井部分は半分は骨組み、更に半分はガラスが残っている教室一つ分程のスペース。今はもう到底使用出来ないだろうエレベーターのボタンに譲が手をかざすと、瓦礫の一部が不意に持ち上がる。


「うぉ!?」

「びっくりした!」


 近くに居た克己と麻里奈が、目をぱちくりさせる。

 瓦礫の下から真新しいエレベーターが出現し、ドアが開いた。

 これが、全ての始まりだった。

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