有夫にして学を志す(2)

 ラボアジェはテレーの後任、財務総監テュルゴーの要請で王室火薬監督官と徴税請負人を兼職し、兵器廠内に大実験室を備えた新居を構えた。

フランスの火薬事情は逼迫し、硝石の輸入は国家財政を圧迫していた。国産硝石の増産が至上命題だったのだ。

燃焼と空気について解明しようと挑むラボアジェにとってこの官職は渡りに船だった。

ラボアジェは両方の職務のために国内をせわしなく往来した。マリーは頻繁に旅行に同行して記録を付け、合間に地方の名士夫人と交流を重ねた。


 1774年『物理と化学』、1777年『硝石鉱床の施設と硝石の製造についての指針』。ラボアジェは著書を相次いで世に送り出す。

同時期、『科学アカデミー紀要』に彼の論文が多数掲載された。

マリーという協力者と火薬監督官の職を得た三十代、ラボアジェは水を得た魚のように矢継ぎ早に研究成果を発表し、同時代の科学者に友人への手紙でこう書かしめた。

「ラボアジェはずっと前から、その大発見によって私を震え上がらせている。彼はその発見を密かに用意し、フロギストン、すなわち結びつく火の理論をすっかり覆さずにはおかないでしょう。彼の自信にあふれた態度を見ると恐ろしくて死にそうになります」


 この頃、ラボアジェは科学アカデミーの正会員となり、本業の他に監獄改善委員、蒸気機関改善委員、農業委員会委員などいくつもの委員を兼任した。

科学の成果は社会に還元されるべきもの、地位と報酬は国家に役立つためにも享受していると考える彼は、自領で穀物の収量改善や家畜改良を企図し、年単位で様々な試みを導入し、検証し、自身の経験に基づく提言をそれぞれの委員会でまとめた。

彼の名声は日に日に高まるばかりだった。


 光の多いところでは、影も濃くなる。

その頃一人の軍医がアカデミー入会を熱望したが、その著書『火についての物理的研究』は実験の記述、考察が薄弱だとして却下された。

ラボアジェにとって通常業務の一環に過ぎなかったその査定は後に大きく響くことになる。

約十年後、ジャーナリストとして、革命家として、ラボアジェの人生に再び立ち現れる人物。奇しくも彼ら二人は同じ年の生まれだった。

その男の名は、ジャン・ポール・マラー。

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