あなたはしっかり私のもの(2)

 その夜、はるかに年長で全知全能の人と思っていた夫が、こと閨事に関しては驚くほど初心であることを知った。

13歳で嫁ぎ、経験など全くない。世の夫婦は皆すること、自分に言い聞かせても掌に汗が滲み、動悸が己の耳に響くほど緊張していた。

けれど遠慮がちに肩に触れた夫の指が熱く、震えているのを感じ、忽然と悟る。

この人も緊張し、戸惑っているのだ。嬉しさがこみ上げ、力が抜ける。

もう逃げようとは思わない。彼の肩に頬を寄せた。


 「マリー!私のマリー!!君はなんて……!」

切羽詰まった声が名を呼ぶ。接する肌から伝わる鼓動はひどく早かった。

重なる素足はごつごつし骨張っていて、まるで違う部位のよう。

腕も指も唇も吐息も、全てが信じられないほど熱い。化学反応みたい?

いえ違う、もっとお互いに生きていて、どうしようもなく求め合っていることを確かめる、不器用な営み。

名前の響きが、特別な熱と重さで耳を打つことがあるなんて、今夜まで知らなかった。

アントワーヌ様。私のアントワーヌ!


 彼は何と言ったか?「親密になりたい」

ずっと一緒に暮らしてきたのに、こんなあなたは知らない。こんなに何もかも私と違う。

結婚前に通り一遍教えられた閨事は何とも奇怪で即物的な行為としか思えなかった。

なのに今は。

くすぐったい、痛い、こわい、苦しい、どれも少し合っていて大分違う。

自分の身にこんな感覚が眠っていると意識したこともなかった。

真冬なのに全身が燃えるように熱い。ただもどかしく、そのままの状態に留まれない。

もっとそばに、もっと深く、もっと一つに、もっとお互いだけを。

伝えても伝えきれず、求めても果てがない。

こんなに眼が眩むほど強烈で、堰を切ったように気持ちが溢れ、熱に浮かされたように親密な行為があるなんて……!


 私に触れるのがあなたでよかった。ダメルヴァル侯爵でも、他の誰でもなく。

あなたが私の夫、私のひとで嬉しい。

冷静な天才科学者、年長の夫は、閨では師でも父でも兄でもない。

余裕を失い、一途に私を求めてくれる。

「マリー、私の女神、君が好きだ!ああ、夢のようだ、君が私の妻だとは!君の全部は私のもの、私だけのものだ‼」

熱に浮かされたような上擦った声で彼は繰り返す。


 そう、でも知ってるかしら?アントワーヌ、あなたも同じなの。

あなたは私マリー・アンヌのもの。ただ一人のものよ!!

それは初めて知る甘美で獰猛な喜びだった。


 部屋に朝日が射すのを瞼の裏で感じる。ゆっくりと意識が覚醒してくる。

自分のものではない体温がそばに在る。瞼を開くと隣に居る夫と目が合った。

彼は気恥ずかしげに視線を逸らす。


 「すまない、昨夜は無理をさせた。自分に呆れてる……あんなに抑えが利かないとは」

きまり悪そうにぼそぼそと謝罪を口にする。明快な物言いが板に付いた人が。

普段かつらの下に収まっている栗色の髪は乱れ、首に張りついている。

肩の線は思いのほか男性的で力強かった。軍人のように日々鍛錬せずとも、強靭でなければ過酷な鉱物調査や気候調査の長旅に耐えられるわけがないのだ。


 やっと本当の夫婦になれた。あなたはこんなひとだったのか。

すべてが目新しく、愛おしい。

一夜でこんなに沢山新たな顔を知った、私のだんな様。この姿を見られるのは、妻である私だけ。

「とても幸せ。私のあなた。愛しいアントワーヌ様」

満ち足りた想いで腕を伸ばし、夫の髪に優しく触れた。

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