マリー・アンヌの縁談(1)

 皇太子とオーストリア皇女、マリー・アントワネット成婚の翌年。

パリのとある家庭で父子の会話が始まった。


 「マリー、こっちに座ってくれるかい。大事な話があるんだ」

「どうしたの、お父様?急に改まって」

柔らかな濃茶色の髪、生き生きと輝く青い瞳、バラ色の頬と唇。愛らしい少女が小首をかしげ父親を見上げる。

「実は伯父上かつ上司、財務総監のテレー殿からお前の縁談を持ちかけられていてね」

五十路の中背男性はこの世の終わりのような顔をしていた。


 父親の表情を見た少女は瞬きをし、恐る恐る返事をする。

「私はまだ13歳よ。貴族の令嬢でもないのに、結婚なんて早すぎるわ!それになぜ相手の方のお名前を口にする前から、そんな苦しそうな顔をしているの?」

「……その縁談の相手というのが。50歳を越えたダメルヴァル侯爵でね。年齢も私と変わらないし、女遊びや浪費でも悪い噂しか聞かない人で……」

「えっ⁉嫌よそんな方!!お父様、絶対にお断りしてちょうだい!」

「そのつもりだよ。お前を不幸にしたくはないからね。はあ、しかし侯爵も、彼の身内も、よりによってテレー殿に取り持ちを頼むとは!群を抜いて断りにくい相手だ。いやはや、胃に穴が開きそうだ」

ジャックは下がり気味の眉を更に下げ、胸を押さえた。普段は穏やかで優しく、4人の子どもの良き父である男やもめは卵形の顔に苦悶の表情を浮かべている。


 マリーは両手を握り合わせ、父親に懇願する。

「心配をかけてごめんなさい、お父様。でもお願い、どうかお断りしてね!決してお父様のお役に立ちたくないわけじゃないの。でも家のための結婚をするにしても、そんな好色じじいは絶対いや!!」

「好色じじい……。うん、そうだな、なんとか頑張るよ。可愛いマリー」

少女の父は気丈に微笑んだ。

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