マリー・アンヌの縁談(2)
「ジャック・アレクシス・ポールズ!私の頼みを断るとは!!たばこ税部長の地位が惜しくないのか⁉」
額に青筋を浮かべた壮年の男性は苛立ちを隠さず、右手に握った書類を左手に叩きつける。
財務総監であり修道院長を兼ねる一族の出世頭の前で、甥の
一切省略なしで名を呼ばれる威圧感たるや。ジャックの背を冷や汗が伝う。
「テレー総監!たばこ税は国庫を大いに潤すことをお忘れなく!この税を監督するために彼のような適任者は滅多に見つかりません。どうかご寛恕を!」
見かねた同僚のとりなしのおかげでひとまず難は逃れたが、テレーの不満気な表情にこのままでは根本的な解決は難しいことをジャックは悟る。
――マリーが未婚でいる限り、厄介な縁談は幾度も蒸し返されるだろう。だが、さしものテレー閣下も文句の付けようがない男性に愛娘を縁付かせれば、あるいは……
「マリー。私の同僚のアントワーヌ君と結婚するのはどうだろうか。そうすれば、さすがに侯爵もお前を諦めると思うんだ」
「あのダメ侯爵まだ諦めてなかったの……?しつこいったら!牡蠣にあたってお腹を下しちゃえばいいのに!!」
マリーは柳眉を逆立てる。
そして父に似た卵形の顔にありありと好奇心を表し、尋ねた。
「お話遮ってごめんなさい。ところでお父様、アントワーヌ様ってどんな方なの?」
「彼は今28歳でね。美男子だよ、同性の私の眼から見ても。実験に目が無い変わり者だが、遠からず科学アカデミー正会員になると将来を嘱望されている若者だ。徴税組合での仕事ぶりは真面目で、人柄も誠実だ。何より、私は彼を信頼している。マリーとは少し年が離れているけれど、侯爵よりはずっと近いだろう?」
「お会いしてみたいわ!」
「アントワーヌ君。私の娘、マリー・アンヌ・ピエレット・ポールズだ。マリー、こちらが同僚のアントワーヌ・ローラン・ラボアジェ君だよ」
「初めまして、ムシュー・ラボアジェ。父からお噂はかねがね伺っております。お眼にかかれて光栄ですわ!」
マリーは背の高い灰色の瞳の男性を見上げて頬を紅潮させる。
穏和な眼差しで少女を見るアントワーヌの口元も微かに綻んでいるのを見て、ジャックは自分の選択の正しさを確信した。
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