第18話 孤独

「麗華。お前、麗華だろ?」


右頬に見慣れない傷跡のある父は

涙を必死に堪えていた。


私はあまりの衝撃に言葉が出ず

硬直していた。


「みんな、お前が死んだんじゃないかって...

でも俺はお前が絶対生きていてくれると、」


そう父が言いかけたところで私はたまらず乱暴にドアを閉めてしまった。


些細なその一瞬、

私の脳内には大量の思考が巡った。


深呼吸をして百合としての新しい連絡先を紙切れにメモし、運転席の少し開いた窓の隙間から父に渡した。


「れ、麗華!!」


私は急いで車を降りようとする父を止めた。


「お父さん。」


「こ、これは一体...」


「お願い、、今はダメなの。

 後で必ず説明するから、

 今は何事もなかったようにして。」


私はそう言い残して伴世の元へ駆けた。


父のタクシーが走って行ったのを見届けた後、私は顔色の悪い伴世のために自販機で水を買った。


「伴世さん、大丈夫?」


「あの車がタバコ臭くて酔ったんだ。

あの運転手、人がなってないな。」


「...そうね。」


そう。私の父親はろくでなしだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


前から伴世は現地の知り合いと約束をしていたので私は2、3時間自由な時間があった。


父からは何十件も不在着信がきていた。


(着信音)


『もしもし。』


『ああっ。麗花か!!』


『うん。』


『そうかぁ...。麗華、麗華ぁ...』


電話越しでも父が号泣しているのがわかる。


『ごめんね。詳しいことは言えないけど、私は今はもう麗華じゃないの。』


『ど、どういうことだ?』


『だから、、』


『あの俺の事故のせいなのか?

お前とあの日以来連絡がつかなくて

優斗たちも心配してるぞ?』


『...優斗たちは、元気にやってるの?』


『あ、ああ。カスミさんとこの建築屋の跡取りとしてそれはもう可愛がってもらってるぞ。あのカスミさんがな。』


『よかった。』


『そんなことより、お前は今まで、』


『それは言えない。もう麗華はいないの。

私は前より幸せだから。幸せになるから。

だから、、もう探さないで。』


『麗華、、』


『もう麗華って呼ばないでってば!!!』


受話器越しに沈黙が続いた。


『私はもうあんな暮らし懲り懲り。

この電話番号ももう使わないから。』


私はそう吐き捨てて、電話を切った。


荒い息とともに涙が溢れた。


本当はこの数年父に会いたくて仕方がなかった。華やかさの代償に偽りと不安を抱えた生活は想像以上に過酷なものだった。


もうあのボロ屋街には帰りたくはない。


それなのに父と母と弟たちに囲まれた

暖かいあの空間が恋しくてたまらなかった。


突然伴世が帰ってきた。


「どうしたんだ百合。」


私は急いで涙を拭ったが間に合わなかった。


「違うの。これは、」


伴世は少し考え何かに納得したようだ。


「あぁ。ホームシックか?」








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