第10話 ご登場

あれから約2年の時が経った。

今日はついに弦堂家に足を踏み入れる日だ。


準備と学習を糧に私は上流階級の女として相応しい品格を手に入れた、はず。


「大柳さん、このセットアップどうですか?

ちょうどシャネルの新作が今朝届いたので

良いかなと思って、、」 


「そうですね、このディオールのHラインはどうでしょうか?そちらのセットアップも悪くありませんが、こちらの方がよろしいかと。」


大柳さんはファッションにも詳しかった。

百合の話では、彼は昔高級ブランドのバイヤーだったとか。


私は結局大柳さんに勧められたHラインを履いて車に乗った。


「私こう見えて緊張してるんです。」


「緊張なさってるようにお見受けしますが。」


大柳さんのからかいのおかげで少し緊張が解けた。


「大丈夫ですよ。今まで何度も申し上げましたが、貴方は貴方が見てきた弦堂百合さんにならなくて良いのです。誰も本物を知りませんから。」


「弦堂家の人たちに私が弦堂百合だと納得させられたらそれでいい、ですよね?」


「その通りです。」


「このアドバイスに何度も助けられました。」


そうしているうちに車は大きな門の前に止まり、運転席の大柳さんは警備員に一瞥した。


すると門は開き、堂々とした豪邸が私たちを迎えた。ここまで息が詰まるような圧迫感と重厚感のある家は見たことがない。


家政婦に招かれ、私と大柳さんは豪華な応接間に通された。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


そこには一族が揃っていた。


百合の祖父にあたる弦堂会長を中心に

その息子が2人。本当は3人の息子がいたが、百合の父親は若く死んでいた。

そしてその妻や子供達も、

皆私のことを好奇心と嫌悪の混ざった目で見ていた。


「初めまして。弦堂百合と申します。」


私は柔らかに微笑み軽く頭を下げた。


「アメリカでは派手に遊んでいたと聞いたが、思ったより礼儀は身についているみたいだな。」


そう初対面から礼儀に欠ける発言をしたのは会長の次男、弦堂伸行げんどうのぶゆき副社長だった。


「おい。余計なことを言うな。

すみませんね百合さん。」


長男の弦堂貴一郎げんどうきいちろう社長は私に上品な会釈をした。


会長が遂に口を開く。


「百合、こちらへ来なさい。」


私は緊張でどうにかなりそうだったが、今日のために準備した弦堂百合の人物像という鎧を身につけ、胸を張って会長の元へ歩み寄った。まるでモデルウォーキングをするかのように。


「はい。お祖父様。」


会長は私の目をじっと見つめ


「父親似ではないな。顔はよく覚えていないが、あの母親に似ているのか。」


と笑った。


「兄さんもバカだよなぁ。

あんな頓珍漢なデザイナー女のせいで仕事も精神もやらかして早死にするとは。」


副社長が嘲笑う。


兄の社長こそ何も言わないが内心百合の両親を馬鹿にしているのをよく感じた。


この母への侮辱と取れる会長の発言に、

以前の麗華ならその場しのぎで黙っていただろう。


しかし、今の私は弦堂百合だ。


私は会長の前に立ち笑った。


「何がおかしいんだ。」


「私にはこちらの応接間の方が頓珍漢に見えますが?」


「身の程をわきまえろ。生意気だぞ。」


社長の本性はあっという間に口に出た。


「どうして弦堂家のお客様をお招きするような応接間の家具が全てコピー品なのでしょうか?」


会長は硬直した。

副社長が身を乗り出し、


「はぁ?何を言い出すこの小娘。

このソファもテーブルも全てドイツの最高級家具ブランドテナサスの、」


「巧妙なコピー品です。ドイツの最高級家具ブランドテナサスの、コピー品。」


私は顎先をつんと上げいかにも皮肉っぽくそう言い放った。


「ここまでコピー品を揃えるのもかえって大変でしょうに...もしかしてそういった品の収集がご趣味で?あら失礼。」


私はそう言って笑い続けた。



これが百合に与えられた最初のミッションである。




⓵「初対面で弦堂家に恥をかかせる。」

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