第8話 百合のように

弦堂百合が亡くなるまでの9ヶ月、

私はほとんどの時を彼女と過ごした。


彼女が見てきたもの、学んだもの、

その全てが私には新鮮だった。


まず初めに身だしなみの整え方を学んだ。


「私は人を見る時、まず髪と靴を見るの。

 生活の余裕が1発でわかるからね。」


「高い靴とか、いい美容院に行ってるってことですか?」


「うーん...それも大事だけど、価値もわからずに見栄だけで履いてたって1発でバレるわよ。

 大抵履きこなせてないから。」


「じゃあどうすれば...」


「私はね、15になるまであなたと同じように貧しかった。だから本家から大金が送り込まれた時、ブランド品を買い漁ったの。

バカらしくてね、今まで20ドルのバッグにも手が出せなかったのにって。」


手元を見下ろした彼女のまつ毛はとても綺麗だった。


「でもね、ママははっきりこう言ったの。

『似合ってないわ』って。ママはアメリカに渡る前ちょっと有名なデザイナーだったから見る目があったのね。」


彼女の独特で洗練されたコーディネートは母親譲りだったのかと私はどこかで納得した。


「まぁ、化粧や服装は表面的なものだからなんとかなるけど。肝心は英語よ。英語。」


彼女はアメリカ生まれアメリカ育ちだ。

一方私は学校教育でかじった文法的な英語しかわからない。ネイティブのように、なんてもってのほかだ。


毎日、毎日、教養と勉学、上流階級の遊び方を学ぶ日々だった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーー



百合の母親が来日した日。

母親は私の想像と少し違った。

百合のような明るい口調ではなく、

落ち着いた上品な人だった。


齋藤麻美さいとうあさみです。初めまして。」


「齋藤...あ、犀川麗華です。」


そうだ彼女は弦堂家の愛人で、もちろん籍に入れられていない。


「私は、本当は、娘にこんなことをしてほしくありませんでした。他のお宅の娘さんまで巻き込むなんて...。」


「麻美さん...。私も望んだことです。

私は百合さんの選択を尊重します。」


そう言うと麻美さんはゆっくりと微笑んだ。この優しい微笑みは百合にそっくりだった。


「あの子は小さい時から大人びていました。

私は見てわかるように生き方が不器用で、いつもあの子が『ママ、こうしたらいいの。』って支えてくれていたんです。」


「百合さんらしいですね。

私になり切れるかな、毎日そばにいると刺激たっぷりなんです。」


私は少ししまったと思った。


「ふふふ。私が派手好きだったからかしら。

あの子もそんな好みに寄ってしまって。

弦堂家のこともあんなに毛嫌っていたのに、いただいたお金は思う存分使ってたわ。」


麻美さん愛おしさでたっぷりの表情をしていた。


「百合さんらしいですね..」


「でもきっと大丈夫ね。百合はちゃんと人を見る目がある。どうか、あの子のわがままを許してあげてください。」


私は頷きながら、目に涙を浮かべる麻美さんの手を握ってあげることにしかできなかった。












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