第9話 出会い
2016年8月29日、柴垣龍之介_
長いようで短い夏休みが明けた。学校に登校する生徒たちはみな重い足取りで通学路を歩いている。
計画についてだが、当分はお預けという結論に至った。遠出するとなれば、確実に足が残る。やはり塵すらも残さないとなると、はじめに狙っていた山奥の集落が理想だろう。山であれば死体を隠すことすら叶うかもしれない。だが、今この町は防犯の目が辺りに光っているはず。その穴を抜けるには生半可な計画じゃお陀仏だ。事態が収まるまで、身を潜めておくのが吉と判断した。
「隆之介、うぃす」
校門を前に、琥太郎にばったり遭遇する。「おぉ、久しぶり」と返事を返した。
「転校生3組らしいよ。しかも普通に美人らしい、楽しみだな」
「…お前彼女いるんじゃねぇのかよ」
琥太郎は「ははっ」と女垂らしを誇るように笑った。
昨日SMSにて、隆之介が通う高校に転校生がくる情報が回ってきた。隆之介が次なる偉業に胸をはせる中、クラスの生徒は違うところに胸をはせていた。
琥太郎いわく、教室は別らしい、しかも女。正直クラスの女でさえ覚えきれていない隆之介にとって、女自体興味の対象ではなかった。ただ転校生という未知の存在に新鮮味を感じずにはいられなかった。
琥太郎とともに、玄関を抜け、自身が類する2年2組の階を上ると、3組の前に軽い人だかりができていた。
「おっ!もう来てんのか!」
琥太郎が一目散に割り込み、教室の窓ガラスをのぞき込む。転校生というのは朝礼で初めて登場し、先生に紹介されるものではないのか。漫画やアニメで固定観念を縛り付けられていることを知り、あとを追って窓ガラスを覗いた。
「由美ちゃんだって、南部由美」
隣の女子が言った。どれだ?既に教室には半分以上の席が埋まっている。ただでさえ顔見知りのない他教室の生徒なんて転校生と区別できない。「この子?」と琥太郎に耳打つように話しかける。
「なんで分かんねぇんだよ、一番奥の列…話しかけられてんだろ。お団子のあいつ」
目をやると、複数の女子に喋りかけられる肩をすぼめる女子がいた。
しわのない制服は新しく新調したものだろう。小顔で釣り上げられた目は、後ろのお団子ヘアーに引っ張られているようにも見えた。気の強そうな顔のわりに、委縮する様子を見るに、馴れ合いを好むタイプではないらしい。俺と同じタイプのようだ。
転校生に目を光らせる生徒たちだが、隆之介は少し顔をしかめた。
どこか見覚えがある顔つきだ。それも隆之介にとって大事な、特別な繋がりを持った誰かと。
「まぁブスではねぇな。隆之介、2組行くぞ」
それでも思い出せはしない。ただの気のせいか?このどこか引っかかる気持ちは何なのか思いつかないまま「…ああ、うん」と琥太郎に返し、二人で3組を後にした。
_
夏休み明けの学校を終えた隆之介はその夜、町の声が静まり切った夜、一人でに外出し、歩き始めた。
転校生というものはやはり色物、初日にして彼女を拝めただけで、もう誰も話題にはあげない。そういうものだ、必ずしも転校生が絶世の美女で魅惑の彩を放つわけではない。拍子抜けて感じるのも、漫画やアニメによる印象操作による弊害だろう。どういう経緯で転校に至ったかは知らないが、うまく周りに溶け込めるといいが。
くだらないことを耽り自宅から離れた隆之介は、ポケットに忍ばせたパーラメントを取り出し、ライターで火を灯し吸った。初めて煙草を吸った日から、町音が静まり切っては散歩に出かけて煙草を吸っている。女から奪った分がなくなると、無性に口さみしくて仕方がなかった。煙草など人間のクズしか嗜まないとあしらっていた隆之介だが、どことない手持ち無沙汰を解消してくれる画期的なアイテムに、いつの間にかとりこになっていた。
ある日コンビニで軽食を買った時のことだ。若い店員が気だるそうに接客する中、後ろの棚にある煙草棚に、パーラメントが置いてあるのが見えた。
「…すいません、116番も下さい」
「ぇ?…はい」
一瞬ちらりと眉をひそめ顔を見た店員だったが、後ろの棚に手を伸ばし煙草をスキャンした。
…こうも簡単に法律の壁というのは超えられてしまうものなのか。もっと裏へ呼び出されたり、親や学校へ通告が渡るものだと思っていたのだが。この店員ならそんな可能性も薄いと踏んで試しに注文してみたが、あまりにも呆気ない。
「…すいません、これも」
レジ横に備え付けられたライターも共に購入し、軽い食事と煙草を手に、コンビニを出た。
あの日からコンビニに寄っては煙草を買い続けている。自分でも愚かだと思うが、どうも癖づいてしまった。
中学の頃、煙草吸いの友達がいた。そいつなぜ煙草を吸うのかを聞いたことがあった。
「んぁ?そんなのかっけーからだよ」
友人は堂々と言いのけた。確かに口元から煙がふわりと吹き出るさまは、どこか映り映える。だが、昨今では体に悪いとされ始め、健康を害すという俗説が定説となりつつある。ただ格好をつけるためだけに多大な損を抱えかねない煙草は、やはり頭の弱い人間の嗜みなのだろう。
そんなことを思っていた時期がある。実際、今でもその考え自体に変わりはない。
そんな中、隆之介は手のひらを返すように煙草を吸った。自身が矛盾していることに気づいているのにもかかわらず。
「なんとなく吸っている」煙草を吸う友人に訪ねたように、そう問われればこのように返すだろう。自身の行いを形容するには、漠然とした物事に対して使われる『なんとなく』が適切だと判断するだろうからだ。
だが、『なんとなく』という漠然とした言葉自体、考え不足が招いた逃避的な発言でしかないとも思っている。自分の行い自体を言語化することが放棄、もしくは怖がっているのだ。
友人は「そんなのかっけーからだよ」と煙草を吸う理由付けをした。漫画やドラマの登場人物がダンディにも煙を吹かす姿は、確かに味のある雰囲気を感じさせる。こいつは正直だ、自分自身が格好をつけているという幼稚な事実から目を背けようと、「煙草はなんとなく吸っている」とほざく馬鹿なんてウジのようにいる。そんな盲目な人間に比べれば、素直に格好良いと思うことに健康という損を生んでまで取り組むのは、ある種の潔さがあり、気持ちは悪くない。まぁ体を蝕んでまでやることかと問われれば、理解に苦しむわけだが。
そんな隆之介が煙草を吸っている。「殺した女が吸っていただけ」でこんなリスクを俺が払うか?照らす常夜灯が少なくなってきた家屋が両脇に建ち並ぶ夜道を歩きながら、自身の愚行を考察していた。
視界を覆う煙がふと晴れた時、目の前から歩く人影が見えた。小柄で黒髪、体格に合わない白いTシャツを身にまとう、一見貞子のような女霊に見えなくもない女だろう。
殺すか?一瞬そんな考えが脳裏によぎったが、まるで条件がそろっていない。周りには民家が立ち並び、殺傷道具すら持ち合わせていない、論外だと割り切り、煙草を吸った。
視線を意識的にそらしたが、距離が近づくにつれて、尻目にも彼女の輪郭がはっきりと認識できるようになった。いやでも視界に入る彼女に思わず見入ってしまうほど、視線を意識的にそらしたが、距離が近づくにつれて、尻目にも彼女の輪郭がはっきりと認識できるようになった。否応なく視界に入る彼女に思わず見入ってしまうほど、数々の衝撃が飛び込んできた。
暖かく光る煙草を指先に挟み、細い煙を立ち昇らせる彼女の姿があった。明らかに未成年だ。
そして、ただの白い寝間着だと思われた白いTシャツの中心にはワンポイント印刷が施されており、それは劇場版『ヒメアノ~ル』が公開された記念で作られた商品だ。サイコキラーである森田剛が手を仰ぎ取られた一枚絵を単調にプリントされたシャツ。こんなもの誰が買うのかと思っていた。
そして、どこかで見たことがあるような釣り目で小顔、濡れて降ろされた髪を見ても、彼女が誰であるかは容易に想像できた。
南部由美だ。今日3年1組に転校してきた女だ。
「あの!」すれ違い際には声が漏れていた。S極とN極の電気磁石に、一斉に電力が送られ引きあったような感覚。夜道で見知らぬ女に突如声をかけるという奇行。こんなもの自分が異常者であると言わしめているようなもの。この行動が一つの要因として、高宮絵梨奈殺害の犯人として目を付けられてしまうようなことになるかもしれない。
だが、そんなリスクを背負ってでも声をかけるべきだと本能が訴えた。根拠は後からついてくる、だからここで引き留めるんだ、と。
「…え?」
一瞬体をこわばらせ、おどおどした様子で隆之介と視線をあわせた。だが歩む足取りは止めない。彼女はすぐに姿勢を元に戻し、足早に歩いた。隆之介は追い打つ。
「あの今日転校してきましたよね、南高校に」
背を向けた彼女は足を止めた。彼女を転校生としてあやかる女子生徒に向けていたような、怯えた目線を向けた。そして隆之介のつま先からつむじまで、X線で全身を読み込ませるように目線を泳がせた。彼女は煙草を挟ませた左手を腰裏に隠した。
「…だ、誰ですか?」
「えーと…隣の、3年2組の柴垣…っていいます」
彼女は「はっ」と声を裏変え、隆之介の右手の指先に持たれた煙草を見て、目を合わせた。
「えーと…えー」
脳内は既にカオスと化していた。勢いよく引き付けあった電磁石の銅線が引きちぎられたように、思考が停止した。俺はこの女をどうしたい、異質な共通点が多いだけで運命でも感じたか?まったく本当に馬鹿な真似をした。名前まで明かした、このことが人伝に伝わればなんて、考える余地もなく明白だった。とにかく被害を最小限に抑えるにはどうすればいいか、必死に頭を回s___
「煙草…吸われるんですか?」
「え?」
彼女は腰に隠した煙草を口元に運んで、苦笑いを浮かべ、吸った。
「…あ、ああ。パーラメントっていう」
彼女は「えぇ!」と再度声を裏変えた。無垢な笑顔を浮かべた。
「わ、私もパーラメント。ショート、そっちは?」
「…しょーと?なにそれ」
彼女は笑った。戸惑いが吹っ切れたように。
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