秩序都市
海湖水
秩序都市
「つい最近の世の中は物騒だねえ」
私の店の常連のお婆さんが話しかけてきた。
私がこの城塞都市で魔法道具専門店を始めてから、3年が経った。
交通事故で死に、この世界に来てからは6年だ。
初めは私はよそ者と警戒されていたようだが、この城塞都市に旅人や商人がよく訪れることもあり、私もその類として認識されたのだろう。今では、皆が街の一員として接してくれる。
「どうなんでしょう?他の都市と比べても治安は良いと思いますが。何かあったんですか?」
適当に返す。何か殺人事件があったなんてことも聞かないし、窃盗被害なんかも私の店ではない。
ちなみに、他の都市と比べて治安が良いのかはわからなかった。まあ、私の皆に話している設定は異国の商人だから、知っているふりはしなければいけないが。
私の質問に、お婆さんは買った薬草のアルコール漬けとをバスケットに詰めながら答えてくれた。
「3区画のアルバートさんが行方不明になったのよ……行方不明者は今月で3人目だわ」
「アルバートさんが?それは大変ですね……」
嘘で返す。アルバートって誰だよ。
この街に来てから魔法道具と世界について、そして魔法についての研究をしていたこともあり、私は基本的に店に来る人物以外、この街の人間の名を知らない。何なら、店に来る人の顔と名前が一致しないこともある。
アルバートくんには悪いが、私は君のことを知らない、または覚えていないんだ。
「そうなのよ~……あなたにとっても災難ね」
「へ?といいますと?」
「だって、この店の土地はアルバートさんに借りているんでしょう?この都市じゃあ行方不明者の財産は受取人がいないと没収じゃない」
おい、ちょっと待て。契約書の名前アルバートじゃなかったろ、アルベルとかだったろ?私は急いで店の奥の棚を開き、中に入っている契約書を見直した。
「ア、アルバートって……転生したばっかりだったから文字が読めなかったのか……」
お婆さんが心配そうに私の方を見た。私は精いっぱいの笑顔を作ると、一旦は店を閉めることをお婆さんに告げたのだった。
「さて、どうするかな……一番楽なのはアルバートさんが生きてることなんだけど」
私は街の地図を広げる。この街は行方不明者が出た場合、行方不明になってから3日後に全財産を没収する。つまり、タイムリミットは3日間だ。
私は首からかけていたネックレスを取り外すと地図の上でクルクルと回し始めた。研究していた魔法のうちの一つである、人探しの魔法。これで見つかればいいが……
「うわ……魔法が効かない……。人探しの魔法対策で阻害魔法を使ってるな。ってことは監禁とかその類?」
だがこの都市でそんなことがありえるのか?この都市の領主は街の治安維持に積極的なのだが、現代日本人としては過剰なほどである。
例を挙げると、泥棒=死刑、ごみの不法投棄=死刑、殺人=もちろん死刑、って感じだ。ほとんどの犯罪が死刑になるこの街で、犯罪など犯すものがいるのか?
それに加えて、治安維持を行っている魔導警官隊も優秀な人材が多い(転生者には敵わないが)。生半可な実力では逃げ切れずに捕まるのがオチだ。
「だけど、私の魔法を弾けるってことは、実力者ってことだよね……。同郷の人だったら嫌だなぁ、まあ負けることはないだろうけど」
この阻害魔法を貼ったやつには格の違いを教えてやらなくては。私は指先に魔力を
こめると、空中に魔力で文字を書き始めた。
この街に来てから独自に編み出した魔法の呪文である。
スペルミスも昔はよくしたが、今ではミスすることはほとんどない。数年間、研究のみしてきた成果だろう。この街に、私に魔法勝負で敵うものなんていないはずだ。
「ありゃ、相手も気づいたか。じゃあ、そこから逆探知しますね~」
相手も必死に反撃をしているが、雑だ。魔力量に任せて叩くだけで、技術がまるで足りていない。
「おととい出直せっての、ほいっと」
相手の抵抗もむなしく、私の魔法は相手の位置を割り出せたようだ。
私はもう一度空中に魔力で呪文を書き連ねていく。
「ほらワープ。勝てるわけないんだから諦めればいいのに」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ⁉」
ワープした場所は5区画の作物倉庫。ここに監禁していたのか……人来るのにバカじゃねえの?
目の前のおびえる男を見る。倉庫の隅には縛られて横になっているアルバートが確認できた。
「じゃ、あんたはどうすんの?監禁してた理由は聞かないけど、このままだと死刑まっしぐらだよ?」
目の前の男は転生者だろう。転生してから日が浅いのか、ジャージ姿だ。まあ、そんなに短い時間で阻害魔法を覚えたのは評価できるか。
私としては、殺しても構わないのだが、人殺しはこの街では大罪だ。というか、倉庫に人が入ったのがバレたら、不法侵入で即刻死刑である。
ならばできることはただ一つ。
「ごめん、どうすんのとか聞いて。街の外に捨てるわ。あんたも転生者なら、街の外でも十分生きれるでしょ?まあ、ごみは捨てるべきところにってことよ」
私はブツブツ呟きながら、おびえる男を街の外にワープさせた。まあ、向こうも転生者である。力はあるのだから、生きていくことくらいはできるだろう。
その後、私はアルバートさんを3区画の広場に捨ててきた。明日には目を覚ますだろう。まあ一件落着でいいのではないか?
店に戻った私は魔法道具の置かれた棚を見た。転生時に願った、欲しかった力。魔法道具を作るという能力だった。
私みたいに、他人のために力を生かそうとするものもいれば、さっきの男のようなものもいるのだ。
しかし、どんな人がいようとも、今日も街はキラキラと輝いている。
秩序都市 海湖水 @Kaikosui
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます