第89話

気味悪い程あっさりと躊躇いもなく、リーは答えた。





「…どうして…。」


声が、震えた。


どうしてそんな簡単に人が殺せるのか。


あの髭の男のことは、そりゃあ憎い。


憎いけど、殺す程は──彼の人生を全て奪う程は憎んでいない。





「どうして?」


リーは、不思議そうに首を傾げた。


まるで幼子が素朴な疑問を抱いた時のような、無邪気なその仕草。


灰色の瞳は真っ直ぐにわたしを見ていて──。


その顔は、やっぱり作り物みたいに綺麗。


──だからこそ、余計にぞっとした。


こんなに綺麗な人が、汚れのない瞳で人を殺すなんて──。






彼を、初めて恐ろしいと思った。






「あいつが悪い人間だからだよ。そんなこともわからないのか?」


リーはわたしを見つめたまま、残念そうに言葉を吐く。


「もうすぐだから…あっちに着いたら、戻してあげるから。」


「…戻す?」






彼の言っている意味がわからず聞き返したけど、リーはそれ以上何も答えようとはしなかった。


音もなくスタスタ戸口まで歩くと、「トイレは廊下に出て突き当たりだから。」と言ってドアを開けた。



「オレが戻るまでは、なるべく部屋にいて。」



最後に一瞬振り返ってわたしを見てから一言そう言うと、リーは部屋から出て行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る