第36話

────……


粉雪の舞う歩道を、リキはわたしの手をしっかりと握ったまま歩き続けた。


リキの手から伝わる温もりが、冷えきった体温だけで無く凍りついたわたしの心の中をも溶かして行く。


リキはしばらくの間何も喋らずに歩いていたけど、ふと足を止め振り返ってわたしを見た。







「──傘ないの?」


「忘れちゃったの」


そう言うとリキは、突然自分の着ていたジャケットを脱ぎ始めた。


「これ、着とけよ」


「でも、そんな格好で寒くない?」


「まだ体あったまってるから、平気」


薄手の長袖Tシャツ姿のリキは白い息を吐きながらそう言うと、少しだけまた微笑んでくれた。






リキからジャケットを受け取りコートの上から羽織ると、リキはわたしの頭にすっぽりとフードを被せてくれた。


「ありがとう……」


そう呟くと、リキは再びわたしの手を取りぎゅっと強く握りしめてくれた。







「でもリキ、よくわたしが分かったね。あそこ、人がたくさんいたのに」


「当然だよ」


リキは強くわたしの手を握ったまま、視線を地面に落とした。


「どんなに大勢の人の中にいても、俺はアゲハを見つけ出せる」






リキのその言葉に、嬉しくて涙が瞳に溢れて来た。


───そうだ、そうなんだ。


リキはいつだって、どんな人込みの中にいたってわたしに気付いてくれた。


わたしだけを……見てくれていた。


言葉を交わさなくても、会えなくても。


それは結婚して側にいるのが当たり前になった今でも、変わらないんだね……。







「アゲハは、どうしてあんな所にいたの?」


リキの真っ直ぐな黒い瞳が、わたしに向けられる。


「それは、リキに会いたくなって。リキを傷付けちゃったから……」

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