第92話

やっと声が喧騒に掻き消されない位置に来てから、相変わらず一言も喋らない中田くんにわたしは声を掛けた。


「木村くんは?」


「さあ、いなくなってた。」


「木村くんと仲いいんだね。」


中田くんは少し間を置いてから、「同じ中学だから。」と淡々と答えた。






携帯で時間を見ると、まだ終電までは随分あった。


このまま帰るのは、余りに味気なさ過ぎる気がした。


中田くんとは全然喋れてないし───といっても、会話が弾みそうにもないけど。




黙々と駅までの道のりを歩いていると、闇の中煌々と光る自動販売機を見付けた。


近くに青い錆び付いたベンチがあり、運良く誰も座っていなかった。


「今日来てくれたお礼に、ジュース奢るよ。」


ドキドキしながらもそう言ってみると、中田くんはわたしをチラリと見て小さく「うん。」と言った。






中田くんが選んだのはオレンジジュースで、わたしはストレートティー。


互いにベンチの端に腰掛け、ごくごくとそれを飲んだ。


さっき借りた小銭を返そうとしたけど、「奢って貰ったからいい。」と言って断られた。

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