第72話

────……


ホームルーム終了後、いつもの様にいち早く教室を抜け廊下を早足で歩いた。


靴箱には、やっぱりまだ殆ど人がいなかった。


そして同じクラスの下駄箱の前で、やっぱり今日も既にスニーカーを履き終え、鞄を肩に下げてその場を去ろうとしている彼の後ろ姿を見つけた。


その背中は、今にも先へと行ってしまいそう。







───分かっている。


昨日みたいに、彼が今日わたしを見てくれないことは。


その綺麗な黒い瞳に、今日はわたしが映ることがないことは。


そして、この先もきっと────


彼は、わたしの存在なんかに気付かないだろう。






無性に、寂しく思った。


胸がキュンと、痛くなった。


───そして。


気付かないうちに、一瞬にしてわたしは行動に出ていた。






無意識の中の、咄嗟の行動。


少しでも、彼にわたしを見て欲しくて。


───彼の声が、聞いてみたくて。


自分でも驚くほど自然に、その背中に向かって声を掛けていた。







「あの…中田くん。」

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