第45話

人に聴いてもらいたいわけじゃなくて、ただ歌いたかったんだ。


はじめは、そうだった。


自分のギターの音と歌声が、暗い夜空に、行き交う人の背中に───消えていくのが気持ち良かった。


自分が違う人間になって、空にだって飛びたてるような感じがした。





楽しくて、気持ち良くて。


恥ずかしい、なんて気持ちも次第に忘れていた。






そのうち、ちらほら行き交う人が足を止めてわたしの歌を聴いてくれるようになった。


そして、いつ頃からだろう。


あの小さな噴水の脇に座って、いつもわたしを見てくれている人に気付いた。


薄いグレーのパーカーに、少し擦りきれたジーンズを履いて。


そろそろ初夏を迎えようとしているのに、長袖のパーカーのフードをいつもすっぽりと被っていた。


若い男の人なのは、間違いないと思う。


知らず知らずのうちに、いつも歌いながらその人を探すようになっていた。

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