第3話 王国の異変
平和なポシーオを終えた翌年。年始めからトルマーレは不穏な空気に包まれていた。
スピネル火山がくすぶり、煙を時折上げ始めたのである。建国以来、鎮静を保っていた神の山が。
「火山神様がお怒りだ」
「怪物が地下で暴れている」
「怪物が呪いで火山を噴火させようとしている」
近頃、民の口より語られるのはそればかり。
国王トルマンは憂国していた。
我が父なる神の山よ。どうか―――
トルマンはここ最近、側近の静止を振り払い、王室付きの学者を連れて足しげく山へ入っていた。
しかし何度火口付近を調査しても、異変の原因や、今後噴火するかしないのかすら分からなかった。
どうか、荒ぶることなく―――。
彼は唯、祈るしかなかった。
巫覡の役を担った彼らは、千年も前に幽閉してしまったのだから。
「陛下、これ以上は危険です。お願いですからもう城へお戻りください……!」
振り払うも随行してきた側近に、彼は半ば強引に城へ連れ戻されていった。
どうか、赦してくれ―――。
*****
よく晴れた昼下がり。
スピネル火山を見上げながら、
トルマーレの民は今日も口々に不安や憶測を語っていた。
「今日もスピネル様から煙が出ているわ」
「建国のときに噴火したなら、また新たな国でも生まれるんじゃないか?」
「怪物がなにかしたに違いない! 火山神話で悪魔の子孫が言った通りだ!」
「トルマン様なら、きっとどうにかしてくださるさ。火山神の御子孫なんだから」
トルマーレは平和な島国だった。島神なる火山は建国以来鎮静を守り、
そんなトルマーレに今、何が起ころうとしているのだろうか。
*****
王宮の本丸。兵士たちは、緊張の面持ちで跪いていた。
『こんなのは何年ぶりだろうな』
先ほどベテラン兵士が呟いていたのをタンザは思い出した。
急遽、王への臨時引見がなされたのである。大方、火山のことだろうと予想はついていた。しかしここには兵士の中でも限られた者のみ集められている。近衛兵、現兵士長、それと同クラスのベテラン兵―――。
近衛兵候補とはいえ、若手兵士である自身までこの場にいるのはいささか疑問だった。
空気が引き締まる。
その場にいた者らは一斉に、2階の玉座へ現れた神の子孫へ深々と敬礼した。
「表を上げよ」
凛とした声が本丸に響く。
気さくで親しみやすく、民より慕われている君主が、今日はどこか不安な硬さを感じさせた。
「皆、急にもかかわらずよく集まってくれた。皆も存じのとおり、我らが父スピネルに異変が起きている。このようなことは建国以来、例のないことである」
王は玉座から起立し、神話を描いた壁画に触れた。
「これはまさに、千年前、悪魔の子孫が予言したことと言えよう」
悪魔という単語に、タンザは身体がぴくっと反応した。
―――あいつらは悪魔なんかじゃないのに。
「して、ここからが本題である。今から申すのは、王宮でも一部の者しか存じえなかったことだ。信じられない者もおろうが、聞いてほしい」
他者の呼吸音さえ聞こえそうな静寂の中、トルマンは語り始めた。
この島に伝わる地下の怪物―――悪魔の子孫。そう呼ばれる一族が、この王国の地下で生活をしている。
彼ら《エスピリカ》は今も確かに存在している。かつては地上で共存したものの、千年前の不吉な予言で時の王ダイモンドの怒りを買い、地下へと幽閉され現在に至る。
ただ、彼らは神話で言われているような怪物ではない。種族は違えど、我らと同じ人間である。
近日、彼らとの談判に赴くため、今日集めた顔ぶれを随伴したい。
「話は以上である。エスピリカの能力は我々にとっても未知数のため、警戒する必要がある。ただ、汝らにも家族がいる。この中で、地下へ随伴してもよい者はおるか」
王の言葉が途切れるや否や、その空間に坐するすべての視線が一斉にタンザへと向かっていた。
彼は、自分が腕を挙げていることにやっと気付いた。王の問を受けた瞬間、勝手に身体が動いていたのだった。
自身が注目の的となってきることに数秒遅れて気付き、少し萎縮する。
が、彼は絶対に手を下げなかった。
「オニキスの息子、タンザか。ありがたい。頼み申すぞ」
タンザを筆頭に、一人、また一人と手を挙げていく。全員が手を挙げ切ると思った矢先、一人の若い兵士が口を開いた。
「誠に僭越ながら申し上げます、陛下。つまり、この地に伝わる"地下の怪物"の伝承は誤りで、我々と同じ人間が……、その、千年も、地下に閉じ込められているということでございましょうか」
近衛兵が瞬時に殺気立つのを、王は片手で制した。
王は目を伏せながら応えた。
「いかにも、その通りである。不吉な予言に憤った我が祖先は、エスピリカの力を恐れ、人権を奪い、暗い地下へ幽閉したのだ。スピネル火山が噴火するのであれば、愚かな行いをした王家への報いであろう。しかし、民に罪はない。私は民だけでも守りたいのだ」
王は、その兵士の目をまっすぐ見据えて続けた。
「そして私は、私の代のうちにエスピリカを地上へ迎え入れたいと思っている。かつての時代のように、トルマーレとエスピリカが共存できる未来を作りたいのだ」
空間にどよめきが起こった。
側近らもここまでは知らされていなかったらしく、目を見合わせている。
そんな中、トルマンは凛とした声で続けた。
「今必要なのは対話だ。武器は極力持たずに行く。エスピリカを武力で従わせるのではない。対話によってこの国を、ともに護っていきたいのだ」
若い兵士は参加の意を表し、手を挙げた。
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