エピローグ

 ふたりの力の激突は、甚大な被害をもたらした。


 東京は三日三晩、醤油ラーメンの雨が降り注ぎ、多くのタワーマンションが水没。泣きながらもう醤油ラーメンは食べない、時代は汁なし担々麺と主張する人々がデモを起こし、政府は粛々と餃子を食べた。


 その初日の夜、空中要塞から這い出したドン・麺独斎は息も絶え絶えになりながら這いずっていた。


「く、そ……っ! 私の死麺回遊計画が……カクヨムバトラーたちをケヒャリストにして、この世の創作物を我が物とするはずが……!」


 敗北したが、それでも彼は屈していなかった。呪麺操術〆の番、“宇宙薪”を使ったせいで手持ちの呪麺は失われた。あとは死に体の男が一人。


 その首根っこを、トドオカが捕まえた。


「まったく、なにしとんねん、ワレ」


 トドオカはドン・麺独斎を猫のように釣り上げながら呆れてみせた。


 振り返るドン・麺独斎の仮面は最後の打ち合いの中で僅かに砕け、素顔を覗かせている。その顔を、ぴのこもトドオカもよく知っていた。


「トドノベル読み専のお前が、随分大それたことを考えたやないか……のう、ニート先生」


 然り、ドン・麺独斎はケヒャリストが勝手に聞き間違えた名。真名はニート先生。真に迫ったケヒャリスト映画で一世を風靡した映画監督。最新作“72シャーク”はトドノベルとサメ映画とカクヨムの日常を見事に融合させた傑作であった。


 彼はカクヨムバトラーではなく、元々呪麺師でもなかったはずだ。それがなぜ、こんなことを? 視線での問いかけに、ニート先生はただ笑った。


「そんなもの、決まっているだろう……復讐だよ。知ってるだろう、生まれつき俺の体にはケヒャリズムが宿っていない。にも拘わらず、脳のカタチはケヒャリストだった。海でしか生きられないのに、砂漠に放り出されたような感覚……」


「ほーん。で、なんでこないなことしたんや?」


「俺も……ケヒャリストになりたかったんだ……。映画だけじゃない、お前を好き放題書いて、ランキングに乗りたかった……できなくても叶わない夢……それをぴのこはやすやすと成し遂げた……」


「男のジェラシーは醜いで」


 トドオカはバッサリと斬り捨て、ほじくった鼻くそを吹き飛ばした。


 ニート先生は力無く笑う。


「わかっていたさ……けど、72シャークを撮っている間、次々と新たな境地へ向かうぴのこを……妬まずにはいられなかった……サメ映画を撮っている間、俺は……」


 そこまで口にして、ニート先生はこと切れた。コシの無い焼きそばのような呆気なさだった。トドオカは鼻から息を吐くと、ニート先生を担いで去っていく。


 ぴのこは契約通り、1050年もの間、地下で納豆を練るだろう。その間もトドノベルを錬成し続けるはずだ。トドノベルがある限り、トドオカは死なない。カクヨムバトラーならぬ彼の呪麺は、カクヨムバトラーたちから送り込まれた純粋培養されたトドノベルと彼らが貪り食うラーメンによって形作られる。


 しばらく嵐が来るだろうが、それもじき収まる。自分は帰ってジャンプを読めばいい。そう考えていたトドオカは、不意に大穴の開いたオペレーションルームを振り返る。バチバチと火花を散らす機材の中に、ニート先生が操っていたパソコンがあった。そこから何かの気配を感じ取ったのだが。


「……気のせいか」


 特に誰もいなかった。空中要塞のケヒャリストは全員死んだ。ぴのこは地下に強制転送された。ここにいるのは自分とニート先生だけだ。


 気を取り直して歩き始めたトドオカが姿を消して数分後、パソコンの電源が点いた。表示されているのはカクヨムのトップページ。それともうひとつ。


「……ケヒャッ」


 不気味に笑う、ケヒャリストのサメだけだった。

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呪麺師 よるめく @Yorumeku

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