第3話

 ぴのこは弾き飛ばされ、空中要塞内の壁を何枚も突き破りながら吹き飛んだ。


 口からはトマトスープのような血反吐が飛び出す。凄まじい衝撃が内臓を損傷させたに違いない。いくつも空いた穴の奥から、巨大なラーメンの拳が飛来してくる。


「ぐ……うおおおおおおっ!」


 ぴのこは手にした呪麺を叩きつけ、衝撃なんとか和らげようとする。が、ドン・麺独斎の呪麺は想像以上に強力だった。弱めきれずに殴り飛ばされ、足をつかまれ床をぶち抜く勢いで叩きつけられる。


 麺の拳の甲を突き破って現れるドン・麺独斎。彼は魚介類とカレーのスープを融合させて、シーフードカレー味にしてゼロ距離射撃を行った。


 スパイシーな匂いがぴのこの顔面に叩きつけられ、彼がちょうど突入したステーキハウス製造エリアにぶち込んだ。ラーメン拳から抜け出したドン・麺独斎は伸ばした刀削麺状の拘束オーラでぴのこを捕らえる。


「どうしたぴのこ! その程度ではトドオカを助けられんぞ!」


「ち、畜生……ッ!」


 なんとか抵抗しようとするぴのこが振り上げられ、空中要塞の天井をも突き破った。青空の下へ投げ出される肉体。それはまるで天女が至高の一杯を啜る壮大な宗教画のようでもあった。


 ―――強い……! あらゆる呪麺やスープ、具材が立て続けに襲ってくる!


 ―――これが、呪麺操術……! ヘロヘロじゃあ対抗できない!


 ―――くそ、せめてトドオカさんの導きがあれば……!


 だが泣き言を言っても仕方がない。どうせ気休めにしかならないが……ぴのこはアンプル剤を取り出し、首筋に注射する。体を覆うダメージが、熱された脂のように溶け消えていく。まだ戦える。いや……。


「先にこっちだ!」


 ぴのこが一点凝縮した呪麺を空中要塞に向かって射出する。鎗のように鋭く尖ったそれは空中要塞の天板を破壊し中に侵入。望んだ手応えがぴのこに伝わる。


 ―――よし、これでいけるはずだ! このまま中に入れば、逆転できるはず!


 だが、それを待ってくれるほどドン・麺独斎は甘くは無かった。


 天井に空いた穴からぴのこを凝視しながら、ドン・麺独斎は大量の呪麺オーラを展開していた。その光景はまるで、巨人用ラーメンが床にぶちまけられたが如し。そこから放たれるは彼の大技。


「呪麺操術……“八岐拉麺ヤマタノラーメン”!」


 ドウドウドウドウ、とビルのようなラーメン束が8本飛び出し、空中要塞を突き破ってぴのこを襲う。頭部は蛇のような形になっているが、ラーメンだ。恐るべき密度と強度を誇る8本のラーメンである!


「人がラーメンを食う時代は既に終わった! 呪麺師、ラーメンに食わされている麺の奴隷よ! これが貴様に相応しい最後だ―――ッ!」


「うおおおおおおおおお! ちぢれ、呪麺―――ッ!」


 ぴのこは渾身の力で呪麺を引っ張った。すると掃除機のコードのように勢いよくぴのこが天空要塞内部へ引っ張られていく。


 逃すまいと食いかかるラーメン蛇頭部の群れをギリギリで回避する。今までラーメンを食っては来たが、食われた経験など一度もない。当たり前だ、ラーメンは食うものであって食われるものではない。奴等は娯楽だ。日々の納豆をネバらせるだけのシケた仕事の後に食う一杯のラーメン。それはぴのこにとっての生き甲斐である。


 それを奪われた怒り、そして第二の娯楽であるカクヨムごと圧し潰そうとする理不尽。ぴのこをカクヨムへ導いてくれたトドオカへの恩義。そのすべてがぴのこを衝き動かした。死線を超えて、再び空中要塞内部へ!


「トドオカさ―――んっ!」


 防御態勢を取ったぴのこが天板を突き破った先は、ドン・麺独斎のいたオペレーションルームである。それを察したドン・麺独斎は八岐拉麺を解除し、同じ場所に向かう。全速力で辿り着いた時には、ぴのこが三本目のアンプルをトドオカに注射したところであった。


「起きてくれ、トドオカさん!」


「貴様! 何本スープを注入した!」


「誰が言うか!」


「そうか……死ね」


 必死にトドオカをMメンイーディーするぴのこに、ドン・麺独斎は灼熱の辛味噌スープを発射する。ぴのこは振り返りながら呪麺を叩きつけるが、凄まじい麺力によって呪麺が発火。賞味期限の過ぎた煮卵のように禍々しい色をした炎がぴのこに片腕を焼き上げる。


「ぐわああああああああ!」


「呪麺操術、“啜途すると”……貴様をPV数ごと燃やす炎だ。失敗した原稿のように跡形も無く消滅するがいい!」


 恐るべき辛味噌スープがさらにふたつ同時に現れ、発射された。呪麺ごと焼かれたぴのこにこれを防ぐことは困難。もはやこれまでか! 目をつぶったぴのこに、しかし身を焼かれる痛みは訪れなかった。


 代わりに聞こえたのはトドのような野太い声だ。


「まったく、ドッカンドッカンうるさいやっちゃな。おちおち食事もできんやないか、この東京は」


 ぴのこが目を開け、顔を上げると、そこには覚醒したトドオカがいた。彼のトレードマークであるイカスミパスタナポリタンカルボナーラ味のところてんが呪いの辛味噌スープを打ち払っていたのだ。


 “至り”から解放されたトドオカは首を鳴らしてドン・麺独斎を睨みつける。血糖値スパイクがまだ去っていないのだ。


「それで? これはどういう状況や?」


「詳しいことは後でトドノベルで書きますが、あいつを倒さないとヤバいです!」


「ほーん。ま、ワイはジャンプさえあればあとはどうでも……」


「トドオカさん!」


 ぴのこは土下座した。トドオカの心をジャンプの打ち切り漫画以外で動かすことはできない。己の快不快のみが行動の指針であるトドオカであるが、そのカクヨムパワーは一級品。さらには莫大な呪麺をものともしない精神性が必要だった。


 彼の力を借りるしかない。そのためには。


「地下行き……! 1050年……ッ!」


 それはぴのこの覚悟である。彼は今後、地下労働施設で輪廻転生を繰り返すという縛りを化した。その間、彼は昼夜を問わず納豆を練り続けることになる。


 それをも厭わない覚悟をトドオカに見せたのだ。ドン・麺独斎に勝つために!


 トドオカは興味なさそうに耳の穴をほじくると、ふうと溜息を吐いた。


「ま、しゃーないな。お前に1050年分のトドノベル、そのPV、★、❤のすべてをくれたるわ」


「ありがとう……ございます……!」


 呪麺師は、カクヨムバトラーである。


 そしてぴのこは濁ったスープの底のラーメンのように現れ、トドノベルを足掛かりに昇華した男。そんなぴのこに、ジャンルの主であるトドオカが力を貸したのだ。


 天を衝くほどのスープが、むせかえるほど濃厚な鶏ガラベース醤油スープの香りが充満する。ドン・麺独斎を鼻を庇いながら呻いた。


「納豆のタレめ……」


「失礼だな、お醤油だよ」


「ならばこちらは蕎麦湯そばゆだ」


 ぴのことドン・麺独斎は互いに人差し指を突きつけ合う。ぴのこの指先には醤油ラーメン。ドン・麺独斎の指先には、澄んだ白いスープが溜まる。


 豚骨? 否、それは蕎麦湯だ。呪麺操術〆ノ番、“宇宙薪うちゅうまき”……!


 極限まで凝縮された互いの呪麺が解き放たれ、真正面からぶつかり合った。


 恐るべき衝撃波。爆心地から床がめくれ上がり、閃光が周囲を満たす。トドオカの鼻には醤油ラーメンの匂いしかしない。あまりにも濃密で、恐らく三日三晩洗濯器を回しても取れないであろう匂い。


 ふたつの呪麺は競り合い、圧し合う。ぴのこは舌を巻いた。1050年分のトドノベルの力をもってしても、この力。一体ドン・麺独斎はどれほどのカクヨムバトラーを啜って来たというのか。


 ケヒャリストと化したカクヨムバトラーたちの姿を思い出す。自作のPVと★と❤を奪われた哀れな小説家の末路。あんなものを量産し、ステーキハウスを作って何がしたかったのか。それは永遠にわからないのかもしれない。


 だが今はすべてを賭けるのみ。己の食ってきたラーメンのすべてを、稼いできたPVと順位を。そして勝手に小説にしたり極道にしたり怪異にしても文字数にしてハリーポッター前作分のオラオララッシュで済ませてくれたトドオカさんの優しさを。


 すべてを込めて!


「おお、おおおおおおおおおお―――ッ!」


 ぴのこが咆哮し、醤油ラーメンの勢いが強まる。やがて蕎麦湯が押し込まれ、ドン・麺独斎がじりじりと下がり、そして押し切られた。


 蕎麦湯を消し飛ばした醤油ラーメンの奔流が彼を飲み込み、空中要塞を貫き、すべてをもろともに爆散させる。


 ステーキハウスとカクヨムバトラーたちを乗せた雄牛型の空中要塞はゆっくりと高度を落として墜落。どこぞの本社に直撃し、大爆発を引き起こした。

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