第2話

 ケヒャアァアァ! ケヒャアァアァ!


 空中要塞内部にケヒャリストアラームが響き渡る。


 ステーキハウスを飛び出したぴのこの前に現れたのは、呪麺を抜かれた哀れな元呪麺師。今やドン・麺独斎めんどくさいに操られたカクヨムバトラーたちだ。


 その数はラーメン一杯に含まれる面の本数分はある!


「クソッ! 数が多い!」


 己の呪麺を振り回してカクヨムバトラーたちを撃退しながら、ぴのこは逃げの一手を打つ。オーバードー麺が出来てない今、ぴのこの力は減退の一途を辿っている。ラーメン未接種で敵の本丸に殴り込むのはやはり無謀だっただろうか。


 ―――せめて、せめてニート先生がいれば……!


 カクヨムバトラー最高峰の強者にして仲のいいフォロワー、にもかかわらずトドノベルを書かない風変わりな男の顔を思い描きながら、ぴのこは真っ赤に染まった廊下を走る。


 目の前に次々と現れるカクヨムバトラーズ。この空中要塞は、まるでカクヨムの縮図である!


「ケヒャアアアアアア! ひとりで乗り込んでくるなんていい度胸ですねェ!」


「その勇気に敬意を讃えて私の次回作の主人公にしてあげますよォ! なろうでも掲載したいのでここで死んでいただきますがねェェェ!」


「もし受賞して賞金が手に入ったらあなたの葬式に1%ほど持って行って差し上げますよォォォォォ! 安心して異世界転生しなさァァァァァいッ!」


「退け! 俺はトドノベリストだぞ!」


「「「ケヒャアアアアアアアアアア!!」」」


 ぴのこの腕の動きに応じて激しくうねるラーメン呪麺が、カクヨムバトラーを薙ぎ払っていく。


 そうしている間に背後から追手が急襲。手加減呪術をまとった鉄拳を、ぴのこはラーメンでガードする。普通の麺職人が五十年かけて練り上げたラーメンに匹敵する呪麺が大きく削られた。


「く……っ! 死んだら祟りますよ、トドオカさん!」


 恨み節を口にしながら、ぴのこはドン・麺独斎の居場所に通ずる道を探して戦闘と闘争を繰り返す。


 その様子を、ドン・麺独斎はオペレーションルームで鑑賞しながら次回作を考えていた。カクヨムを開いてはいるが、小説ではない。そもそも彼は投稿する気などない、ファッションカクヨミストなのだ。


「生きのいいケヒャリストが入って来たかと思えばコイツか……。フン、腕のいい呪麺師が来る分には構わんがな」


「どうしたらいいでケヒャ。このままでは侵入者が三流カクヨムバトラーたちの手にかかってお蔵入りになるでケヒャ」


「そうなったら、その程度の男と言うだけのことだ」


 PC画面右下に浮かぶケヒャリストのサメと会話をしながら、リクライニングチェアに背中を預ける。香川県から輸入したうどんソファはなかなかの座り心地である。取引先は県ごと滅んだ。ドン・麺独斎に対してカクヨムもゲームだから一日一時間にしろ、努力目標だとかぬかしやがったからだ。彼はカクヨムバトラー以下のクズ肉として、ステーキハウスのお通しとなる。


 そうして次回作について思いを巡らせていると、背後の扉が吹き飛ばされた。椅子ごと振り返ってみれば、息を切らしたぴのこがそこに佇んでいた。


「はあ、はあ、はあ……ッ! 見つけたぞ、ドン・麺独斎……! トドオカさんを返してもらう……!」


「トドオカ? それはこいつのことかね?」


 ドン・麺独斎が指を鳴らすと、天井から何かが下りて来た。


 ぴのこは目を見開く。それはA5ランク霜降りお肉の集合体に拘束されたトドオカである。海苔でぐるぐる巻きにされ、スパムむすびのような状態!


「トドオカさん!」


「安心しろ、至っているだけだ。奴には大量のチキンステーキ、ハラミ、そしてカップラーメンを食わせたからな」


「なんだって……そんなことをしたら、呪麺師としての力が……!」


 呪麺師は麺に呪われた代償として、呪いの麺を操る者たち。不適切なドカ食い、しかもカップラーメンなどという冒涜的食物を食べて至ったりすれば、問題は血糖値スパイクだけに留まらない。


 ドン・麺独斎は笑いながら、懐からアンプル剤を取り出した。見慣れた形状の物体だが、中身がラーメンのスープでないことは明白だ。


「それは……!? やめろ、トドオカさんに何をするつもりなんだ!」


「安心しろ、毒物ではない。肉汁だ」


「肉汁……!?」


「その通り! A5ランクの和牛霜降り肉を炭火でじっくり焼いて抽出した肉汁だ! これを注入すればトドオカの呪麺はすべて排出され、お前が屠って来たカクヨムバトラーのようになる!」


「させるか、そんなことぉぉぉッ!」


 ぴのこの呪麺が波打ちながらドン・麺独斎に襲い掛かった。


 しかしドン・麺独斎は腕一本でこれを一蹴。波打つ麺から伝わる手応えに、ぴのこは瞠目させられる。この男はカクヨムバトラーとはまた異質な力を持っている。だが、紛れもなく呪麺師なのだ!


「どういう……ことだ。カクヨムバトラーで、且つオーバードー麺をする人間でなければ呪麺師にはなれないはず!」


「そうだ。私は本来呪麺師にはなれないはずの人間だった。だがなんという皮肉! 私が手にした能力は、誰よりも呪麺師向き、カクヨムバトラー向きだったのだ。その力の名を……呪麺操術じゅめんそうじゅつ!」


 ドン・麺独斎が両腕を広げると、背後から無数の麺がクジャクの羽のように広がった。色も長さも太さも違う、様々な麺。ぴのこの直感が囁いてくる……あれはカクヨムバトラーたちから奪った呪麺だ!


 呪麺操術。他者の呪麺を奪い、操る禁断の力!


「だから……ラーメン屋をキャトッていたのか……! 自分の呪麺を高めるために……!」


「今更気付いてももう遅い。首都圏のラーメン屋を吸収し、呪麺を取り込み続けた私がカクヨム、ひいては全小説投稿プラットフォームを支配する日はすぐそこまで近づいている。そして生まれる真なる創作者だけが生き残る死の遊戯、死麺回遊しめんかいゆうが始まるのだよ!」


「……!」


 ぴのこの背筋を煮込み過ぎた鶏出汁スープのような汗が濡らした。


 開示された恐るべき計画だ。そしてそれは絵空事ではない。トドノベルという一大ジャンルを築き上げたトドオカの呪麺を取り込めば、ドン・麺独斎はカクヨムを三割を掌握したと言っても過言ではない。


 もしここでぴのこが破れ、呪麺を奪われるようなことがあれば、ホラー部門は実質奴のものとなる。


 トドオカは倒され、タガを失った無法トドノベリストたちは各小説サイトに拡散。悪逆の限りを尽くし、サイトをトドノベル一色にするに違いない。


「許せねえ……カクヨムを、ラーメンを、そんな風に使わせたりはしない!」


「では私を倒してみることだ。最も、君はオーバードー麺不足により力を失いかけているようだがな。なんだ? その薄め過ぎた醤油ラーメンのような哀れなオーラは。そろそろ腹が減って木の根をラーメンと思い込んで啜りたくなるレベルではないかね? いまならスイートコーンとバターもつけるぞ」


「く……っ!」


 その通り、彼はラーメンの過剰摂取ができず、なけなしの呪麺もカクヨムバトラーたちとの戦いで消耗している。対して相手は万全、それも大量の呪麺を取り込んで準備万端のはずだ。


 それでも勝たねばならない。トドノベルの未来のために!

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