呪麺師

よるめく

第1話

「や……やめろぉぉぉ――――――っ!」


 ぴのこの慟哭は虚しく響いた。37度目、これで本日37度目だ。


 ラーメン屋がキャトルミューティレーションされたのは!


 空に浮かんだファラリスの雄牛めいた空中要塞に今しがた入ろうとしていたラーメン屋が吸い込まれていく。ぴのこは地面を殴りつけ、悔し泣きをした。


 ―――畜生、なんでこんな目に! 俺に何の恨みがあるって言うんだ!


 ―――それだけじゃない! あのラーメン屋には……トドオカさんが……!


 ラーメン連続誘拐事件を前に力尽きかけていたぴのこに、生き残っているラーメン屋を教えてくれたトド顔の男。彼もまるごと空中要塞に飲み込まれてしまった。


 そして悪夢は繰り返す。ラーメン屋があったはずの場所に、空中要塞が何かを落とした。……ステーキハウスだ!


 これが今日、ぴのこの前で繰り返されてきた極悪非道な店舗入れ替え。ぴのこの行く先々で行われた横暴である。一日でこのペースともなれば、恐らく首都圏のラーメン屋はもうステーキナイズされているはずだ。


 不気味なジビエのイラストが描かれた看板がぴのこを見下ろす。まるで彼の無力を嘲笑っているかのようだ。ぴのこが打ちのめされていると、空中要塞が巨大なディスプレイを展開し、なんかデスゲームの主催者っぽい奴を表示した。


「ひとつ問おう! ラーメン屋には何が必要と思うかね? そう……破壊だ!」


「破壊だと……」


 ぴのこは涙に滲んだ目に怒りを添えて空を見上げた。


 ラーメン屋が何をしたって言うんだ。肉なんてチャーシューがあれば充分だ。


 だがデスゲーム主催者めいた存在はぴのこなどまるで意に介さない。奴に取ってぴのこは地べたのナルトに縋りつく黒蟻に過ぎないのである。


「ただ今を以って、東京のラーメン屋はすべてステーキハウスとなった。麺類にしがみつく者どもよ、新たなステーキブームを前に己の脆弱さを思い知るがいい!」


「そんな……ひどすぎる! これが人間のやることかよぉぉぉぉぉ! 降りて来いなんか最近のデスゲームを題材にしたトンチキ漫画に出てきそうなやつ! 俺とデュエルしろぉぉぉぉぉ!」


 争いは同じレベルの者同士でしか発生しない。物理的に天地の差があるぴのこなど、相手にもされないのである。


 デスゲーム主催者めいた存在は勝ち誇ったかのように言った。


「これから日本全国津々浦々のラーメン屋をステーキハウスとする。これは既に決定事項だ。そしてもうひとつ覚えておけ……人は私をこのように呼ぶ。呪麺師じゅめんし、ドン・麺独斎めんどくさいと!」


 ドン・麺独斎と名乗った謎の人物は、高笑いを残して映像を消した。ぴのこは拳を握りしめる。


 ―――許せねえ、ラーメン屋をステーキハウスに変えるだなんて!


 ―――あいつは殺さなきゃダメだ! だが……あの高度! どうやって行けば!


 敵は視界に入っているのに、そこまで行く手段がない。ぴのこが歯噛みをしていると、目の前のステーキハウスの扉が開いた。まろび出てきたのはひとりの料理人風の男性。ぴのこはその男の顔に見覚えがあった。


 トドオカと同じく、ぴのこのラーメン仲間のひとり。


「ケイネすけさん!」


「た、助けてくれ……!」


「ケイネすけさん!? どうしたんだ、しっかりしてくれ!」


 アスファルトに倒れ伏したケイネすけを助け起こし、ぴのこは懐からアンプル剤を取り出した。中身は彼らにとって回復を促進させる生命線、豚骨ラーメンのスープ!


 静脈にラーメンスープを注射するとケイネすけは意識を取り戻した。だが、消耗が激しい。まるで一週間ラーメンを抜いたかのように、顔に生気がない。


 ケイネすけは息も絶え絶えになりながら、なんとかぴのこを認識したようだった。胸倉をつかみ、訴える。


「ぴ、ぴのこさんか……! フォロワーを全員集めるんだ……不味いことになった、ドン・麺独斎、あいつは……」


 その時だ! ケイネすけの声が複数の奇声に引き裂かれてしまう。


 ステーキハウスから殺人ピエロコックさんが五人飛び出してきたのだ!


「ケヒャァ――――――ッ! ステーキ肉が足りませんよォ――――――ッ!」


「ちょうどいいところに肉がいますねえ! あなたは刻んで当店の★と❤の糧にして差し上げましょォ―――ッ!」


「チィッ、カクヨムバトラーか!」


 ぴのこはケイネすけを庇って立ちふさがると、揺らめく醤油ラーメンのスープに似たオーラをまとう。


 カクヨムバトラー殺人ピエロコックさん五名が両手にチェーンソーを持って襲い掛かって来た!


「「「ケヒャァ―――――――――ッ!」」」


「うおおおおおおおッ!」


 ぴのこは腕を全力で振る。オーラが無数のラーメン束と化し、五人を一度に絡めった。ぴのこはそのまま店内に突入。過剰カクヨムで熱せられた鉄板に五人のピエロを顔面から叩きつけた!


「「「ケヒャァアアアアアアアアアアア―――――――――ッ!」」」


「この豚野郎どもがッ! 貴様ら如きチャーシューにもならねえよ……トドノベルを書いて出直せ! ウラアアアアッ!」


 振り上げ、振り下ろす。鉄板を叩き割る威力で顔面を強打ミディアムレアクッキングされた五人のカクヨムバトラーは沈黙し、二度と新刊を出せなくなった。


 ぴのこはオーラとラーメンを消し、汗だくになった額を拭いながら外に出る。普段からオーバードーメンをしているとはいえ、今日はメンマひとつも口に入れることができていない。力が思ったほど出なかった。


 だが今は、それよりも……。


「倒したのか……ぴのこ」


「ケイネすけさん! 無事ですか? 今のカクヨムバトラーたちは一体……!」


「奴等は……俺やお前と同じ、元呪麺師じゅめんしだ……」


「なんだって……!?」


 呪麺師とは、麺類に呪われた者たちの総称である。マグロの如く麺を啜って力を蓄え、PV数や★の数と併せて呪麺を生成するカクヨムバトラーの一種。


 先にぴのこが出したオー拉麺ラーメンも呪麺師としての能力だ。


「けど、あいつらは呪麺を出してきませんでした。あれじゃあ三流カクヨムバトラーだ……まるで下書きと設定だけを書いて自分を慰め、本文をいつまで経っても書いてないかのような……」


「ドン・麺独斎めんどくさいだ……! あいつは連中の体から呪麺を引きずり出して貪り食い、自分の力に変えている……! 俺は懐に隠した讃岐うどんでどうにか最悪の事態は免れたが……」


「そんな……! なんで、どうしてそんなひどいことを!」


「わからん、だがこのままあいつの思う通りにさせておくのはまずい……!」


 ケイネすけはそう言って、頭を箱のように開いた。中はX(旧Twitter)になっている!


「お前のアカウントでログインしてフォロワーをかき集めろ。そしてドン・麺独斎を倒すんだ……!」


「それは……ですがケイネすけさん、あの空中要塞までどうやって行けば……!? 俺の呪麺は枯渇仕掛けで、とてもあそこまでラーメンを伸ばすことなんて……」


「カクヨムを使うんだ……! お前の最近の執筆速度とバズならば……ステーキハウスのランキングを急上昇させ、空中要塞まで飛行することができるようになるはず……!」


「……! そういうことか、わかりました……!」


 ぴのこは頷き、Twitterをし始めた。


 真っ先に助けを得るべき相手にDMを送ったが、返事がない。仕方なく他のフォロワーに現状を伝え、トドオカが連れ去られたことを簡潔に伝える。


 しかしトドオカが消えたことを聞いて、悲しむフォロワーは皆無であった。ぴのこのフォロワーはその大半がトドノベル作者である。トドオカが死亡した場合、カクヨムに縛られていた彼らの魂は小説家になろうに波及する。そしてさらなるPV数と血で血を洗う戦いが繰り広げられるはずだ。


 使えない奴らめ! ぴのこは内心で吐き捨て、Twitterを閉じた。最初からTwitterで助けを求めるべきではなかった。やはり頼りになるのは己の腕しかないのである。


 かくしてぴのこはステーキハウスに突入し、鉄板を熱していたPCを使って執筆し始めた。命を削るほどの速度で綴られるトドノベル。フォロワーがすぐさま集り、感想を言いながらRTしてランキング圏内に叩き込む。


 そしてランキングは急上昇し、ステーキハウスも浮遊を始めた。あの空中要塞に向かって。


「待っててくれ、トドオカさん! 今助けに行く!」


 ぴのこが宣言しながらエンターキーを押すと、ステーキハウスはミサイルのように飛翔し、空中要塞の土手っ腹に風穴をブチ開けた。


 ドン・麺独斎めんどくさいとぴのこ、ラーメンとトドオカの未来を賭けた戦いが幕を開く……!

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