第18話 パティの策略とトーナメントの決着!

パティは対戦相手の攻撃を受け続けることで、観客の憐みを集めて試合を動かしていく。

ミルクとの試合を観察していたアンは先手を仕掛けることはしないと決めていた。

水のように穏やかに構えながら相手が行動を起こす時をじっくりと待っていく。

どちらも動かぬ無言の時間が続く中、観客達が野次を起こし始める。

しかし、アンは口元に静かな笑みを浮かべているだけだ。

彼女にとって観客の騒音など馬耳東風だった。

一方の吸血鬼は表情こそ平静を装っているが、内面では焦りに満ちていた。

パティの戦法は吸血鬼としての不死身さに依存している節がある。

不死身だからこそ何をやっても倒れない自信に繋がり、観客の声援もあり相手に心理的にも肉体的にも追い詰めることができる。

逆に言えば彼自身の戦闘力はそれほど高くはなく、策略を持ち込めねば不利なのだ。

パティは眉間に皺を寄せ、ギリギリと犬歯で唇を噛みしめながら苛立っていた。

動け、動け、俺を攻撃しろ。

だが、どれほど念を送ってもアンには通用しない。

まるで自分の存在が眼中にないかのような態度に、パティは煮えたぎる怒りを覚えながらも違和感を覚えていた。

魔法格闘家ならば誰もが俺のベルトを狙っている。

だが、奴からは今のところその雰囲気を感じない。

奴は俺のベルトを欲していないのか。単純に最強を求めて参戦した?

否、とてもそうとは思えぬ。

確か奴と決勝に進出したキャラメルとかいう小娘は同門だったな。

決勝で同門対決を行うことが奴の夢なのか?

アンはウルフの対決の時に友の力が原動力になると語っていた。

そこに攻略法があるのは間違いない。

待てよ。もしもアンがキャラメルに抱く感情が友情でないのだとしたら――

自らの大胆な思考に疑念を抱きながら鼻から息を吸い込み、彼は確信した。

俺の読みは正しい。


「アンちゃん。俺は君を最大に悪酔いさせてやることを誓うぜ」

「結構です。お酒はお好きではありませんので」

「君に意思がなくとも俺が酔わせてやるよ」

「できるものなら、ですが」

「できるとも」


その言葉から両者の戦闘は動きを見せた。

パティの爪による斬撃をアンは華麗に躱し、蹴りもヒットを許さない。

パティは前回とは異なり最初から肉弾戦で勝負に出た。

互いの蹴りが交錯し互角の威力を見せる中でパティは口を開いた。


「恋する女は辛いねえ」

「どういう意味です?」

「大したことじゃないさ。ただ、俺の目の前に恋に溺れる女がいるってだけの話だ。

――君は今、誰かに熱烈に恋をしているんだろう?」

「それはッ」

「自分に正直になって想いを告げたらどうだ?」

「あなたに言われるまでもなく、告げるつもりです。あなたとの勝負に勝てたなら」

「俺は踏み台ってわけかい。なるほど、最強は恋よりも軽いというわけか。ずいぶん甘く見られたものだねえ」


アンの蹴りを回避し、彼女の胸に肘鉄を食らわせ悶絶させると、背後に回って首を一噛み。彼女の細い首に二つの小さな穴が開き、血を吸われたことを意味する。ほんの少しの間、硬直していたアンはパティに後ろ首を抑えられ、強制的に歩かされる。

背後から掴まれては手技も効果がなく、頭突きも距離があるので通じない。

無理矢理に歩かされたどり着いたのは闘技場の壁であり、真上からはキャラメルが観戦している。少女と目が合ったパティはニヤッと笑うと、耳元でアンに囁いた。


「さあ、告白しろよ」

「誰が……ッ」

「黙っているのは体に悪い。それにお前はもう、俺の言いなりだ」


唇を思い切り噛み懸命に抵抗を見せるアンだったが、先ほどの嚙みつきにより半ば意識を乗っ取られてしまっている。見開かれた瞳からは透明な雫が流れ落ち、口をパクパクさせるばかりで言葉にならない。するとパティはアンの首を抑える力を強め。


「どうした。はっきり言わないと聞こえないじゃないか。さあ!」

「わ、私はキャラメルさんのことが、れ、恋愛対象として、好きです。心の底から、愛して、います……」


思いもよらぬ告白にキャラメルは両手で口を抑えて息を飲むと、踵を返して試合場から走り去ってしまった。

首から手を離したパティは高らかに笑うと、抜け殻同然となっているアンを踏みつけにかかる。


「みんなの前での告白、最高だったよ!大勢の前で告白して玉砕する気分はどうだい? 最高の気分だろ? あのお嬢さんには恋愛はまだ早かったようだがね!」


犬歯を剥き出し踏みつけてくるパティにアンは抵抗する力を失っていた。自分がずっと秘めていた想いを最悪の形で踏みにじられ、彼女の心は折れかけていたのだ。



アンの告白を聞いたキャラメルはどのように反応していいかわからず、ただ口を抑えて息を飲むばかりであった。それから踵を返して駆け出す。

一刻も早くこの場を離れて頭を冷やしたいと思ったのだ。

試合場の外に出てから幾度か深呼吸をし、心を落ち着かせようとする。

けれど、同性に告白をされたという衝撃を拭うことはできない。

アンはこれまでずっとどこか姉のような友人のような不思議な感情を抱いていた。

一緒にいると安心でき、共に腕を磨く仲間という認識であった。しかしアンは違った。いつ頃かは不明だが、彼女に想いを寄せるようになったのである。他人に好意を寄せられるのは自分に魅力があることを意味しているから、悪い気はしない。

けれども同性である彼女の想いに応えることもできないし、どのように返事をして良いかもわからなかった。

昨日、彼女が試合に勝ったら言おうと決めていたのはこのことだったに違いない。

最大限にムードを高めて一生懸命に想いを伝えたいと勇気を振り絞ったことだろう。

目の前に大好きな人がいて想いを伝えることは、大変な勇気と断れる不安と恐怖、まして相手が同居人で同性ならばなおさら――

彼女の一世一代の告白を、パティは足蹴にしたのだ。

他人の恋愛感情を己のベルトを死守するために利用したといっても過言ではない。

振り返ると会場の中から観客達の声が聞こえてくる。

きっとアンさんが痛めつけられているのだ、とキャラメルは思った。

応援したいけれど、これからどのように彼女と接していいのかわからなくなる。

お風呂にも一緒に入った仲ではあるのだが、これからは違う対応をしなければならないのか。

いや、遠慮することは何もない。これまで通り友達として接すればいい。

けれど、告白されたという事実は変わらない。

どうすればいいのか、と途方にくれていると祖父が音もなく目の前に現れ、言った。


「君が信じた道を選びなさい」


祖父の言葉にごくりと唾を飲み込んでから、キャラメルは会場に向かって駆け出した。

告白されたかもしれない。自分を愛してくれて、想いには応えることは難しい。

だがそれ以前に彼女は友達である。友達を見捨てることはできない。まして自分を心から愛してくれた人を見捨て逃げるなど、人として最低ではないかと彼女は思った。

キャラメルは観客の波をかき分け、前へ前へと進んでいく。最前列に到着すると、ズタボロに痛めつけられているアンの姿が見えた。顔には生気がなく、腕は紫色に変色し、服や足は傷だらけ。口からは鮮血が流れている。

会場を去ってから、どれほどボロボロに痛めつけられたかわかる。

キャラメルはありったけの力で叫ぶ。


「ごめん!アンさんの気持ちに応えることはできない!だけど、この試合、全力で応援したい!だって私、アンさんの一番の友達だから!」


彼女の一言にアンの瞳からは一筋の涙が溢れ、震える声で言葉を紡いだ。


「キャラメルさん……返事を、ありがとうございます」


アンは踏みつけていたパティの足を掴んでドラゴンスクリューで捻り上げて横転させ、素早く背後を取って羽交い絞めを極める。

両腕を極められても胴体と両足が自由なのだからいつでも技から抜け出せると思っていたパティだったが、次の瞬間に目論見が外れる。


「狐火!」


なんとアンは自らとパティの身体を青い炎で包み込んでしまったではないか。

灼熱の炎に焼かれ絶叫する中、パティはアンに叫ぶ。


「貴様、俺と引き分けることでキャラメルを優勝させるつもりか!」

「ご名答です」

「なぜ……お前の愛に応えなかった奴にそこまで!」

「愛しているからです!」


一ミリも揺るがぬアンの決意にパティは全身から滝のような汗を流して戦慄し、やがて頭を垂れて動かなくなった。炎のダメージで蝙蝠になることもできないのだ。

試合場が爆発し、後に残ったのは黒焦げになったふたりの姿。

鐘が鳴らされ、両者の引き分けが決定し、同時にキャラメルの優勝が決まった。



大会終了から数日が経ってから、キャラメルがアンの見舞いに訪れた。

幸いにして一命をとりとめた彼女は傷や火傷を回復して、今では喋ることもできる。

キャラメルは楽しく雑談した後に、彼女の手の甲にキスをして言った。




「私のために本当にありがとう」

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