第17話 魔法少女VS戦闘機械人形

控室でジョナサンは二リットル入りのペットボトルを音を鳴らして何本も飲み干す。

今日の対戦相手は伝説の魔法格闘家プティングの孫娘である。

華奢で可憐な少女だが、仮にも巨人族の中で最強と言われるジャイアント・アイを倒した実力を持つ。

長丁場になることを予測して、あらかじめエネルギー源である水分を大量に補給することにしたのだ。

私は最強になることを目的として造られた人造人間。開発した名も知らぬ博士と自分自身の存在意義を示すために、この戦いを勝利しなければならぬ。

決意を固めて闘技場へ赴いたジョナサン・スコッチは氷の目でキャラメルを睨んだ。

その表情に気圧され、キャラメルは引きつった笑みを浮かべている。


「アハハ……今日はよろしく、お、お願いします」


ぎこちなく差し出された手を振り払い、ジョナサンは背を向けて歩き出す。対戦相手に敬意を払う必要はない。それは人間のやることであり、自分には関係がない。

目の前にあらわれた相手を殲滅するだけだ。

ジョナサンは通常通り構えを見せるが、キャラメルは直立不動だ。攻める様子が見られないと悟ったジョナサンは自分から仕掛けるべく、タックルを慣行。

するとキャラメルの手がゆっくりと残像を描いたように見え、魔法が発動された。

茶色い長方形のクッキーの盾だ。


「このようなまやかしで私の攻撃は防げぬ」


ドミノのように幾重にも発動された盾を簡単にタックルでブチ破ってキャラメルへと接近していく。しかしキャラメルは慌てふためく様子もなく、自らの四方八方に盾を展開し、亀のように中に籠ってしまった。

籠城戦でもするつもりなのか。人間の考えは実に浅はかだ。

ジョナサンは拳を固め、先ほどと同様に破壊を試みるが、どれほど殴打しても盾は割れず、逆に自らの拳がダメージを受ける有様だ。


「硬度を増したか」


単純な殴打で破壊するのは時間と体力の消費に繋がると答えを導きだしたジョナサンは、後方に跳躍して距離を置くと、右腕を突き出した。

右腕が開き、そこから六発もの小型のミサイルが展開された。容赦なく放たれた飛び道具は、盾に命中すると爆発していく。濃い白煙が晴れた後には、観客達はうずくまり頭を手で抑えているキャラメルの姿を目撃した。

やはり怖かったのだろうか、盾の中でずっと怯えていたのである。

ジョナサンは口角を上げて、一歩踏み出すと機械的な声で告げた。


「頼みの綱の盾は消えた。それでは、ゆっくりと可愛がってやるとしよう」

「ひええええ……」


目から涙を浮かべて尻餅をつき、必死に来ないでアピールをするキャラメルだったが非情な人造人間には通用しない。接近したジョナサンのボディーブローを受け、彼女は唾と吐しゃ物を吐き出して呻く。


「げええぇ……」


四肢をついて体内に留まっている胃液やら消化中の食べ物やらを吐き出していると、ジョナサンのビックブーツが飛んできた。

足裏で顔面を蹴飛ばされ、キャラメルは壁に叩きつけられ小さな穴を開ける。

眼鏡は割れ、小さな三角帽子は折れ曲がり、白いベストは土埃で汚れている。

試合開始から数分で策を破られ、早くもグロッキーに陥ってしまった。

ジョナサンは彼女の首を掴んで壁から引き離すと、地面に叩きつけて首4の字固め。

太い足で締め上げられ、キャラメルの顔が真っ青になっていく。呼吸をしようとするが強烈な絞めつけで頬が膨らみ舌が出るだけで、余計に酸素を消耗する。

このまま気絶した方が楽だが、それを許さないジョナサンの冷酷さを感じ取る。

力で抵抗するのではなく知恵を使うのだとキャラメルは自らに言い聞かせる。

魔法で巨大なようかんを生成し、ジョナサンの腹に打ち込む。

鉄筋のような一撃を食らい、衝撃で技を外したところで、ようやく息を整える。腹にめり込んだ巨大ようかんの柱を無表情で引き離し、再びジョナサンは歩を進める。


「あなたは戦う機械だね」

「そのために私は存在している」


キャラメルの言葉を全肯定し、彼女とがっつり四つに組みあう。体格差も筋力も先のカマンとは違い過ぎるために、その落差にジョナサンの口からため息がもれる。


「私を失望させるな。偉大なる魔法格闘家、プティングの孫よ」

「おじいちゃんと私を比べないでよ!」


少女の抗議を無視して力比べで圧倒したジョナサンは巴投げで宙高く放り投げ、落下してくる位置を瞬く間に計算すると、彼女を待ち構える。

彼女の背骨が肩に着弾した瞬間に両腕で胴を極めて、カナディアンバックブリーカーを完成させた。

落下の衝撃に加え、ジョナサンの怪力で身体を幾度も揺さぶられてダメージを与えられては、肉体的には並の少女に過ぎないキャラメルには地獄の責め苦であった。

両足こそ自由だが、この闘技場には反動を効かせるためのロープやコーナーは無い。

そのためリーバーススープレックスで反撃するという手が使えない。


「か、考えたわね。機械人形さん」

「口だけは達者なようだが実力が追い付いていない」


キャラメルは持っていた杖を真上に掲げ、天から岩ほどもある飴玉を振らせていく。

絶え間なく振り落とされる飴の弾丸のひとつがジョナサンの脳天に命中。

ジョナサンの頭が火花を散らすと、衝撃の影響で技を解除。

どうにか技から逃れたキャラメルだったが、背骨を後ろ手で抑えて顔を歪める。

対するジョナサンも先ほどの一撃で視界が歪んでいた。脳内のコンピューターが不具合を起こし始めたのだ。腹にはようかんを食らったことで大穴が開いている。

だが常人ならば死に至るようなダメージを受けても尚、人造人間は戦闘を続行する。

機械は人間と異なり機能を停止しない限り命令の遂行を果たそうとするものだ。

体中から火花を散らしながらも前進してくるジョナサンの姿にキャラメルは憐みを覚えた。

この人は可哀そうだ。戦うことしか知らない。

戦うことでしか自分を保つことができない。

誰かに勝つためだけに生み出され、敗北したら捨てられる。

彼を造ったのは誰かは知らないけど、その背後に人間の勝利に対する執念を見た。

彼は文字通り人に操られているのだ。

勝利に動かされているのだ。自分で動いているのではない。

キャラメルは試合が始まる前から予感はしていた。

単純な格闘技による攻防ならば相手が圧倒的に優位だ。

しかし、遠距離攻撃となると自分が有利になるのは明白。

だからこそ彼女は数々の魔法を繰り出し自分が立ち回れやすいように思考して、少しずつジョナサンを追い詰めていった。

機械は合理的に動くが人間の感情までは読み取ることはできない。

人間の感情を軽視していることが直接ジョナサンの弱点に繋がっている。

今やジョナサンは体中から蒸気を放出して全力のパワーを発動しようとしている。

今までの攻防のような冷静さはない。

力を限界まで発動した状態は正しく暴走するマシン。

身体を真っ赤に発光させて蒸気を噴出する様は異名の『鬼教官』そのものだった。


「オワリダ……」


完全に機械の音で言ったジョナサンは全パワーを駆使した特攻を開始。

彼の全力の一撃を受け、キャラメルの小柄な体はきりもみ回転して吹き飛ばされる。

体中の至るところから噴き出す血が渦を造り、赤い竜巻にも見える。

ジョナサンは振り返り、落下してくる彼女に再び体当たりを食らわせようとする。

理性の欠片もない力だけの暴走は攻撃の起動を単純にしてくれる。

ジョナサンが到達する時間とキャラメルが落下する時間が一致する瞬間を狙い、彼女は杖を突き出し魔法を詠唱。

白く巨大なマシュマロがジョナサンの体当たりの衝撃を優しく包み込んでいく。

ぷにぷにとした柔らかいものに行く手を阻まれたジョナサンは勢いを削がれる。

ジョナサンの打撃の威力を吸収したマシュマロはその数倍となった反発力でジョナサンを弾き飛ばし、彼と、彼を背後から操る呪いの糸を完全に断ち切り、機能を停止させた。


試合終了。


キャラメルは倒れたままのジョナサンの顔を覗いて笑顔で言った。


「強かったよ、ジョナサンさん」


準決勝第1試合 勝者 キャラメル

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