第11話 人造人間VSミイラ男!

遡ること数刻前、ジョナサン・スコッチは控室のテレビでキャラメルとジャイアント・アイの試合を視聴していた。

銀色の氷のように冷たい瞳が瞬きもせずに画面を見つめている。

試合はキャラメルの勝利で終わったがジョナサンは眉ひとつ動かさない。

鉄面皮という言葉がこれほど似合う男も存在しないだろう。

極限まで鍛え上げられた筋骨隆々の体躯に黒のパンツ、黒のリングシューズ。

短めに刈り上げた黒髪、口に生やした黒髭――威厳漂う要望の男は、テレビの電源を消して、目を閉じた。

実につまらぬ戦いだった。

体格しか取り柄のない巨人など、足の先端から崩していけば倒すのは容易。

私ならば試合開始早々に目潰しを食らわせ、奴の急所を完全に破壊している。

……どうやらこの大会のレベルは私が想定したよりもずっと低いようだ。

私の相手はカマン・ベールか。名は聞いたことはあれど怪力だけの男。

私の敵ではない。

だが相手が誰であろうとも容赦なく叩き潰す。史上最強は私にこそ相応しい。

ジョナサンはそのように考えると備え付けられていたボトルの水を一気飲みして、体中から水蒸気を噴出した。

一見すると普通の人間に近い容姿のジョナサンだが、彼は人間ではない。

生きている機械、機械生命体なのだ。

何故、彼は造り出されたのか?

答えは簡単だ。

虚弱体質の科学者が彼に夢を託したのだ。

自分に代わって世界最強を成し遂げてもらうための。

この大会はその試金石に過ぎない。

大会で圧倒的実力で優勝し、その後は強者を求めて世界を放浪する。

それが私の描く未来予想図。

無言で睨みを利かせたジョナサンは両目から赤い光線を発射して等身大の穴を扉に開けると、堂々とした足取りで控室を出た。

試合場へと赴く最中、ひとりの老人とすれ違う。

青のモーニングコートにプリンの帽子をかぶった穏やかな老人だ。

彼とすれ違う刹那、ジョナサンは言葉を発した。


「半世紀前に世界最強の男となったプティング。貴方が何故このような場所へ?」

「君のような若い人がわしを知っているとは嬉しいねえ。実は孫娘が参加しているのだよ」

「……私は誰であろうと最強を阻むものは破壊します。あなたの孫娘でも」

「うん。その気概を忘れないように」


短い対峙の末、各々は別の道へと歩き出す――



控室の奥に設置された棺桶から、カマン・ベールはむっくりと起き出した。

組み合わせのくじを行ってから体力の温存をかねて棺桶で眠っていたのだ。

全身に包帯を巻いたミイラ男のカマン・ベールは、常備している三百キロ以上のバーベルを片手で持ち上げ、包帯だらけの顔からわずかに覗く口元でニヤッと笑顔を見せた。

発達した腕の筋肉が彼の力強さの象徴である。

普通は枯れ果て筋力とは無縁のはずのミイラ一族だが、彼は己の肉体を鍛え上げることに余念がなく、数々の強豪を腕力で沈めてきた。

指先一本で全体重を支えて、準備運動代わりの腕立て伏せを開始。

常に乾燥している彼は発汗とも無縁で、何時間でも動きまわることができる脅威のスタミナの持ち主だった。

まるで散歩をするかのように腕立てをこなしながら、彼は独り言を呟いた。


「僕の対戦相手はジョナサン・スコッチとか言ったっけ。

どんな相手なのかよくわからないけれど、良い勝負を期待したいよ」


身体はミイラではあるが心は非常に紳士的なカマン・ベールは純粋にジョナサンとの対決を楽しみにしていた。


「カマンさん。試合開始のお時間です」

「やあ。ありがとう」


係員が告げるとカマンは朗らかに笑ってドアの外へと踏み出す。

第2試合、人造人間VSミイラ男。

勝ち進んでキャラメルと戦うことになるのはどちらか。

ジョナサンは冷たい、感情を無いガラスのような瞳でカマンを見据える。

試合開始の鐘が会場に響くが、ジョナサンは人形のように微動だにしない。


「カマーン!」


自分にかかってくるようにと盛んに挑発するカマンだが、いつまで経ってもジョナサンが動く気配が見られないので首を傾げた。

このままではお互い膠着状態が続いて観客から野次が飛ぶ。

君は気が進まないのかもしれないけど、こっちから仕掛けさせてもらうよ。

カマンは間合いを詰めて弾丸タックルを見舞うが、ジョナサンは冷静にカマンの巨体を掴まえてタックルを外した。

地面に倒れこみそうになるカマンの背後に覆いかぶさったジョナサンは素早く首元に両腕を回してチョークスリーパーをかけると、一気に反転して脱出を困難にする。

決して派手さはないが確実に相手の息の根を止める戦法をジョナサンは選んできた。

頸動脈を腕で締め上げられ、足を絡ませられて足技を封じ、反転させられているので肘や腕も使えない。怪力を活かすことさえできぬ完全なる詰めだ。

常人ならばタップをするのが普通だが、カマンは笑うばかりで降参する様子は見られない。

ならばと出力を上げて締め上げると、ごくあっさりとカマンの首はヘシ折れ、玉のようにゴロゴロと地面に転がってから停止する。

首なしのカマンの胴体に外れた頭部というあまりに残酷な光景に失神者が続出するが、ジョナサンは動じない。彼は気づいていた。この男があの程度の技で負けるはずがないことを。

既に動くはずのない胴体がゆっくりと立ち上がり、外れた頭部を拾ってはめなおすと、カマンは元通りに高らかな笑いを浮かべた。


「僕はミイラだからね。君の締め技では落ちないよ」


軽く左右に首を振って微調整をしてから、今度は両腕を上げて力比べの体勢を見せる。

挑むか挑まないかはジョナサンの心ひとつ。

通常ならば隙だらけの体勢を逃さずに胸にドロップキックでも見舞うだろうが、ジョナサンは違った。

ゆっくりと歩を進め、がっちりと彼の両腕を掴み、男らしい力比べに挑んだのだ。

手四つの体勢。これこそ、カマンが望んだ勝負だった。互いに盛り上がる腕の筋肉で均衡を保つ。両者は試合場の中央で組んだまま動かない。

古典的ともいえる攻防だが、世界一の怪力と鬼教官が行っているのだから、会場のボルテージは最高潮に達していた。

少しでも怯んだ方がこの世界の怪力最強の座を譲らなければならない。


「君、なかなかやるねぇ。こういう男が世の中にいるなんて知らなかったよ。勉強になる!」

「お前は力しか取り柄がない。その力さえこの程度とは失望する」

「へぇ。ずいぶん気が短いんだな。お楽しみはこれからだよッ」

「否。お前の勝負は最初から終わっている。私が対戦相手に選ばれた時点でな」


ぐいとジョナサンが力を込めるとカマンの腕は逆に極められるが、彼は笑顔を崩さない。


「ミイラは痛覚がないのさ。だから君の攻撃にも耐えられる」

「……そうか」


身体を後方に倒して腕を掴んだままで巴投げで投げ捨て。素早くマウントポジションを奪うとカマンの顔面に殴打の雨を炸裂させる。

乾いた木の折れるような音だけが会場を支配する。

鉄の拳に殴られるミイラ男はいかにも頼りなさげに思える。


「僕の反撃はここからだよッ」


目が慣れてきたのか、ジョナサンの打撃を躱して地面に命中させると、ジョナサンの胴に足をかけ、胴から首へと足を移行させて腕を極め、三角絞めを完成させようとする。

しかしジョナサンは意に返さずに三角絞めに極められたままで立ち上がり、バスター気味に地面へ勢いよく叩きつける。集中力が乱されたのか足を外したカマンに、腕を抜くと、間合いを取って対峙する。

しばらく睨み合いを続けたが、やがてカマンも立ち上がる。

無言で睨み合いの両者は今度は寝技ではなく立ち技で勝負するつもりらしい。


「立ち技がお前の本領を発揮できるのだろう。世界一の怪力とやらが看板倒れでないか、私に証明して見せるがいい」

「驚いたね。じゃあ、遠慮はしないよ」


序盤と同じくタックルを慣行したカマンは、ジョナサンの胴に触れた瞬間に背中に手を回し、渾身の力で絞り上げる。

更に全身の包帯を解いて首や手足を縛って自由を奪う。

これぞ、世界一の怪力男カマン・ベールが最も得意とする必殺技。


「ミイラの熊の胴抱え絞め(ベア・ハッグ)!」


熊の胴絞めで渾身の力で締め上げられながらも、ジョナサンの鉄の表情に変化はない。

彼はどれほどカマンが怪力であろうとも、自分を破壊可能なほどの威力はないと計算していた。

痛覚のないジョナサンとミイラ故に疲労とは無縁のカマンの両者の攻防は、どちらが尽きるともわからない千日手の比べに突入するかと観客の誰もが思った。

しかし、突如として盤石の構えを見せていたカマンが膝から崩れ、ジョナサンの胴から腕を放してしまう。

ギブアップの声もないままにカマンが技を外すことなどこれまで一度もなかっただけに彼のファンは何事かとざわめき始める。

すると、ひとりのファンが叫んだ。


「カマンを見ろ!」


疲労とは無縁のはずのカマンが額から大量の汗を流し、紫色の肌は血色の良いものに変化している。

ただごとではない。

この異常事態にただひとり平然としたジョナサンが重い口を開いた。


「カマンよ。お前は私の水蒸気の影響を受けすぎたのだ」


ジョナサンは水分をエネルギー源としている人造人間で、試合前にも水を飲んでいた。

先ほどのベアハッグの攻防で長く密着した時間が続いたためにカマンの包帯にジョナサンの水分が染み込み、全身に伝わって乾いた彼に潤いを与え、生前に近い状態へと戻してしまったのだ。

限りなく生身に戻った体は当然ながら汗も出るし疲労も蓄積する。

そして怪力も低下している。

肉体が限界を迎えたカマンは自らの意思とは関係なく技を解除してしまったのだ。


「僕は負けない……ッ」


荒く息を吐き出しながらも気力でカマンは前進する。

彼は自分を応援してくれているファンのためにも勝負を捨てるわけにはいかなかったのだ。

しかしジョナサンは冷たい目で一瞥し。


「気力などで簡単に逆転できるほど勝負の世界は甘くはない」


フックの連続や適格な蹴りで攻め立て、もはや立っているだけでやっとのカマンの気力を少しずつ削いでいく。

倒れても何度でも立ち上がるのなら徐々に体力を奪い、最後にとどめの一撃を与えると彼は冷徹な計算を導きだしていた。

背中から水蒸気を放出してスピードを上昇させると、残像が見えるほどの速度でカマンの背後を奪い彼の腰に手を回す。

それから大きく弧を描いたジャーマンスープレックスでカマンの脳天を地面に叩きつける。

頭を割って盛大に血を流したカマンは直後に気を失って戦闘不能が認められ、第2試合はジョナサンの勝利に終わった。




第2試合 勝者 ジョナサン

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