第5話 キャラメルの初勝利!

家でお茶でもすすりながら、のんびりと帰宅を待っているであろう祖父を想像してキャラメルは怒りに駆られたが集中すべきは目の前の敵であった。人々が興味本位で円のように集まる中で、ブーヒャとキャラメルの対決は幕を開けた。

豚のオークは肥満体とは思えぬ俊敏な動きで三叉槍による連続突きを見舞うが、素早さではキャラメルも負けてはいない。

右へ左へと回避しながら、ブーヒャのスタミナを奪う作戦に出た。

巨大な三叉槍は少しでもかわすことを失敗すれば肉が抉られてしまうだろう。

背中や額から冷たい汗が流れるのをキャラメルは止められなかった。

動きが鈍いとはいえ、ブーヒャはキャラメルの何倍ものパワーと体力がある。このまま派手に避け続けたらスタミナが底をつくのは自分の方だとキャラメルは察した。


「おいおい、逃げてるばかりじゃつまらねぇぞ!」

「お嬢ちゃん、反撃しろぉ!」


野次馬からの罵声が飛ぶ中、キャラメルは歯を嚙み締めて睨みを利かせる。

いいわよね、見ている人は呑気で。

私は命がかかっているのよ。

それに私が負けたらこの豚の餌になるのはあなたたちかもしれないのに。

何度目かの単調な突きをかがんでかわしたキャラメルは、スライディングキックでブーヒャの豚足を蹴飛ばし横転させると、素早く足を取って片足逆エビ固めに入る。

細い腕で目一杯に絞り上げるが、ブーヒャは余裕の舌なめずりをしている。


「どうしたい。俺をギブアップさせるんじゃなかったのかな?もっとやってみろよ」

「やってるわよ!」


流れ出る汗で目が染みる中、必死で絞り上げるが体格が違い過ぎて極まらないのだ。


「そらよッ」


足の力だけで強引に逆エビから脱出すると、尻餅をついたキャラメルに意地悪く笑う。


「お楽しみの時間といこうぜ、お嬢ちゃん」


醜悪な外見と強烈な匂い、残忍な性格で一切の同情の余地のない豚の化け物。

いったいどれほどの罪のない人々が彼により命を奪われてきただろう。

これ以上の犠牲が出ないためにも、この戦いは絶対に勝利しなければならない。

しかし思いとは裏腹にキャラメルは圧倒されていた。

蹴りや打撃ひとつとっても、まるで砲弾が命中したかのような威力で、口から真っ赤な血が吐き出される。

腹を抑えて膝が崩れるが、ブーヒャは彼女の髪を掴んで起き上がらせると、逃げられない状態から空いた右手で喉元へ親指による一本貫手を炸裂させた。


「ゴフッ」


再び吐血したキャラメルは息を吐き出すのもやっとの状態に追い込まれていた。

両腕はだらりと下がり、両足にも力は入らない。

辛い。痛い。苦しい。

ネガティブな言葉ばかりが頭に浮かぶが誰も助けに来てくれない。

目からは涙が溢れ、恐ろしさでしゃっくりが出るほどだ。

買い物帰りという不意を突かれた格好で始まった路上の勝負。

自分は魔法も少しは使えるし、格闘の技術なら自信があるとキャラメルは思った。

けれど、この惨状はどうだろう。

魔法に才能はなくとも格闘なら負ける気はしない。

その彼女の自信はオークによって粉々に砕かれてしまった。

唇から血を流したキャラメルは自分の状況が滑稽に思え、口から自嘲的な笑い声を発する。


「私の負けよ。煮ても焼いてもいいわよ」

「俺はそのまま丸かじりしようと思っているんだよ」


キャラメルの胸倉を掴んだオークは上空高く放り投げ、真っ逆さまに落ちる少女に大口を開けた。嚙みつくつもりなのだ。

どうせならひと思いにやってほしい。一撃で倒されたらまだ気持ちいはずだから。


「本当にそれでいいのですか?」


落下していく最中、どこからともなく声が聞こえてきた。

自分が今まで聞いたこともない澄んだ声だ。

幻聴かと思うキャラメルに、謎の声は問いかけた。


「あなたは本当に彼に負けて、満足して人生を終えることができるのですか」

「そんなの嫌よ!こんな豚の化け物に食べられて終わるなんて絶対に嫌!」


澄んだ声に導かれるように、気づいたら彼女は本心を口にしていた。

負けたくない。生きたい。勝ちたい。

けれど、自分は落下している最中で選択肢は限られている。

それでも行動に移さなければならないのだ。


「だあああああああッ」


油断していたオークの額に頭突きを一撃。動きが停止した隙間を逃さず、太い胴体に両足を絡めて固定し、星形の杖を取り出す。

ゼロ距離からの砂糖の波状攻撃だ。

舌にまとわりつくような不快な甘さにオークの動きが鈍くなったところへ、連続でヘッドパットを叩き込む。


「やあああああああああッ」


鉄槌のような少女の頭突きはオークの額を割って鮮血を流させる。

オークは腕を振るって外しにかかるが、それよりも頭突きの命中の方が早い。

ブーヒャはいつも三叉槍を使った戦法を得意として頭部は鍛えていなかったので、弱い箇所を徹底的に狙われては手も足も出ない。

太く短い脚がプルプルと震え、遂に仰向けに倒れた。

武器を離し完全に無防備のオークからマウントを奪うことができた。

ここを逃しては勝機はない。

キャラメルは魔法で麺棒を取り出すと、オークの巨体を巻き付け、ロールケーキの要領でくるくると丸めてしまった。

臭くて不味いオークロールケーキの完成だ。


「あんたなんて、地の果てに飛んでいきなさいッ!」


ありたっけの力を込めて巨大ケーキを蹴り上げると、オークは上空へ星となって消えてしまった。

その場に座り込み、荒く息を吐き出す。

どうにか勝利することができた。

謎の声がなかったら自分は一巻の終わりだっただろう。

彼女の勝利に野次馬が拍手を送る中、キャラメルは素に戻って言った。


「早くお家に戻らないとおじいちゃんに怒られちゃう!」



「おじいちゃん、遅くなってごめんなさい!」


帰宅したキャラメルは祖父に詫びの言葉を入れるが、彼は何も言わなかった。

それどころか買ってきたジャムを喜んでくれたほどなのだ。

ジャムを冷蔵庫に入れる祖父に対し、疑念を抱いたキャラメルはたずねた。


「ひょっとしてブーヒャが私に挑んでくるって知っていて、わざと買い物に行かせたの?」


いつもより低いトーンになっているが、プティングは動じることなくニコニコと笑うばかり。


「それは知らなかったけど、君が戦う様子は千里眼で見ていたよ。あれほどの強敵をわしの助けなしで、よくぞ倒したね」

「いやぁ、それほどでも……」


頭の後ろをかきながら照れるキャラメルだったが、次の瞬間には我に返り。


「褒められても嬉しくないわよ!私がどんなに危険だったかわかるでしょう。負けていたら、大切な孫はこの世から消えていたかもしれないんだからね!」

「君はわしの血を継いでるから、そう簡単に倒されはしないよ。

それに今回の戦いで修行をつけなくとも、ブーヒャを倒せるくらいの実力があることがわかったからねえ」

「あれは偶然よ。次やったら勝てるはずないんだから!」

「君の言葉が本当なのか、試してみるかね」

「え?」


笑顔で問いかける老人に孫娘は嫌な予感がした。

プティングが皺だらけの骨ばった手で渡したのは一枚の紙きれだった。

中身を読んだキャラメルは眼鏡が割れそうになるほどの衝撃を覚えた。


「異世界最強トーナメントぉ!? ちょっと待って。おじいちゃん、これ……」

「既に申し込みは済ませてきたから、当日は力の限り戦うんだよ」

「無理無理無理無理無理~!!」

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