第4話 魔法格闘家の修行開始!

眠たい目を擦りながらキャラメルは一階の食卓へと降りた。

祖父はまだ起きていないようで昨日と同じく彼女は朝食を作ることにした。

フライパンに油を引き、割った卵を投入。

白身と黄身が綺麗にわかれた目玉焼きを作り、続いて少し焦げ目がついた程度にこんがりとソーセージを焼いて、付け合わせとして刻んだキャベツをトッピング。

主食のパンを焼いて並べると簡単ながら朝のごはんの完成だ。

愛用のエプロンを外して、キャラメルはにっこり。

今日も会心の出来だ。

せっかくのモーニングが味落ちしてはたまらないと、キャラメルは急いで祖父の寝室へ向かう。


「おじいちゃん!朝だよ。起きて!」

「もう少し寝かせてくれないかね。昨日はいろいろあって疲れたからね」

「そんなこと言っていたら朝ごはんが覚めちゃうでしょう」

「年寄りに早起きはキツいよ」

「おじいちゃんはいつも早起きでしょ。起きなさい!」


祖父の態度に業を煮やしたのか、キャラメルは羽織っている毛布をはがして強引に祖父を起こしにかかる。

青のナイトキャップにパジャマ姿のプティング老人は軽く首を振りつつ、孫娘が悲しむ顔を見たくないからか、のそのそとベッドから立ち上がって食卓へと歩き出す。


「いただきます!」


丁寧に手を合わせての食事。

目玉焼きはトーストの上に乗せ、フォークで黄身を突き刺す。

ぷちゅっと黄身が破れ、とろりとした身が溢れ出す。

固いパンに濃厚な黄身がかかることで適度な柔らかさとコクを上乗せしている。

塩や醤油をかけずとも、そのままの味で十分に楽しむことができる一品だ。

パリポリに焼けたソーセージは噛む度に小気味良い音と肉汁が噴き出し、油で満たされた後は口直しのキャベツを食べて、野菜を補給する。

単純な朝食であるが、祖父も孫もふたりで食べる朝食は実に楽しいと感じていた。


「おじいちゃん、美味しい?」

「ああ。美味しいよ。パンとソーセージは少し焦げているが、そこが味わい深い」

「んもう!余計なことを言わないでよ。

文句を言うなら明日からおじいちゃんが朝ごはん担当だからね」

「いいのかね。わしは料理の腕もまだまだ君には負ける気はしないよ」

「むむむ……」


軽く火花を散らしたところで、気づいたときにはふたりの皿は空となっていた。

食後の紅茶を飲みリラックスした後で、キャラメルが言った。


「おじいちゃん。私、やっぱりおじいちゃんから魔法格闘技を習いたい」


キャラメルの意思は固い。彼女はどうしても祖父の力になりたかった。

その意思を汲んでかプティング老人はこんなことを口にした。


「氣持ちはわかるが、修行はとても辛いよ。

今時の若者はすぐに結果を求めて、地味な修行を軽視する傾向があるからね。

君が望むならわしの魔法で今すぐ最強にすることもできる。

その方が、とてもお手軽だし、気分も爽快だけど、どうする?」


プティングは孫娘にふたつの選択を用意した。

一つは安易に最強の力を与える楽な道。こちらは手軽に圧倒的な強さを手に入れられるが、精神面の向上には繋がらない可能性がある。

もう一つは地味で苦痛な努力を続ける茨の道。

基礎を徹底的に仕込むため、あまりの地味さに諦める者が後を絶たない。

しかも最強になれる保証もない。

その代わりとして自分の強さや成長をじっくりと体感することができる。


「君が自分で決めなさい」


安易な道の誘惑と険しい道の困難さ。

両方をキャラメルは天秤にかけ、長いこと思案した末に決断した。


「私、修行を選ぶよ。辛くても、乗り越えて見せる」

「わしに魔法格闘技を習う為の厳しい修行をつけてほしい。

それが君の答えなんだね」


祖父の反復にキャラメルは無言で頷いた。祖父も優しく頭を縦に動かし、言った。


「それでは今日からさっそく修行に入るよ。覚悟はいいかな」

「はい!おじいちゃん!いえ、プティング先生」

「そんなにかしこまらなくても、自然体でいいよ。

それじゃあ修行内容の説明――の前に」


プティングは木製の買い物かごを手渡してから。



「街へジャムを買いに行っておくれ」

「ジャムくらい魔法で出せるでしょう!?」


キャラメルは拍子抜けして盛大にこけてしまった。



「全く。どうして私が買い物に行かないといけないのよ」


口の中で文句を転がしながら、キャラメルは少しだけ背を曲げて街中を歩く。レンガ造りの家々が並ぶ街通りを歩いて、ジャム店でジャムを購入してから再び帰路へ。

キャラメルの家は森の奥深くにあるため、街中に出て買い物をするのは骨が折れる。

魔法の箒で滑空すればすぐに到着するはずなのだが、便利な箒を操縦する術をキャラメルは持ち合わせていなかった。

なので苦労して森を出てから街を出るしかない。

ふくらはぎはパンパンで、もう一歩も歩くことができないほど疲れ果てていた。

けれども、ここから更に森を歩かなければならないのだ。複雑に入り組み、大木が生い茂り、たまには狼などの危険生物などとも遭遇する森。

遠くの森を眺め、思わず顔に「うげぇ」という感情が出される。

しかし、彼女は行くしかないのだ。

意を決して一歩を踏み出した時、前から現れた人に衝突してしまった。

尻餅をついて衝突した相手の顔を見上げて声をかける。


「ごめんなさい。大丈夫ですか!?」

「俺にぶつかっておいて謝るだけで済むと思っているのか」


怒り心頭の相手は肥満体の豚の顔をした男で、背には三又槍を背負っている。


「なんでもしますから、見逃してください」


ペコペコと頭を下げて誠意を見せるキャラメルに対し、男は彼女の頭を鷲掴みにしてレンガの地面に押し付ける。


「頭の位置が高いんだよ。謝罪ってのはこうするんだ」


更に靴で思い切り頭を踏みつける。衝撃が眼鏡のつるが折れ、レンズに亀裂が走る。


「何……するのよ。失礼じゃない」


さすがのふるまいにキャラメルがたまらず抗議をすると、男はようやく足を離して言った。


「お嬢ちゃん、ミスタープティングの孫娘だろ」

「!?」


自分の素性を知っている。ということは彼は魔法格闘家。すぐさま気づいたキャラメルが後退すると、男は得物のである三又槍を背中の鞘から抜き。


「俺はオークのブーヒャ。お嬢ちゃん、俺とタップリ楽しもうぜ!」


踵を返して逃避したところで槍に貫かれて終わるだろう。

逃げ切ることはできない。

戦うしかない。

オークとの路上の勝負。

人通りが多い、しかも地面がレンガという強固な場所で。

嫌な予感が頭を掠める。

まさか、おじいちゃんはこうなることを見越した上で私を買い物に行かせたの?

キャラメルの目にじんわりと涙が浮かび、形だけでのファイティングポーズを取る。


「おじいちゃんの鬼―ッ!!」

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