第2話 魔人ジークとの死闘
「きゃあああああっ!」
突然の火炎攻撃にキャラメルは悲鳴を上げながらも、咄嗟に両腕を防御の姿勢をとるが、炎は容赦なくキャラメルの服に引火。
彼女を炎が包み込もうとする。
「熱い!熱いよぉ!」
泣きわめきながらも素早く地面に勢いよく寝転がって、回転で炎を鎮火させる。
どうにか火は消えたが服には焼け焦げた跡ができてしまった。
「お気に入りの服を、どうしてくれるのよ!」
キャラメルが人差し指で男を指して非難すると、男は高らかに笑って告げた。
「俺は魔人ジーク。伝説の魔法格闘家ミスタープティングと戦いに来た」
「残念だけどおじいちゃんは留守なの。一昨日来なさい!」
べーっと舌を出して挑発してからキャラメルは扉を閉めようとする。
しかし、男はドアの取っ手を掴んで抵抗し、結果としてキャラメルは力負けしてしまい、男を家へと入れてしまった。
魔人ジークは先ほどの攻防で尻餅をつき、涙目になって怯えているキャラメルに対し、容赦なく握った拳を振るってくる。
命中する寸前に男の両足の間をくぐって回避したキャラメルは、どうにか家の外へと出ることができた。
狭い家の中や廊下で戦闘をするにはリスクが高すぎると判断したのだ。
彼女に釣られたかのようにジークも扉を破壊して外へ出た。
「これいじょう私の家を壊したらただじゃおかないんだからっ」
「小娘。お前を叩き潰せば、ミスタープティングがやってくるんじゃないか?」
「そ、そんなわけないでしょ……」
「声が震えているぞ」
「……ッ」
星型の杖を突きだしながらもキャラメルは声は裏返り、足は震えていた。
祖父の助けもないまま、彼女はたったひとりで魔人と戦わなければならない。
「明日は気をつけなさい」
――祖父の言葉が生々しく蘇り、彼女はその真意を悟ったのだった。
魔人ジークは黒髭に覆われた口元から白い歯をのぞかせて笑っていた。
相手は小娘がひとり。
自分が負ける要素はあるはずがないと高を括っているのだ。
指の骨を鳴らし、革靴を履いた足でゆっくりと歩を進めていく。
距離が縮まるたびにキャラメルの心臓の鼓動は強くなり、頬には汗が流れる。
敵を睨みつけてはいるものの、対峙しているだけで喉が渇くほどの圧迫感。
初めての戦闘。
杖を突きつけるが、相手に動揺の色はない。
キャラメルは意を決して杖から無数の金平糖を放出。
まるでまきびしのように大量にバラまかれた金平糖の一粒がジークの目に着弾。
「ぎゃおおおおおおっ!」
獣のような咆哮を上げて悶絶する隙を突いて、懐に入り込むと、膝小僧を前蹴りで蹴ってから、更に渾身の力を込めて股間に蹴りを見舞う。
男の最大の急所のノーガードで食らってしまい、魔人ジークは絶叫し、両膝から崩れ落ちる。
その様子にキャラメルは慎ましい胸を反らして得意げに言った。
「あなたなんて私にかかればこんなものよ」
しかし、キャラメルは気づいていなかった。
下を向いていたジークの顔が、怒りによってまるで赤鬼のように真っ赤になっていることを。
未熟な小娘に急所を蹴られるなどジークは想像さえしていなかった。
先ほどまであれほど怯えていた相手に自分が両膝を突いている現実。
未経験の相手に不意打ちを食らってしまった油断。
あらゆる要素が彼の怒りを煽って顔を朱色に染めさせていく。
背中から湯気のような怒気を放出しながら、男はゆっくりと顔を上げた。
彼の血走った目と合った瞬間、本能から危険を察知したキャラメルは跳躍して後退する。
ゆらりと幽鬼のように立ち上がったジークは小声で言った。
「小娘ェ。プティングの前座だとばかり思っていたが、もう容赦はしない。
まずはお前から平らげてやる」
ジークは自らのターバンに触れるなり、強引にむしり取った。
ターバンの下から現れたのは巨大な蛇の頭だった。
黄色い目玉が真っすぐにキャラメルを見据え、長い舌をチロチロと出したり引っ込めたりして今にも襲い掛からんばかりの態勢だ。
魔人は懐から縦笛を取り出して音色を奏でると、それが合図だったかのように大蛇が長い巨躯でキャラメルに迫ってきた。
シュルシュルと紐のように伸び縮みしながら地面を這って隙を伺い、次の瞬間にはパッとキャラメルに鋭利な牙の生えた口を開けて襲い掛かった。
「危ないっ!」
寸前で跳躍して躱したが、蛇の頭も飛び上がって回避が難しい空中で飲み込もうと迫ってくる。
落下すれば待っているのは大蛇の口だが、キャラメルは杖を構えて勝負に挑む。
食うか食われるかの命がけの戦いである。
身動きのできない上空で杖を構えたキャラメルだが、初動が遅かったのか特にこれといった抵抗も見せることもなくあっさりと大蛇に一飲みにされてしまった。
あまりの呆気なさに拍子抜けしたジークだが、彼にとってこの戦いは前哨戦でしかなかった。本命はミスタープティングとの闘いなのだ。
笛を吹いて大蛇を元に戻そうとした途端、大蛇がのたうち回り始めた。
「なんだ。何が起きた!?」
突然の事態に目を見開く中、大蛇は激しく暴れ回った末に勢いよく倒れ、ピクリとも動かなくなってしまった。
やがて、その中からひょっこりとキャラメルが姿を現した。
「貴様、俺のペットに消化されたのではなかったのか」
「喉を大きな胡麻団子で防いだから飲み込まれずに済んだんだよ」
「先ほど飲み込まれたのはそれを狙っていたからか……」
大蛇は黒い粒子となり、跡形もなく消え去ってしまった。
飲み込んだ時点で勝利を疑わなかったが、予想外の策で切り抜けるとは。
大切なペットを失い、ジークは歯を強く嚙みしめ、憤怒の形相でキャラメルを睨む。
口から炎を吐き出すが、なぜかキャラメルには命中しない。
「私には当たらないよ」
バレエのような動きで華麗に回避しているようにキャラメルは思い込んでいた。
けれどそれはキャラメルの動きが優れていたからではなく、単にジークがわざと狙いを外していたからに過ぎなかった。
「あなたも年貢の納め時だね。おじいちゃんと戦う前に私に倒されなさい」
「それは俺の台詞だ。お前に逃げ場はない」
「え?」
気づいた時にはキャラメルの周囲の草が燃え、円状の火柱が上がっていたではないか。
超高温で身体を照らされ、煙の影響で酸素は薄くなる。
周囲を燃やされてしまってはその場から動くことができない。
「大人しく消し炭になりな!フハハハハハハハハハハハハッ」
口を長袖で押さえて煙を吸い込まないようにする中、炎の奥からジークの勝ち誇ったかのような笑い声が木霊していた。
炎に包まれる中でキャラメルは懸命に頭を働かせて脱出方法を考えていた。
根性に頼った正面突破では敵に到達する寸前に燃え尽きて自滅するのがオチだ。
さりとてこのまま打開策もなく佇むだけでは焼き肉になる運命。
頼みの綱の祖父が来る気配もない。
熱気に照らされ眼鏡が曇って視界を遮られる中、キャラメルは覚悟を決めた。
おじいちゃんは助けに来ない。頼れるのは自分の身体だけ。
意を決して星型の魔法のステッキを振り下ろす。
彼女がとった策は――
暫くして白い煙と炎が消えると、残されたのは黒く焦げた地面だけだった。
少女の姿はどこにも見当たらない。
おそらく炎の熱で骨さえも消えてなくなったのだろう。
そのように判断したジークは森の中の洋館に背を向けた。
ここで待つよりもプティングを探した方が早く戦えると踏んだのだ。
だが彼が一歩を踏み出した途端、地面から飛び出してきた腕にしっかりと足を掴まれてしまった。
地から腕が生えてくるなど考えもしなかったジークはあまりに奇怪な状況に硬直するが、やがて地面から腕だけではなく土まみれとなった少女の姿が現れた。
薄茶色のポニーテールに赤ワイン色の眼鏡。間違いなくキャラメルだ。
「貴様、燃え尽きたのではなかったのか!」
「そうなる前に地面に潜ったのよ」
「!?」
上空に逃げてもジークに見つかると思ったキャラメルは魔法で地面に穴をあけ、まるでモグラのように穴を掘り進めることで炎から脱出。
ジークがいるであろう場所に身を潜めて、彼が次の行動を起こすのを待っていたのだ。
ジークはキャラメルの腕を離そうともがくが、その勢いで彼女の全身が地面から出てしまい自由を許してしまった。
空いている足でキャラメルの頭を踏みつけようとするが、それよりも早くキャラメルは回避して間合いを取る。
「これで戦いは振り出しに戻ったわけね」
不敵に笑うキャラメルに対し、少しの間沈黙したジークは両腕や髪、そして足さえも蛇に変化させた異形となり、口を開いた。
「俺をここまで本気にさせるとは思わなかった。だが、次こそ貴様の最期だ」
蛇は先ほど倒した一匹だけではなかった。
今やジークは両腕や髪の毛、足に至るまで蛇に変化させて、全力をもってキャラメルを倒そうとしている。
「キエエエエエッ」
奇声を発して髪や腕を伸ばして食らいつこうとするが、キャラメルは大木を盾に身を隠す。
「無駄なことはやめろ。そんなことをしても無意味だ」
ジークは腕を幾重にも大木に絡ませ、蛇の巻き付きでもって大木を粉砕。
キャラメルの安全地帯を破壊し、今度こそ止めを刺そうと試みた。
蛇の髪でキャラメルの細い四肢の自由を奪って宙吊りにしてから、彼女に語り掛ける。
「俺の目を見ろ……」
真ん丸に見開かれた黄色い目を吸い込まれるように見つめたしまったキャラメルは、自分の身体が靴先から順に石に変化していることに気付いた。
「なにこれ。動けないよぉ!」
「馬鹿な奴だ。蛇が本気で睨むと対象の者を石にしてしまうことも知らぬとは。どうやらお前はよほど勉強不足と見える」
ジークに指摘され一瞬だけ唇を嚙み締めたキャラメルだったが、やがてがっくりと首を垂れた。
彼の言葉は事実であり、何の反論もできなかったのである。
石化が首から上へと進んでいく中、キャラメルは深く後悔をした。
ごめんね、おじいちゃん。私がおじいちゃんの言いつけを守って本を読んでいれば、彼を倒すことができたかもしれないのに。
でも、私は馬鹿だからいっぱい本を読んでも内容が頭に入らなかっただろうな。
おじいちゃん、馬鹿な孫娘でごめんね。
キャラメルは一筋の涙を流し、自分の愚かさを悔いた。
ジークは虚空から炎で槍を生成してキャラメルの胸に標準を定める。
投擲して一撃であの世で送ろうというのだ。
両腕や両足は蛇の髪で巻き付かれ、その気になれば無数の小さな牙で嚙みつくこともできる。
毒の有無はわからないが、噛まれた時点で大きなダメージは避けられない。
単なる嚙みつきや締め付けでも少女にとっては致命的なのに、ジークは予想外の勝負にもつれこまれた屈辱からか、槍でもって完璧なる詰めを与えようとしていた。
少女の顔は涙に濡れ、強く嚙みしめた唇からは薄く血が滲んでいた。
首を垂れ一切の抵抗を諦めた姿は魔人にとっては快感でしかない。
槍を構え、右腕を思い切り引いて槍投げの体勢に入る。的は当然ながらキャラメルの胸だ。
「地獄へ逝けぇ!」
渾身の力で放たれた槍は軌道を変えることなくキャラメルへと向かっていく。
驚愕と恐怖で瞳孔が縮む中、彼女は槍が刺さる瞬間を待つことしかできなかった。
槍が迫ってくる。キャラメルは自分の人生が終わると確信し、目を瞑った。
けれどいつまで待てども槍が貫通する激痛は訪れない。何かがおかしい。
恐る恐る目を開けて見ると異変の正体がわかった。
彼女の目の前にひとりの人物が立ちはだかり、槍を受け止めていたのである。
流れるような銀髪にプリンを模した帽子、空のように青いモーニングコート。
彼女が誰よりも尊敬する祖父が孫の危機に現れたのだ。
「おじいちゃん!」
「わしが来たからにはもう大丈夫だよ。ひとりでよく頑張ったね」
背中で祖父は語ると、握っていた炎の槍を瞬時に塵に変えてしまう。
澄んだ青い瞳は穏やかで、長い口髭は風に滑らかに揺れている。
闘氣も覇氣もジークは感じ取ることができなかったが、宙に浮かんでいた老人が地に降りた瞬間、透明な得体の知れぬ氣が全身に当たり、激しい戦慄を覚えた。
老人は柔和な笑みを浮かべながら、後ろに腕を組んだ姿勢で近づいてくる。
どこまでも穏やかながら隙を突くことができない。
「君かね。わしの孫と戦ってくれたのは」
「あと少しで止めを刺すところだったが、楽しみを奪ったか。だが良い。こうしてあんたと戦う機会を得たのだから。伝説の魔法格闘家、プティングさんよぉ」
「戦う前の礼儀として、君の名を教えてくれないかね」
「いいともよ。俺の名はジークだ」
「では、ジーク君とやら遠慮なくかかってきたまえ」
特にこれといった構えも見せず泰然とした様子のプティングに、ジークは牙を覗かせて笑うと、目を妖しく光らせた。
「それじゃあお言葉に甘えて全力でいかせてもらうぜぇ!」
プティングという魔法格闘家が強い。
その噂を聞いた時からジークの心は踊っていた。
曰く、巨大な竜を一撃で鎮め、魔法格闘家大会で五連覇を果たし、絶対不敗のチャンピオンとして一世紀に渡って君臨し続けたという。しかし彼はどれもおとぎ話と断じ、それほど強いのならば自分の目や腕で確認してみたいと思っていた。
果たしてその伝説の男が目の前で対峙している。
見た目は完全な老人。
年寄りにしては体格は良さげだが、所詮は老いぼれ。若い俺の敵ではない。
標的をキャラメルからプティング老人へと変更して、対峙する。
ジークの辞書に老人だから手加減をするという文字はない。
それに相手から全力で来いと言われたのだからなおのことであった。
全身の髪を蛇に変えて一斉に襲いかかるが、プティングは蛇の伸びる長さを見極めているのか、いくら伸ばしても間合いまで届かず大量の蛇は空振りを続けるだけだ。
攻撃を続けるが一向に当たらないので苛立ちを募らせていく。
「避けているだけで攻撃を仕掛けない。何故だ」
「君はわしに攻撃をしてほしいのかね」
「当たり前だ。避けてばかりでは倒し甲斐というものがないからな」
「君の申し出に応えるとしよう」
プティング老人は猛攻を加えてくる蛇の髪の毛を手の甲で打ち払い全身していく。
単に叩き落しているだけだが、手の甲で叩かれた蛇の頭で叩き潰され、ただの髪の毛へと戻り、抜け落ちていく。
迫りくる老人に髪の毛を全て落とされ、毛根を全て失ってしまったジークは今度は両腕を蛇に変えてプティングの首元を狙う。
口を開けて鋭い牙を枯れた老人の喉元に食い込ませるが、鍛え上げられた強靭な首の前では鋭利な牙も鉛筆の芯のように容易く折れてしまった。
牙を失っても尚、両腕で締め上げようとするが、いくら胴を締め上げても老人は動じず。
逆に力を入れ過ぎた蛇の腕がパンパンに膨らみ、遂に破裂。
両腕を失い悶絶するジークの目前にプティングの白髭の顔が肉迫していた。
「君には魔法を使うまでもない」
素早く頭を掴んでヘッドロックに捉えると、まるで風船でも割るかのようにジークの頭を破裂させてしまった。
断末魔を叫ぶ間さえ与えず一瞬の技を前に、残された胴体は地面に崩れ落ち、それから二度と起き上がることはなかった。
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