後奏 12.2章『次に連なるポストリュード的静けさ』-03

***


 フンフンフフーン。


 ああ、こんなにドキドキするのはいつぶりかしら。思わず鼻歌が出ちゃう。

 さっきから胸のトキメキが止まらないわ、ふふっ。

 小躍りしながら、部屋の鏡で衣装はどれがよいかを合わせてみる。

 こんなことになるんだったら、もう少しドレスのバラエティを増やしておくんだったかしら。

 まさか、こんなシチュエーションが待ってただなんて、予想もできなかったわ、本当。




「……お嬢様」



 そんな浮き足立つ私に、水を差す様にワルターが声を掛ける。


「確認させて頂きたいのですが、何故、お嬢様はそこまでご機嫌であらせられるのです?」

 なぜ? わかってる癖に。なんでわざわざ確認するの? まったく、何年、私の護衛をしてるのかしら。

「……それでも、念の為、確認をしておきたいのです。セレスお嬢様」

「あら、そう……じゃあ」


 教えてあげる。


 あの二人よ。特にあの『刻の改変者』

 アッシュ君。


 『刻の改変者』というだけでも本国に報告物なのに、本当に『刻を修正してみせた』。

 お養父様からもらった、いや祖国、聖教ソリスト教国の資料の中でも、自身の思ったように『刻を修正した』人物など本当に数限られている。

 いずれも歴史の中で英雄、偉人と崇められる人々のみ。

 それ以外の『刻の改変者』——それ自体も稀なのだけど——は、皆、己に絶望して自殺していく。

 そうして、『刻の輪廻』に飲み込まれていくのが普通。


 それを彼は私の目の前で打ち破ってみせた。


 これといって剣が得意なわけでも、何か技術的に優れている訳でもない。

 ただ、恐ろしいほど鋭く彼は、彼の見る世界を分析してみせた。

 その鋭さを持って、『刻を修正してみせた』のよ!


「なのに、よ」


 空恐ろしいほどのその鋭さが、ある分野——恋愛ごとに関しては最低最悪の鈍感男になりさがる。

 あれだけ長年にも渡って恋慕っている娘が間近にいるのに、全く気付かないとは。

 あれは絶対、童貞ね。間違い無いわ。


「で、あの娘もあの娘ね」


 私と同じ、『史上最年少の天才少女』と言われるのでどんな天才かと思いきや、確かに知識と学歴、頭脳は素晴らしいものだけど、これまた、こと恋愛ごとになると、途端にただの女々しい女の子になってしまうだなんて。

 自分からは一歩も踏み出さない癖に、なのに彼のことを恋する視線でジッと追い続けている。

 本当、一途なのね。


「ですので……ただ、暖かく見守ってあげるのも年長者としての役割かと思いますが、セレスお嬢様」

 どうしてそんな、苦虫を噛み潰したような顔つきで言うのかしらね。

 でも、その問いかけに対する答えは一つよ。


「イヤ、よ」

「…………」


 なによ、そんな深いため息をついて。わかってた癖に。


「ワルターも聞いていたでしょう? 別にあの二人は恋人同士でも何でもない。幼馴染みの仲ではあるけど」

「しかし、わざわざセレスお嬢様がちょっかい……失礼、干渉される必要は無いのでは、と」

 別に、『必要』かどうか、なんて話はしてないわ。

「私が、『したい』のよ」


 ハァーー


 またしてもワルターったら、深いため息をついて。

「お嬢様……司祭となられて、その様な振る舞いは……」

「あら? 主神ソリスト様は刻と愛の神よ。『汝の隣人を愛せよ』と言っておられるじゃない」


 “そういう意味ではない”と言いたげに首を振るワルターだけど、おかげで私への説得は諦めたようね。


 言っておくけどワルター、これは我が祖国の国益にも叶うのよ? 単なる『刻の改変者』じゃない、実際に『刻を修正した者』なんて、彼は私たちの祖国、聖教ソリスト教国の未来をも変えうる力を持つことになる。

 それは彼自身の為にもなるはずよ。


 彼をどうやって、私の側に引き寄せるか、考えるだけでワクワクするわ。彼が鈍感なのはむしろ好都合。気付かれないうちに少しずつ、こっちのペースに引き込んでいけばいい。

 どんな反応をするか楽しみね。


 そして、そうなった時、あの娘も一緒に本国に来ることになるのかどうかも事の流れ次第ってことかしら。



 ここに来るまでは特使の仕事なんてつまらないと思っていたけど……やってみるものねー!


 そう、私はこれから起こることへの期待で満ち満ちていた。


 まぁ、ちょっと悪い顔になってしまってるかもしれないけど、そんなの仕方ないわよね、フフフッ。


⭐︎⭐︎⭐︎

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