前奏 06.9章『嵐の前のプレリュードなナニか』
***
ふむ。荷物はこんなもので十分かしら。
普段着の替えと念の為のパーティー用ドレス。司祭服のアルバも忘れずに。
「ああ、準備は問題なさそうだね、セレスティア」
振り向くと部屋の入り口に一人の中年男性が立っていた。
「お養父様」
「ダメだよ。ちゃんと、トリファール司教と呼びなさい。……どこで誰が聞いているか分からないのだから」
「別に、お養父様はお養父様なんだから、そんなに畏まらなくっても良いと思うのだけど。いけないかしら?」
と、養父の隣に立つ大柄な男性に話を振る。
「ああ、これだまた。セレスティア、君は史上最年少の女性司祭になったのだ。……それを羨む者、妬む者もいるかも知れぬというのに。ワルター君には世話を掛けてしまうが、宜しく頼むよ」
「分かりました。このワルター、全力でセレスお嬢様をお守りしますゆえ」
「……そうでなくても、我々は『天使似』なのだから。誹謗中傷には注意しなさい」
そんなことはわかってるのに。
それでもお養父様は再三、私に注意を促す。
養父である、トリファール司教。そして私、セレスティア・トリファールも、所謂『天使似』。銀髪・黄金眼の持ち主。
この容姿がために、他人からは羨ましがられ、妬まれ、そして傷つけようとするものまで過去には居た。
そんなのは分かっている。それが『天使似』の宿命なのだから。
だからこそ。
「大丈夫よ、お養父様。ワルターも私の実力は知っているでしょ? また3本勝負でもやってみる? 結構、いい線まで行けるようになってるのよ。1本ぐらいは取れるんだから」
そうなのだ。私は、私にあだなす者、運命にも抗えるだけの力を身につけようとしている。
「セレスお嬢様、敵は正々堂々というわけではないこともあるのです」
フーッと彼らしくない疲れた様な嘆息を吐き、ワルターは言った。その瞳にはどこか心配の色が浮かんでいた。
彼は何度も私が危険な場面に身を置くのを見てきた。だが、彼は決して私を止めることは無い。それが彼の私への信頼だとわかっているから。
「そうだぞ、セレスティア。……相手は如何に姑息な手段に出る可能性もあるのだ。それを注意してだな……」
それくらいは私も心得ているわよ。もう22歳にもなるのに、お養父様はちょっと子離れが出来ないみたい。
「……それと、もしかしたらなのだが『刻の揺らぎ』があったかもしれん」
『刻の揺らぎ』……
「本当なの!? お養父様?」
「いや、もしかしたら、だ。ただの夢——既視感(デジャヴ)みたいなものかも知れんしな」
しかし、お養父様は私なんかよりもこの『天使似』の力に精通している。私では感じられなかった微妙な『揺らぎ』をも、感じていたのかも。
「それは何処で?」
「分からない。だが、もしかすると西の方から感じたのかもしれん」
西の方。
それは今から来訪する予定の国。
クロノクル市国がある方角でもある。
そこで……もしかしたら、『刻の揺らぎ』が生じたのかも知れない。
そうなのだとしたら、
「セレスお嬢様の特使としての任、いよいよ重大なものとなりましょうな」
「そうね……単に犯罪者を寄越せと頼み事するだけの任なら行くのが少し怠かったのだけど、楽しそうな事になりそうね、コレは」
「ああ、これだから……済まないね、ワルター君」
お養父様に頼まれたワルターは——ワルター・ストラウス、これでも『聖十字騎士』の一員で8歳の娘を持つ愛妻家だ——いつもの様に、仰々しくお養父様に拝礼するのだ。
にしても。
クロノクル市国か……。未知の街、未知の人々、そして刻の揺らぎ。何か新しいことが起こる予感がする。
私は胸の高鳴りを抑えながら、旅立ちの準備を終えたのだった。
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