僕が君を見つけたとき

 君と初めて出会ったのは中学二年生の頃だった。クラス替えをして同じクラスになった。


 名前は山中愛菜やまなかあいな。僕は「あ」から始まるからはじめの席は遠かった。からあまり交流はなかった。お互いに名前は覚えているくらいで、他のことはほぼなにも知らなかった。


 なにも知らないと言っても、お互い、男子、女子のバスケ部に入っていたし、もちろん同じクラスなのだから話したことだってある。


 でも、その頃は全く意識もしていなかったし、まだ恋愛の「れ」の字も知らないような時期で、こんな気持になるなんて想像もしていなかった。 


◇◆◇


 二年生になってから一ヶ月くらいした頃、僕は人生のどん底にいた。何もかもやめてしまいたい。そう思っていた。

 

 ニュースを見るたびに嫌なものばかりが流れてくる。人々が苦しんでいる様子が次々と映し出される。マスクも外せないし、緊急事態だなんだかんだ。世界がとても荒れている時期だった。

 

 僕は本がすごく好きで、どんな物語の登場人物にも感情移入していくタイプだった。

 だから登場人物とかにすごく影響を受けやすいタイプで、ニュースに出てきた悲痛な叫び声を上げる人々の映像が流れてくると、その人たちの気持ちを考えてしまい、どんどん苦しくなった。


 それでもその苦しいという感情を放出することが出来なかった。いや、しなかった。だって自分が感情移入した人の立場になって、悲痛の声を上げたってそれはただの自己満足でしかないと感じていたからだ。でも、今思えば僕は怒っていたのかもしれない。


 「どうせどれだけこの世の理不尽さに怒っても仕方がないんだ」


 「どうせ僕一人がなにをしたってこの世界を変えることなんて出来ないんだ」


 そんなふうに「どうせ」ですべてことをまとめて、諦めるようにして感情を押し殺した。

 

 この平和な日本に生きている僕が世界の理不尽さを怒ったってなにも変えることが出来ない。


 よく小さなことでも世界は変えられるなんて言われる。でも考えてみて、塵も積もれば山になる? そんな事無い。塵が集まって山になったってそれはただのゴミの山、悪く言えば埃の塊だ。

 

 だから僕は怒るのをやめた。悲しむのをやめた。苦しむのをやめた。そして、そういうことを考えるのをやめた。すると次第にやる気が起きなくなってきた。


 全ては自分の折れそうな心をギリギリで繋ぎ止めておくための本能的な防御機能だったのかもしれない。


 そして少しずつ学校への心も足も遠のいていき、どんどん何もかもがどうでもよくなっていった。


 ダラダラとただ一日一日を流れ作業のようにこなしていく。気がつけば僕は今まであんなに大好きだった本も読まなくなっていた。ゲームしないし、友達とも遊ばなくなっていた。


 朝起きてご飯を食べて学校に行く。授業をぼーっとしながら受けて、まだやる気があった四月の頃に入った図書委員会の仕事をやりがいを感じることなく淡々とこなし、部活もなにも感じないロボットかのように練習を淡々とこなしていく。家に帰ってからは廃人にでもなったかのように、泥のように眠る。そんな毎日だった。


 それでも、なんとか学校には行っていた。なぜかって? 僕の心はまだギリギリ折れていなかった。だからこんな状況に負けたくないって必死にあがいていたんだ。


 ここで負けたら僕は本当に人生で負けてしまう。こんなことで負けてたまるか。と思いながらなんとか自分を奮い立たせた。作業になっていてもいいからと、なにも感じてなくてもいいからと、行くことに意味があると言い聞かせて。


 それに自分がしっかりと生きているっていう実感が欲しかった。だから重い足を一歩一歩踏み出して学校に向かっていっていた。結果的に毎日学校に行ったことは僕を救うことになった。

 

◇◆◇


 そうやって感情のないロボットのように淡々と毎日を過ごしていく中、僕は君を見つけた。

 

 六月のある日、いつの間にか二年生になってから一回目の定期テストが返ってくる日になっていた。毎日をなにも考えずに過ごしていたので、もういつテストを受けていたかなんてわからないでいた。


 自分のテストの結果は散々なものだった。自分の志望校に行くためには全部八割以上取れていないといけないテストなのだが、結果はボロボロで、英語と国語が6割という今までに類を見ないくらいひどいものだった。


 僕はテストの解答用紙を裏にしてそのまま机に突っ伏して項垂れる。

 

 その時、各教科で返ってくるテストを見て一喜一憂しながら周りの友達とはしゃいでいる。そんな様子に思わず見とれてしまった。


 鈴を転がすように笑って、雷が落ちたかのように泣き叫ぶ。賑やかすぎて先生に少し注意されるほどだ。周りの男子は、


「うるっせ〜な」


「騒ぎ過ぎなんだよ」


 なんて言う人も何人かいたけど、そんな中、僕は感情を周りに伝える君が羨ましく思えた。そして、同時に自分の中でなにかよくわからない感情が浮かんできた。


 それが何だったのかは今となってはわかっているけれど、初めて湧いてきた感情に変な感じがしていた。


 その後から自然と君を目で追うようになっていた。いつもキラキラと輝いている君はいつの間にか僕の憧れになっていた。


 相変わらず感情を押し込んでしまっているけどそれでも、なんにも代わり映えない学校生活に一筋の希望というか、学校に行く理由ができた。

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