第4話[求める責任と求めてない行動]

 八大賢者最年少(とはいえ三十代半ば)のことわりの賢者ロックスはマグナス国エルンヴェイカー城の脇に併設された騎士団寮に作られたベトナ山直通の転移魔法ゲートに向かって居る


 目的はただひとつ、ルーク=ローディスただ一人


「バッシュ卿、どうされましたか?」


「悪いが通してもらう、理由が要るならが理由だ!問題があれば私が責任を負う」


 困惑する門番にモンドが口添えする


「今はバッシュ卿の力が必要だ、通して構わん」


「すまぬ、モンド卿」


 ベトナ山に向かったロックスを見届けると一部始終を見ていた聖クリストフが声をかける


「何を企んどる?」


「音信不通の家族を再開させるのに企みも何も無いでしょう」


「···そういえばそうじゃったのぉ、口止めと招集の詫びとして美味い酒を馳走して貰わんとな」


「割り勘で良いか?クリストフ」


 その頃ベトナ山の鉱夫宿舎の外ではレオンの申し出でディアナ相手にルークの剣技のレベルを確かめて居た


「いやはや、流石は剣聖と剣竜。ボクみたいなのを相手に本気なんだもんなぁ」


 確かに単純に剣の腕であれば普通の魔法使いよりかは扱いに長けている、しかしそれだとルークから感じられた根源的な恐怖の説明がつかない


 そんな時、いきなりルークはディアナに対して超高速で通り過ぎて派手にすっ転ぶ。あまりにも咄嗟の出来事だったのでレオンもディアナも呆然とする中


「良かった···ディアナさんが無事で」


 するとディアナの頭上から頭のちぎれた大型の蛇がドサッと落ちて来た


「コイツはネックツリーボア首吊り蛇か、いつの間に···」


「しかし良く動けましたね」


「あー、それは雷の魔法を使いましたから」


 生物の筋肉を動かすには微弱な電流が流れている、ルークは雷の魔法で筋肉に刺激を与えてさっきの様な爆発的な突進力を得たのだそうだ


「身体を鍛えてないと、副作用で筋肉痛が···助けてください」


「よし、助けてもらった礼だ。アタシが連れてってやるよ」


(そういえばリズは雷の魔法を得意としてたな、このアタシですら避けれない特攻の一太刀の秘訣はそういう事だったのか)


 今度はディアナに連れて行かれ寝かされる


「すみません、情けない所ばっかりで」


「寮にあった塗り薬で良いかい?それにアンタは全然情けなく無ェよ、逆にリズがそこまで慕ってるのにも剣を交えて分かったしな」


「ダメおじ萌えですか?」


リズアイツの場合はギャップ萌えだろうな。ほれ、脚出しな」


 ディアナはルークの脚を見て驚いた、どう見ても歴戦の歩兵の様なぶっとい脚をしている。ふくらはぎなんてディアナの両手でも届かない


「アンタ本当に魔法使いかい?」


「一応魔法使いですよ、よく調べ物で図書館内を歩き回りますからそのせいでしょうね」


「そうなんだね、しかしこの塗り薬スースーするしいい匂いだね」


「鎮静効果と冷却効果でミントとハッカを入れてみたんです、打ち身や筋肉痛や捻挫に良いですよ」


「これアタシも欲しいかも、普通の軟膏って変にクセが強いンだよね」


「あー、分かります。よろしければ今度店に出しときますよ」


「逆にさぁ、匂いがしない痛み止め軟膏って無い?任務中に隠れてる時って結構気にするンだよねぇ」


「そうですねぇ冒険者あるあるですよねぇ」


 そこへ勢い良くドアを開けて1人の魔法使いが入って来る


「ここに居たのか!」


「え···兄?バッシュ卿とルークさんが?」


でしょう、ボクに兄弟は居ません。誰かと勘違いなさって居られるのでしょう」


剣竜ディアナ、席を外せ。私は兄上に用がある」


 ディアナが居心地が悪くてどうしようかとルークにアイコンタクトする


「ディアナさん、運んでくださってありがとうございました。しばらく人払いをお願いします」


「へいへい、喧嘩はほどほどにしときなよ?」


 ディアナが部屋の外に出て、今度はロックスと2人だけとなる


「全くあのモンド卿青ダヌキめが余計な事をしてくれる」


「余計な事ではありません!この三十数年どれだけ心配したか!」


「モンド卿に言われるまで動かなかった方にそんな恩着せがましい台詞を言う資格なんぞありませんよ」


「お前が勝手に出ていった所為で私がどれだけバッシュ家の為に苦労したかも知らない癖に!そんな無責任だったとは知りもしなかった!」


 ロックスはルークに言ってはならぬ罵詈雑言だと即座に気付き、謝罪しようとしたがルークは穏やかな表情で筋肉痛で痛む身体左腕でロックスの右手を弱々しく掴んだ


「バッシュ卿···その怒りを忘れてはなりません。バッシュ家にとって都合の悪い跡取りだと前当主様とボクが分かったからなんだ。今だから教えます···ボクの無能の証を真贋トゥルースの魔法は使えるね?」


「それと何が」


「黙って見るんだ」


 ロックスは言われた通りに真贋トゥルースの魔法で見ると血で描かれたマグナ・カルタ王家の紋章がルークの心臓の辺りで鈍く光っている。それは···


「呪い?···それか封印···」


「どっちかは知らないよ、でもそうするしか無かった原因がボクにあったんだ」


「そんな!」


「でも···子供心には辛かったなぁ···」


 ロックスは何も言えなかった


「バッシュ家をお願いします、それが愛されなかった不幸者のたった一つの願いです」


「兄上···」


「この部屋出たら二度とボクをと呼ぶんじゃないぞ。ルーク=バッシュはあの時に死んだ、ここに居るのはソックリさん、クローン実験体、ドッペルゲンガーのどれかだ」


「いや、さすがにそれは無理がありすぎる」


 冒険者達はルークの筋肉痛からの回復を待って地下二階までの探索を行う事となった。出て来たとしてもランク的にはコモンかアンコモンレベルなので剣聖レオン剣竜ディアナは互いに打ち込み稽古や鉱夫寮から山頂への往復する修行をつけつつモンスターへの警戒をしていた


「あー···お騒がせしました」


「お、もう歩けます?」


「どうにかこうにか、明日には探索に出れそうです」


 そこへディアナが山頂から降りて来る


「お?ちょうど良かった」


「何かあったんですか?」


 ディアナは背中の荷物を下ろし、水を1杯飲んでからルークに


「アタシの勘だけど坑道からヤバい気配してない?」


「ふむ···ならば調べてみましょう。探索に入って居られる皆さんを一度撤収させてください」


 ルークの指示のもと、冒険者達は寮に戻り物事の大小に関わらず地下二階までの情報をまとめる事が出来た


 そしてルークは地下三階の異変を確認する為にレオン剣聖ディアナ剣竜を連れて坑道に向かった


「アタシが先導でレオン師匠殿しんがりお願いします」


 坑道には地下三階入口までの最短ルートへ壁沿いに淡く緑色に光る[ミドリヒカリゴケ]が付着しているので迷う事無く下りる事が出来た


「しかしヒカリゴケって便利だねぇ」


「ランタンや松明の方が明るいし楽なのでしょうが、如何いかんせん不測の事態になると維持が難しいンですよね。何せ我々は手が二つしかありませんから」


 ルークの何気ないジョークにレオンとディアナは思わず笑ってしまう


「さて、始めますか。御二方、ランタンの前に武器を持って立ってください」


「どうするんですか?」


「御二方のを少し拝借します」


 するとランタンに照らされたルークとレオンとディアナの影が本体から抜け出してそのまま地下三階に向かって行く


「今[影法師シャドゥサーバント]を作って維持してますので護衛をお願いします」


「もし、影がダメージ受けたらどうなるんだい?」


「影に触られた感触は本体と同調リンクしますが、ダメージは術者ボクに来ますので安心してください」


「師匠、そういえばあれから騎士団リズ達来ないけど、どうしたンですかね?」


「どうなんだろうね、ルークさん知ってます?」


「ボクの頼みで帝国暦を調べてもらってます、さすがにボクなんかじゃ帝国図書館なんて一生入れませんから」


 そんな事は無いと思うと心の中でツッコみながら、ときどき坑道内を歩き回る低ランクの魔物に目で威嚇しメンチ切って追い払う。しばらくして


「これはまずい」


「ルークさん、どうかしたんですか?」


「当面地下三階の探索は中止します、恐らく遺体回収も難しいでしょうね。撤収の支度をして下さい」


 いつの間にか三人の影は元に戻っている。ルークはL字の釘とハンマーそして白く細く長いロープを取り出した


「帰るのは良いが説明してくれ!」


 ディアナの問いにルークは手際良く釘を打ち付け、その釘に引っ掛ける様に白いロープをまるで魔法陣の様に編み込んで仕上げに青い瓶に入った水をぶっかける


「簡易的ですが結界を張りました、あの階層地下三階怪物が居ます」


「そんなモン、アタシ等が退治してや···師匠?」


 ディアナの言葉をレオンが遮る


「影を経由して何かンですね」


「詳細は後ほど、今は急いでください」


 それからルークの手際は恐ろしい程迅速だった。冒険者全員を帝都に戻し、魔術師ギルドに警備用の粘土人形クレイゴーレムを数体配置を要請して3日後。ベトナ山にルークをはじめ騎士団長リズ、賢聖アルテア、剣聖レオン、冒険者副ギルマスのマクトミン、そしてマグナ・カルタ帝国のエーリッヒ第一王子までもが顔を並べていた


 そのエーリッヒ王子に対してルークは土下座をしている


「ここは城では無い。ローディス、顔を上げ忌憚無く申せ」


 リズとレオンはルークから血の匂いがする、恐らくどこか怪我をしたのかとその時は高を括っていた。そのルークは頭を下げたまま


「恐れながら殿下には大変心苦しいのですが、ベトナ鉱山を閉鎖して隔離して貰いたいのです」


「アルテアから聞いた、地下遺跡の事だな?」


「それもございますが尋常じゃない異形の存在を見つけてしまいましたので現在結界を張っております」


 レオンはあの時のだとすぐ理解した


「それは労働者や近隣住民、そして冒険者達を守る為···そう言うのだな?」


「御意、私一人の独断で国益を損ねるのは誠に申し訳無く。全ての罪を私に背負わせていただきたくお願い申し上げます」


 リズはルークを止めようと動きたかったが騎士団長という立場上エーリッヒ王子の前で勝手な事が出来るはずも無い


「賢聖アルテア様、マクトミン様。決してベトナ鉱山の探索はなさらぬ様重ねてお願いします」


 エーリッヒはルークがこちらを見ていないのを良い事にリズを呼びつける


「なんでございましょうか?」


「もし自害しようとしたり、怪我を負ったら即時に助けよ。彼を亡くしてはならん」


「はっ」


 ルークは坑道の入口に立ち灰色の粉を辺りに振り撒いた、粒が細かいのか煙幕の様にルークの姿を隠した時アルテアはルークの真意に気がついた


「ルーク!早ま···」


 大音響と共に爆発が発生し瓦礫が入口を塞ぐ、そして爆発の衝撃波でルークは弧を描き鉱夫寮の壁に叩きつけられた


「先···生?先生!先生ーっ!」


 リズは半狂乱になり今だ開通している転移魔法ゲートでエーリッヒ王子とマクトミンと共に帝都へ戻り、アルテアとレオンが残された


「アイツ···基礎魔法しか使えないンじゃ無かったのか?」


「あやつは基礎魔法の発火ティンダーしか使っておらんよ」


「いや発火ティンダーって爆発しないでしょ!火薬でも撒かない限り···でも火薬の匂いはしてなかったしなぁ」


爆発だよ、仕掛けはコレだ」


 アルテアはルークの持っていた皮袋をレオンに渡す、中には小麦粉と細かい炭の粉末が混ざったものが残っていた


「粉が爆発するのか?確かに燃えそうだけども」


あやつルークの知識は大したものだ。それとレオン、ルークから何か聞かされておるのだろう?」


「聞いてはいるが、一つだけ約束して欲しい···鉱山のゴーレム見張りが倒れたら即座に俺かディアナ剣竜に連絡して欲しい」


「良かろう」


 レオンはアルテアにルークが見たままを報告する


合成獣キマイラの巣じゃと?」


「あの時ルークさんが見たのは地下三階に巣食うゴブリン達をエサにしている通常の三倍はデカいミノタウロスとレッドドラゴンの融合体だった」


「それでルークは独断で結界を張って鉱山を封鎖したのか」


「俺やディアナ剣竜でもちゃんとした装備と支援が無いと対応は難しいな。それに···」


「ワシ等が後ろ立てて本当の事を言っても信じて貰えぬと判断し、命懸けの人柱を敢行しおった」


「悔しいですよね、あの騎士団長リーゼロッテですら動けなかったのは」


「無理もない、あの爆発が無くともエーリッヒに諫言して死ぬ気だったからな。気付いておったのだろう?」


「まさか···を詰めてた?」


「今どき極東のサムライでもせんわ、誰もルークあやつの死など望んでおらんし責任の取り方が古いっ!」


 見た目は少女だがレオンよりかなり歳上に[古い]とか言われるルークに同情しか出来なかった

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