第1話 負け知らずの勇者と、弟子(2)

「珍しいですね、イストさんが教会に来るだなんて。ようやく仕事する気になったんですか?」


 教会の受付係は、けだるげな顔で対応する。


 「聞いてくれ。俺の家に妙な魔道具が教会から送り付けられた。なんか知らないか?」

 「ああ、それを送り付けたのは私ですよ。」


 彼女は言った。


「おまえか!!」


 俺はどんな人にも容赦はしない。それがたとえ名前の知らない女性だとしても──

 拳を振り出す俺を前に、彼女は口をはさむ。


「いいんですか? ”勇者”が市民を殴って。そんなことをしたらイストさんに送られる支援金は停止されることになりますよ。」


 俺の拳は止まった。くそっ! 一発入れないと気が済まないのに理性が俺を留める……! 俺のライフラインを人質にするなんて……!


「っはあ、はあ……。なあ、ひとつ聞いていいか?」

「なんでもどうぞ。」

「どうしてあんなものを贈ったんだ?」

「あなたなら怒りに身を任せて教会に足を運ぶと思ったからです。まんまと来てくれましたね。」

「っ! いや、おさえろ俺……。」

「さて、自警団からの依頼がたまってますよ。どれにしますか?」


 彼女は変わらぬ面様で依頼を紹介する。


「北の森に出現した魔物の群れの盗伐なんかはどうですか?」

「いや、俺は──」

「イストさんは勇者で、世界最高の剣豪なんですよね。このくらい簡単なはずでは? もしかして、もっと難しい依頼を所望ですか?」

「だから──」

「まさか、引き受けてくださらないのですか?」

「そうだよ、やるわけないだろ」


 俺が拒否すると、大きなため息をついた。

 

「はあ……。イストさんは、最近ひとつも依頼を受けてませんよね?本部からかなりの苦情が来てるんですよ。このままだと本当に支援金を打ち切られます。」


「……やだね。俺は仕事をしない。」


 彼女は苛立ちを隠そうともしない。


「どうしてなんですか。」

「ほら、俺ってニートだし。」

「あなたは勇者なんですよ。勇者が戦わなくてどうするんです。」

「やりたくないったらやりたくないんだよ。」

「はあ、いいですか。勇者は特別なんです。勇者は死んでも復活できるんです。この世界で、勇者だけが死ぬことを許されてるんです。だからこそ、勇者にしかできないことがたくさんあるんですよ。」

「少しくらいサボる勇者がいたっていいだろ。この街には俺以外にも勇者がいるんだ。」

「……勇者は希少なんです。勇者になることの難しさはあなたならよく知っているでしょうに……!」


 勇者とは、みんなに認められ願いを託され、初めて勇者になる資格が与えられる。

 俺は剣が強かったからみんなに認められ、勇者になれた。でも、誰にでもなれるものじゃない。

 勇者は、選ばれたものにしかなれない。

 

 でも……。

 

「……怖いんだよ。俺は。」


 俺は絞り出すように言う。

 

「怖いって、何がですか。死んでも生き返れるというのに。誰よりも剣が強いあなたが、何を恐れてるんです?」

「誰だって怖いだろ。負けんのは。誰より強いって言われても、死なないって言われても、そんなのはやってみなきゃわかんない。」

「そんなことありません。あなたは勇者なんですから。」

「勇者だからって、なんでも出来るわけじゃないってんだよ。あ〜あ、なんでわかんねえかな……」

 

 彼女は少し目を伏せる。

 

「……困りましたね。せっかく呼び出せたのに、仕事を引き受けてくれないだなんて。」


 

 少しの沈黙の後、彼女は何かを思い出したようで、俺に向かって話し出した。


「そういえば、イストさん。最近、勇者志望を名乗る女の子が教会に来るんです。それも毎日のように。なんでも、勇者の弟子になりたいんだとか。」

「へえ、それは珍しいな。」


 勇者が弟子を取るなんて話はあまり聞かない。理由は単純で、勇者は常に忙しいからだ。

 

「少し話してみてはどうでしょうか。どうせ暇なんでしょう?」

「やだよ。怠け者の俺に話せることなんてないだろ。」

「しかし、この街にいる”氷の勇者”も”破城の勇者”も遠征中ですし。」

「……俺しかいないって?」

「ええ。どうですか?」


 本当はやりたくない。だが、ここで楽な仕事を引き受けといて教会にいい姿勢を見せておくのも悪くない。

 そうだ。適当な無理難題を押し付けて、付いて来られなかったとか言って追い払おう。教会も本気で弟子にしたいとは思ってないだろう。


「……いいぞ、引き受ける。」

「ありがとうございます。」

「その弟子候補はどこにいるんだ?」

「ああ、その子ならどうせすぐ──」


 突然、ドアが開く。

 

「こんにちは! 今日こそ勇者の弟子になりに来ました!」


「──来ましたね。」


 ──


 勇者志望を名乗る子は、歳は15くらいか。背丈は小さく、長く美しい金髪で、おおよそ戦えるとは思えないが、腰には剣を携えている。


「勇者になりたい……? お前が?」


 俺は、訝しむ目で彼女をのぞき込む。


「はい!」

「まだガキじゃないか。」

「子供じゃないです!」


 すごく勢いのある子だ。真っ直ぐで、だからこそ勇者なんて目指しているのだろう。


「ルミネさん。こちらが剣の勇者、イストさんです。」


 受付係の人が、その少女に俺を紹介する。


「まさか、勇者様なのですか!? えっと、ルミネって言います!」

「……俺はイストだ。」


 若さゆえか、その初々しさが輝いて見える。きっと、何も知らずに勇者に憧れ、飛び出してきたんだろう。


「イストさんは、記録上負けた事が一度もない事から、負け知らずの勇者、とも呼ばれてるんですよ。」

「そうなんですか! すごいです!」


 ルミネはキラキラした顔で俺に向き直る。

 その明るさは俺にはまぶしすぎる。

 

「否定はしないが、その呼び方はやめてくれないか?」

「わ、わかりました……。」


 少ししゅんとしてルミネは納得した。

 

「……勇者になりたいんだっけ?」

「はい、私は勇者になります!」

「ルミネは、何ができるんだ?」

「えっと、私は上級剣術まで修めました。あと、光魔法も、少しだけですけど使えます!」

「ほう。上級剣術まで……。光魔法は、どんなのが使えるんだ?」

「えっと、まだちょっと眩しい光源を出すくらいのことしか出来ないんですけど、まだまだこれからで──」


 上級剣術は修めるだけで一人前と呼ばれる。光魔法だって使い手は希少だ。ルミネはそれだけの努力と才能があるのだろう。

 だけど、足りない。それだけじゃ、勇者になれない。

 勇者は、みんなに認められなきゃなれない。それだけの強さを、頼り甲斐を、見せなきゃならない。

 

 上級剣術のその上は、厳しいだろう。ある程度までは強くなれても、その上の世界ではいつか通用しなくなる。

 そもそも剣の強さで勇者になるのなら、俺に匹敵するほどでなきゃならない。光魔法に関しては、まだ途上だ。


「ルミネ。」

「は、はい!」

「お前は、どうして勇者になりたいんだ?」

「理由、ですか?」

「ああ。」

「それは、みんなを守るためです。だから、私は勇者にならなければなりません。」

「……そうか。」

 

 きっと、ルミネは勇者にはなれないだろう。

 どれだけ素晴らしい志を持っていたとしても。自分の意思だけでなれるものじゃない。


「じゃあ、修行しないとな。」

「弟子に、してくれるのですか!」


 ルミネは顔を明るくした。飛び上がる寸前だ。


「いや、まだだ。ルミネには試験を課す。」

「……しけん?」

「そう、試験だ。」

「それって……どんな試験ですか?」


 ルミネはそう訊ね、俺は答える。

 

「日没までに、スライムを百匹狩ってこい。」

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