イーストウッドの勇者たち

一章 剣の勇者と、その弟子

第1話 負け知らずの勇者と、弟子(1)

 勇者は死んでも死なない。勇者を信じる民のために、神々の奇跡を借りて何度でも復活する。

 勇者は、人に、神に認められた、特別な存在なのだ。

 

 そんな勇者の一人である俺は、ろくに戦いもせず、故郷で自堕落な生活を謳歌していた。

 

「い、イスト様ぁ〜、いい加減起きてくださ~い……」

 

 まどろみの中で声が聞こえる。俺のメイドであるノノが起こしに来た。

 ノノの殊勝な心掛けに免じ、少しだけ起きてやってもいいかと思い、目を開ける。視界には彼女の特徴である、三つ編みに結った赤毛と大きな胸が揺れている。


「あ、起きましたか?」


 ノノはベッドで横になった俺に顔を近づけ、起床を確認する。

 ノノの目には、黒髪黒目の青年の姿が映る。

 

 そうだ。昨夜は確か飲みに行って、深夜に帰ってそのまま寝たんだっけ。

 二日酔いとかではないけれど、起きたらやらなきゃいけない仕事があるから憂鬱だ。最近はその仕事すらさぼっているわけだけど。

 しかしまあ、そうしたつらい現実から目を背けるためには、眠り続けるしかないんだ。


 俺は目をつむる。

 

「な、なんでぇ〜! 起きてくださいよぉ〜! もうお昼じゃないですか! そろそろ起きてくれないとノノが困るんです!」

 

 目をつむった俺に対し、ノノは俺の肩に手を添え、揺すり起そうとしてくる。

 

「ノノ、おやすみ……もうちょっと寝かせて……」

「そうはいきません! 早く起きて仕事してもらわないと……。イスト様は、勇者なんですから!」


 思い出したかのように、ノノは言葉をこぼす。

 

「イスト様は勇者なのに、最近はろくに外にも出てませんよね。たまにお出かけしたかと思えば酔っ払って帰ってきて……。勇者なら、人々のために戦うべきです! イスト様はそれだけの強さがあるんです!」


 耳が痛い。そんなに言わなくてもいいだろ。

 

「もう、イスト様はいつも寝てばっかりです! そこで、ノノは考えました! この目覚まし時計を使えば、絶対に起きたくなるそうです!」

 

 ノノはそう言って、目覚まし時計を取り出す。


「ふむふむ……、この目覚まし時計は魔道具のようです! 何が起きるか楽しみです!」


 こいつ、自分が使う魔道具のことよくわかってないのか? なんてやつだ。

 

「さあ、そろそろです!」

 

 ノノが直接起こすのならば目覚まし時計を使う意味がないのでは……?

 そう思うが、意地を張って寝入ってしまったので、今更ツッコむこともできない。

 

 ──そうして間もなく、目覚まし時計が起動する。

 

「は、はわ! 目覚まし時計に脚が生えて……! ひぃ!」

「……脚?」

 

 ……流石に何があったのか気になる。

 目を開けてみると、二足歩行する大きめな目覚まし時計が、ノノに背を向け、ベットに伏せる俺の前に立ちはだかる。


 は? なんだよこれ。これが目覚まし時計の姿か!? この脚の生えた歪な化け物が!?


「あうう、前が見えません……」

 

 ノノは驚いて腰を抜かし、転げているようだ。

 

『ウィーン……』

 

 目覚まし時計から妙な機械音が鳴ると、生えた脚の間から筒が伸びる。

 ……嫌な予感がする。だめだろ。股間に筒が生えちゃ。


 そして、その予感は的中する。

 

 『……放水を開始します』

 

「ま、まて、そのまま発射すると俺にかかって──」

 

 ジョボボボボッ!

 

 筒から水が勢いよく放たれる。その先にはもちろん俺がいて、身体に直撃する!

 

「イスト様! こ、この音は……? 一体なにがおきてるんですか!?」

 

 ノノは何が起こっているかわかっていない様子。

 

 そんなことはお構いなしに、目覚まし時計は俺に水をかけ続ける。

 

 「なんなんだこの目覚ましは……!」

 

 くそ、こんなの売っちゃダメだろが! 作ったの誰だよ!

 

「斬る……!」

 

 俺は近くに置いてある剣を抜く。

 チャキ、と鞘と刀身がこすれる音を鳴らす。


「イスト様、なにをしようとしてるんですか? まさか、時計を斬ろうだなんて思ってませんよね? 魔道具はそれなりに高価なんですよ!」

「値段なんてしらねえ! 俺はこの時計を斬る!」

「ちょっとまってくださ──」

 

 ノノが何やら言っているが、俺は一切無視して時計を斬った。

 

「……やっと止まったか。」

「イ、イスト様ぁ……! 壊すなんて……! もったいないです!」

「ノノ、お前……!」

 

 俺は立ち上がり、ノノを凄む。

 

「ひ、ひぃ! 怒らないでください! でも、イスト様が起きてくれてよかったです!」


 仮にも勇者である俺が剣を抜いたというのに、軽口を言えるノノは本当に度胸がある。

 俺は彼女のそうした部分に助けられるときもあるのだが、口に出すのは癪だ。

 

 

「イスト様、それにしてもどうしてそんなにびしょ濡れなんですか?」

 

「お前、見てなかったのか!? 目覚まし時計がこっちに歩いてきたと思ったら、水を出してきやがった!」

「イスト様はおかしなことを言いますね。いくら魔道具といえど、目覚まし時計に水を出す機能があるわけないじゃないですか。ノノは騙されませんよ!」

「そもそも目覚まし時計に脚は生えないし歩かねえだろうが!」

「? それとこれとは別ですよ。」

「じゃあお前はこの状況をどう説明するんだよ!」

「そうですね……」

 

 ノノは手を顎に当て推理を始める。

 

「立ち上がる目覚まし時計、眠りから目覚めるイスト様、水に濡れたベッド、さらにさらに、びしょ濡れの寝巻とパンツ……。真実は見えています!」

 

 ノノは、自信に満ちた顔で言った。

 

「ズバリ、ご主人様はおねしょをされたのです!」


 ──

 

 頭に大きなたんこぶをつけたノノが頭を下げる。

 

「ご、ごめんなさい、誤解だったんですね……。」

「……わかったならよろしい。」

「絶対に、絶対に、誰にも言いませんから……! だから、安心してください……!」

 

 こいつ、本当にわかっているのか?

 ……まあいい。

 

「それにしても、このガラクタはどこで買ったんだ?」

「えっと、この目覚まし時計は貰い物なんです。なのでどこで買ったかはわかりません。あと貰い物にガラクタだなんて失礼ですよ!」

「そうだったのか。このゴミは誰から貰ったんだ?」

「ゴミって、余計にひどくなってませんか! これは教会の贈り物なんです! あんまり言ってると怒られちゃいますよ!」

 

 教会とは、神々と勇者について研究し、広めるために教えを説く組織だ。

 勇者である俺は、かなりお世話になっている。確かに贈り物があってもおかしくはないが。

 しかし、この目覚ましを俺に送り付けたのはなぜだ。なんのいたずらだよ。

 

「ノノ、今日は外出する。」

「日が昇ってるうちに外出するなんて珍しいですね。どこに行かれるんですか?」

「……教会。今日は教会に行かないとな。」

「教会……? あっ! お礼をしに行くんですね! ありがとうをきちんと言うのは大事です! 流石ですイスト様!」

「そういうことだ。」

 そういうことではないが。

 

「だから、ノノ、家のことは頼んだぞ。」

「はい! ノノはイスト様の帰りを待ってます!」


 今日の目的が決まった。教会に殴り込む。

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