負け知らずの勇者

あきね

プロローグ

 ――二秒。それが、この国最高の剣士と謳われた近衛騎士団長がのされるまでにかかった時間だった。

 


「試合開始――」

 

 俺は試合開始と同時に距離を詰め、そのスピードに驚いた彼は咄嗟に横に薙ぐ。俺は剣を添わせて払う。そして刹那の隙もなく攻撃に転じた。

 その剣は余りにも疾く、この会場の誰にも捉えることは出来なかった。気づいた時には勝負は決していた。


「し、勝者、イスト!」


 会場は唖然とし、静まり返っていた。決着から少し遅れて発された審判の声だけが響き渡る。

 誰も予想していなかっただろう。この国最大規模の剣術大会の決勝が、これ程までに圧倒的な結果になるだなんて。


 俺も、こうなるとは思っていなかった。

 

 ――まさか、国最高の剣士がこんなにも弱いだなんて。


「はぁ、はぁ、強いとは思ってたけどここまでとは……。悔しいけど、完敗だよ。」


 彼は立ち上がり、俺に手を差し出した。

 それに応え、握手をする。


「……ありがとうございます。」


 俺は慣れない敬語を使う。

 

 俺はこれまで負けたことがなかった。

 けど、俺の師匠は、負けを知れば自分を知れると言った。だから俺は、負けの味を知りたくてこの大会に参戦した。

 近衛騎士団長は、最強だと聞いたから、俺を負けさせてくれると思っていた。

 けど、そんなことはなかった。

 

「君は本当に強い。近衛騎士団には興味ないかい?」

「いえ、俺はまだ将来の事とかよくわかんなくて……」

「はは、確かに。君はまだ成人もしていないんだったね。」


 俺はこれまで、何も考えずに剣を振ってきた。これからどうするのかとか、何も考えずに。

 俺は、自分のことがわからない。

 けど、俺はそろそろ、この先の事を考えなきゃいけないんだろうか。


 近衛騎士団長は話を続ける。

「……でも、君程の強さがあるのなら、何にでもなれるだろうね。もしかしたら、勇者にもなれるかもしれない。」

「……勇者?」

「そう、勇者さ。この国にも何人か勇者はいるけれど、剣だけで勇者になった人はいない。でも君なら、私にもなれなかった勇者になれるかもしれない。みんなを守る使命を持った、神々に認められた存在である、栄光ある勇者に。」


 勇者。考えたこともなかった。

 俺はこのまま流れの剣士になって、必要な時に剣を使い食っていくんだと思っていた。色んな人に出会って、すぐに忘れられる、そんな存在になるんだと思ってた。

 

 ……勇者か。勇者も、悪くないかもしれない。この剣が、みんなを守るためになるのなら。みんなに忘れられない、そんな存在になるのなら。

 将来、勇者になるのも悪くはないな。

 

 ――俺は、この時はまだ知らなかった。勇者になるということ、その使命と、責任を。


 ――

 

 俺はその後勇者となり、暫くして故郷イーストウッドへと戻った。

 

 勇者イストは、未だに敗北を知らない。

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