第9話 横に立つ人はただの護衛です
大きなテントが並ぶ広場でロッソは一人でたたずんでいた。彼は頭に鉄製の兜をかぶっていた。
「うーん…… 前が見づらいな。まったく! あいつはなんだって村に入るなり兜を付けろなんて……」
カルア村の中へと入るなり、ロッソはシャロの命令で軍人時代に着けていた鉄製の兜をかぶらされた。さらに外から目が見えるとダメとシャロに言われ、目を隠すように深く斜め前にかぶっていた。
「ふぅ…… しかし、村が近くで良かったな。遠かったらシャンプーの瓶のことネチネチ言われるんだろうな」
周囲を見渡しつぶやくロッソだった。カルア村は森を切り開いた土地にある大きな村だ。木で組まれた強固な壁が村を囲み。森でとれる薬草を目当てに行商人や冒険者が頻繁に訪れるため、村には商店や宿屋が並び賑わっている。土地は広く高い建物もあるカルアは、村というよりは森にある町のように発展していた。
ロッソはシャロに連れられ、カルア村の村はずれにある祭壇の前にいる。シャロはロッソを残し、祭りの手続きをするために、祭壇のすぐ横に建てられた屋根だけあるテントへ入っていった。テントは長い机が並び中年の村人がシャロと会話をしていた。
「もう少しかかるかな」
机の前で村人と会話する、シャロの様子を見たロッソは、彼女に背中を向けると祭りの準備をする人々をみつめる。
「懐かしいな。この雰囲気が好きなんだよね。」
ロッソはこのワクワク感に包まれ、準備をする雰囲気が好きだった。魔王討伐軍でも慰労のために祭や宴会とか計画されみんなで準備をしていたことを思い出し懐かしんでいた。
ロッソがいる祭壇は、村はずれの小高い丘の上にあり、祭壇の前がかなり広い広場でそこが祭りの主会場となり屋台が並び会場の飾り付けが進む。
「そういえ…… 他にもサーカスが来てるんだったよな。後で行ってみようかな……」
花で飾りつけられた、祭り会場のゲートを見てつぶやくロッソだった。
「おにいちゃん! ちょっと来て!!!」
「えっ!? うわ!?」
テントの中で仕事の手続きをしていた、シャロが出てきてロッソを大声で呼ぶ。慌ててシャロの元へ来たロッソをの手をつかんで、シャロは彼をテントの中へと連れていく。
「なっなに?」
「ちょっとね。おにいちゃん何も言わないであたしの横に立ってて!」
「はぁ!?」
シャロに手を引かれロッソは、長机が並べて作られたカウンターの前へと連れて来られた。長机の奥に村人が一一人おり、シャロはその村人の前に立った。
「あっあの…… こっこの人は?」
言われた通りロッソは、シャロの横に黙って立つ。シャロの横に立つロッソを見上げ村人は声を震わせる。
「うん!? あたしの
「えっ!? はっはい……」
両手を机につき身を乗り出してシャロは村人を話す。彼女顔は笑顔でだが目は、真剣な眼差しで鋭く村人を威圧する。
シャロはまつ毛が長く目も大きくやや横に長いため目力が強い。逆にロッソは同じ兄妹なのに目だけは優しいねと言われるほどだ。シャロに見つめられた村人の目は泳ぎ、明らかに動揺していた。シャロはにっこりと笑いながら振り返ってロッソに手を向けた。
「それをこの人に説明してくれますか? 彼は重要なパートナーなんで! 出来ますよね?」
「あっ!? えっ…… その…… もうその話はいいんでこちらにサインを……」
「あらぁ、いいの? わかったわ」
ロッソを見ながら声を震わせて村人が、書類とペンをシャロに差し出す。
シャロはわざとらしくとぼけた感じで、ペンを受け取って書類にサインをした。ロッソはシャロと村人のやり取りの間ずっと言われたとおり、黙って彼女の横に立っていた。
「じゃあ行きましょうか。じゃあねぇ」
サインが終わるとシャロは笑顔で、村人に手を振った。ロッソがシャロとすれ違うと彼は黙って、村人に背を向け一緒にテントを出ていく。テントを出るとシャロは大きく息を吐いた。
「ふうぅぅぅぅ…… ありがとうね。おにいちゃんが来てくれて助かったよ」
「俺は立ってただけだぞ。どうしたの? 何かったのか?」
「うん? あぁ…… 祭りの
不満げにテントに視線を向けるシャロだった。祭りの期間中に村の宿に宿泊すると、安いところでも二人で十リロはかかる、祭りは二日なので半額を寄付すれば、シャロの収入ほとんどなくなってしまう。ロッソはシャロの話を聞き呆れた様子で口を開く。
「それはひどいな。みんなそうなのか?」
「ううん。多分あたしにだけ言ったんだと思う。だからおにいちゃんに来てもらったのよ。おにいちゃんは大きくて怖いからね」
「怖いとは失礼だな…… あっ! それで俺に兜と深くかぶれって」
「へへぇ、当たり! おにいちゃんは目が優しいから隠さないと怖くないでしょ!」
ロッソの前に出たシャロは振り返りいたずらに笑って舌を出す。しかし、すぐに笑っていた彼女は急に暗い顔になってうつむいてしまった。ロッソは心配そうに彼女に声をかける。
「どうした?」
「師匠が言ってた通りだ…… 女の踊り子が一人だと舐められて
「そうだな……」
シャロの師匠は踊りの技術以外に、処世術みたいなものもシャロに教えてくれたようだ。ロッソは優しく彼女の頭を撫でふと手を止めた。
「うん? でも俺がいなかったらお前どうするつもりだったんだ?」
俺の質問にシャロは顎に手を置き難しい顔して悩んでいる。
「そうねぇ…… 仕事を断って商業ギルドに言いつけるしかないかな。商業ギルドから村も睨まれたくはないだろうしね」
「でも、それだとこの祭りの仕事はできなくなるな…… やっぱり俺がついて来てよかっただろ?」
胸を張ったロッソは笑顔で、自分の事をさしてシャロに問いかけた。チラッと彼のことを見た、シャロの眉間にしわが寄る。
「なっなんだよ。俺がいたから
「うーん…… そうだね。そういうことにしとくよ」
「何だよ。しとくって…… おっおい。待て」
右手をあげシャロはさっさと歩き始めた。ロッソは慌てて彼女を追いかけて横に並ぶ。ロッソとシャロは丘の上にある祭りの会場から出て、村の中心部へと下りる階段へ向かうのだった。
「手続きも終わったし宿に戻るか」
「待って! おにいちゃん。あのね。この村にサーカスが来てるんだって! 行ってみようよ」
階段の上から、村の外れにある大きな赤や黄色やピンク色のテントを指さし、シャロは目を輝かせサーカスに行こうとねだる。さすがに兄妹というべきか、シャロもロッソ同様にサーカスに興味があったようだ。
「でも…… まだ準備中じゃないかな? 祭りは明日からだし……」
「いいの! とにかく行ってみようよ」
「あっ! こら!」
シャロがロッソの手をつかむと村の外れまで引っ張って行く。
にぎやかな村の中心部を抜けた少し先に広い空き地があり、目の前には大きくて派手なテントが見えてきた。テントの周りでは、設置の作業をしてるサーカスの団員が見える。空き地の入口には立て看板が置かれていた。ロッソとシャロは看板に書かれている文字を見た。看板には大きく綺麗な字で宣伝が書いてある。
「”驚愕!? ブリザードジャガーの火の輪くぐり! さらにガーゴイルとハーピーの空中ショーがあつい! グローリーサーカス団! ”か……」
宣伝文句を読むロッソ。その下に公演の日付が書かれており明日からのようだ。一緒に看板を見たシャロも看板を見てがっくりと肩を落としている。
「ほら、公演は明日からみたいだよ。宿に戻ろう」
「ちぇー……」
看板を見て口をとがらせたシャロはつまんなそうに地面を軽く蹴る。子供っぽい彼女の行動にロッソはほほ笑む。
「あっ! おにいちゃん! 見て! かわいいのがいる!」
「おっおい。勝手に中に…… もう!」
何かを見つけたシャロが駆けだし、ロッソは慌てて彼女を追いかけるのだった。彼女はテントの横に停車し馬車へと駆けていく。馬車は荷台が鉄製の檻になっていて中ではブリザードジャガーが昼寝をしていた。
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