第10話 戦って得たもの
荷台が檻になった馬車へと近づくロッソとシャロの二人。檻の中に体長二メートルほどの青色で模様がなく猫のような顔をしたブリザードジャガーが見える。ブリザードジャガーは寝ているのか前脚の上に顎をのけて目をつむっていた。
ブリザードジャガーは氷の魔法を使って人間を襲う魔物だ。しかも、凍らせた人間はそのまま冬を越して夏に氷を溶かして食べたりと知能も高い。ロッソは魔王軍での戦いでブリザードジャガーと戦ったことがあり、その時は雪国で馬の代わりにされてゴブリンやオークを乗せていた。
「お昼寝してる。かわいいね」
ニコッとほほ笑んで寝ているブリザードジャガーを、かわいいと言うシャロにロッソは複雑な顔をする。ブリザードジャガーとの戦闘を経験している彼は、いくら飼いならされているとはいえ目の前にいるブリザードジャガーは人を襲う魔物だということを痛いほどわかっていた。
「あっ! こら!」
楽しそうに弾んだ足取りで、シャロがブリザードジャガーに檻の前に歩いていく。ロッソはシャロを捕まえようと手を伸ばす。
「ダメでーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーす!!!!!!!!!!!」
サーカス会場がある空地を超え村まで響くような、大きな声がしてロッソとシャロはおもわず足を止め両手で耳をふさぐ。
「何してるですか! この子達は調教師にしか懐いてないです! 触ったら怪我します!」
横から駆けて来た少女がシャロと、檻の間で両手を広げて立った。
少女は茶色のボサボサの髪に猫耳が生やし獣人だ。年齢は十歳くらいで、丸くくりっとしたやや垂れ目の黒に近い茶色の瞳をしたかわいらしい少女だ。ただ、やせこけた泥がついて頬に、着ている服も白い布が汚れて茶色くなったボロボロのズボンとシャツというみすぼらしい格好をしていた。
「この子はいったい? しかも…… ひどいことしやがる……」
猫耳の少女の首に逃げ出さないように、鍵のついた首輪が巻かれて鎖がつながっている。鎖はブリザードジャガーの檻の鉄格子につながっている。
「こーらぁ!!! リーシャ! 何してんだてめえは!」
近くにいた胸まで届きそうな大きな顎髭で、頭の禿げた五十歳くらいの中年男が少女を怒鳴りつけた。
「この人達が檻に近づいたから注意したです…… いた!!!」
男は喋っている途中の少女の頭を叩いた。頭をはたかれた少女は痛そうに頭を押さえた。少女が殴られたことに驚いて動けないシャロ、ロッソはすぐに動き男の横に行き声をかける。
「俺たちがこの魔物に手を出そうとしたらこの子が止めてくれたんです」
「いえいえ、いいんですよ。こいつがちゃんと見張ってねえからいけないんです。おらリーシャてめえ! 反省しろ!」
笑顔で申し訳なさそうに男はロッソに答えると、少女を睨み付け拳を握って振り上げた。リーシャと呼ばれた少女はおびえた表情で体を曲げ頭を抱えた。
怯えるリーシャを見たロッソは眉間にシワを寄せ、拳を振り下ろそうとした男の右腕をつかむ。男は驚いた表情でロッソを見る。男の手を掴まれてもリーシャを殴ろうと手に力をいれて震えている。
「なっ何をしやがる…… うっ」
「ねぇ? 俺達が悪いって言ってるんだから…… やめましょうよ!!!!!」
「ぎゃっ!!!」
にこにこと笑ったロッソは掴んだ男の腕を強く握りしめる。男の顔が苦痛にゆがんでいく。つかんでいる右腕から男の力が抜けるのを確認したロッソは手をはなす。男とは右腕を押さえうずくまる。
ロッソはリーシャの前に立ち、男からリーシャを離す。うずくまった男は悔しそうにリーシャを睨みつけていた。
「チッ…… おい! リーシャてめえ早く餌をやっとけよ」
「はいです……」
起き上がりリーシャに怒鳴って命令すると男は背中を向け歩い去って行った。リーシャはロッソの足元にきて小さな声でつぶやいた。
「あっありがとうです……」
「ごめんね。俺達のせいで怒られちゃったね……」
しゃがんでロッソはリーシャの頭を撫でた。だが、リーシャはロッソの顔をみたまま、目を見開いて固まっていた。リーシャは顔をこわばらしておりロッソが怖いようだ。
「おにいちゃん! 兜!」
「えっ!? あぁ! そうだった!」
シャロに言われたロッソは、慌てて自分がかぶっている兜を外した。兜を外したロッソの顔をみたリーシャは歯を見せてニカっとかわいく笑う。
「こわい人じゃなくなりました!」
「はは…… ごめんね」
「まったくおにいちゃんは目が隠れると大きくて怖いんだから気を付けなさいよ!」
「なっ!? そもそもお前が俺にこんな格好させたんだろうが!」
ロッソに向かって呆れた様子で、シャロが注意し彼は言い返す。リーシャは二人の様子を見て笑う。笑ったリーシャを見たシャロも笑うのだった。
「ごめんね。あたしはシャロ・フォーゲルだよ。こっちはあたしのおにいちゃんの……」
「ロッソだよ」
「わたしは…… リーシャです」
「よろしくね。リーシャ」
シャロはロッソの横にしゃがみリーシャに名乗る。リーシャはシャロと握手し嬉しそうだ。すぐにリーシャはハッという表情をして周囲を気にしだす。
「あの…… もうこの子に餌をあげないと怒られるです……」
「あぁごめん。シャロ、もう行こうか」
「うっうん…… ありがとうリーシャ!」
しゃがんでいたシャロが立ち上がり。ロッソはリーシャの頭をもう一度撫でて立ち上がる。撫でる時にロッソの手に当たるリーシャの猫耳は、ふんわりとやわらかくて気持ちがよかった。立ち上がったロッソとシャロ見てリーシャは少しだけ寂しそうな顔をする。手を振って二人はサーカスのテントから宿へと向かうのだった。
「リーシャ…… あんなに小さいのに殴られて……」
「あぁ。かわいそうだったな」
「お父さんとかお母さんとかいないのかな?」
「多分、身寄りのない奴隷なんじゃないかな…… 鎖でつながれていたし……」
宿にむかう途中の道で横に並んで歩いていたシャロがロッソに話しかけてくる。
「えっ!? おい!?」
にぎやかな村の道を歩いてシャロは、急に立ち止まりロッソに抱き着いた。彼の胸に顔をうずめたシャロは小刻みに震え泣き出す。
「ねぇ…… おにいちゃんとキースは世界を救ったんだよね? 魔王を倒したんだよね? なぜリーシャみたいな子が……」
「えっ…… それは……」
ロッソに抱き着いたシャロは泣きながら訴える。シャロはリーシャの境遇に同情したようだ。勇者キースの活躍で魔王軍を退けて世界は救われたこれはまぎれもない事実である。しかし、当前だがそれはリーシャのような子達の境遇を変えることにならない。
世界は救われたけが救われない人もいる。二つの関係のないことだとはわかっているが、ロッソは自分の腕の中で泣く妹の姿に、自分のなしとげたことにむなしさを感じるのだった。
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