第7話 旅立ち

 席についたロッソ、しばらくすると短い黒髪の目が細く暗そうな雰囲気の男が、居間に入ってきて黙って頭を下げて彼の目の前に座った。この男はミハイル、マロンネの夫だ。ミハイルが入ってすぐに、シャロが小さい女の子の手を引いて戻って来た。

 踊り子の格好からシャロは青のロングスカートと白いブラウスに黒のベストの普段着に着替えていた。シャロに手を引かれた、女の子はサマンサという十歳になるマロンネの娘だ。優しい顔と茶色の髪はマロンネにそっくりだ。


「こんにちはサマンサ、久しぶりだね」

「あっ……」

「こら! おにいちゃんは大きくて怖いんだから! 近づいちゃダメだよ!」

「おっおい…… それはひどいんじゃないか……」


 席を立ってしゃがんだロッソがサマンサに笑顔で手を振った。しかし、しばらく会ってない従兄の彼に顔見知りしたのか、怯えた顔でサマンサはシャロの手を離して、キッチンに引っ込みマロンネの足元に隠れてしまった。

 少ししてサマンサとマロンネが食事が始まった。マロンネはロッソの好物を準備し、故郷での久しぶりに食事をロッソは堪能するのだった。しかし……


「はぁ…… ロッソ君が戻ってきたらもう仕送りはなくなるし…… 家も……」


 食事の途中でミハイルがつぶやいた。顔を青くしたマロンネが、余計なことを言った彼を怒鳴りつけた。


「あなた!」

「わっ! すまん…… 違うんだ! 僕は…… 二人がこれからも平穏に暮らせる場所が……」


 ミハイルはロッソが怖いのか、必死にいいわけをしていた。


「ごめんなさい。この人には私が後できちんと立場をわからせるから……」


 マロンネはロッソに向かって必死に頭を下げている。ミハイルを一瞥しロッソはマロンネに小さくうなずく。

 ロッソは知っていた。ミハイルがシャロの面倒を見ていたのは、彼女のことを大事に思っているからではない。家を好き勝手に使えロッソから仕送りももらえるからだったのだ。さらにロッソはマロンからの手紙で、ミハイルが仕送りを頼りにしろくに働いてもないことも知っていた。

 気まずい雰囲気の中、食事は終わりロッソは自分の部屋へと向かう。シャロはロッソの後をついていく。


「荷物も置かずにご飯を食べるなんてお兄ちゃん食いしん坊だね」

「だってみんなが……」


 二人は一緒に二階へ続く階段を上がった。ロッソの家に寝室は三つ、一階の一番大きい寝室をマロン家族三人で使い。ロッソとシャロの寝室は二階だ。階段を上り短い廊下を進むと左右に扉がある。左がロッソの寝室、右がシャロの寝室となっていた。ロッソは家が建て直されてからすぐに軍隊へ入ったため、部屋にほとんど何も置いてなかった……


「おっおい!? なんだこれ?」


 自分の扉を開けたロッソが声をあげた、彼の目に飛び込んできたのは狭い室内に並んだ二つの机とベッドだった。ロッソは自分の部屋に置かれた机とベッドにわずかに見覚えがある。机とベッドはシャロの物だった。彼が振り返ると、気まずそうな顔したシャロが部屋の入り口に立っている。


「シャロ? どういうこと? これはシャロのベッドとか机だろ?」

「うん…… ここね。今はあたしがつかってるの」

「えっ!? どうして? 自分の部屋あるだろ……」

「だって…… サマンサが一人部屋が良いって…… だからあたしの部屋をあげておにいちゃんの部屋をあたしが使っていたの」


 シャロの言葉にロッソは考え込む。彼はサマンサが駄々をこねて無理矢理に、シャロの部屋を取ったのだろうと考えていた。手紙でよくシャロがサマンサは、一人娘でミハイルに甘やかされてるせいか、悪い子ではないんだが少々わがままとこぼしていた。ロッソの予想通りで、サマンサの要求にシャロが折れた、彼女は世話になっているマロンネたちに遠慮したのだった。

 ロッソはシャロの頭に手を伸ばし撫でる。目を大きく見開いてシャロは、ロッソを見つめている。彼女は急に撫でられて驚いているようだ。


「いいよ。じゃあ今日は一緒に寝よう?」

「うん! よかった。おにいちゃんが嫌がるかと思った」

「いやがるわけないだろ」


 首を大きく横に振り、うれしそうにうなずくシャロを、少し強めに撫でるロッソだった。


「ふぅ」


 部屋に入ったロッソは、ベッドに座りそのまま体を倒して天井を見つめていた。天井を見つめな村が変わった村について考えていた。自分の部屋は無くなり、妹は踊り子になっていた。エルシアンの町でも生きて帰って帰って来た帰還兵が邪険に扱われていたりとロッソは少し疲れた顔をする。


「はぁ……」

「おにいちゃん。どうしたの? ため息なんかついて」

「うん? いや、ちょっと疲れただけさ…… うん?! シャロ? なにするの?」

「ほら! 起きて」


 シャロがロッソのベッドの上に飛び乗り、彼の背後へ回り込み体を起こさせる。彼女は笑って軽く拳を握ってロッソの肩に手をおいた。


「へへへ! あたしがおにいちゃんの肩を叩いてあげる」

「えっ!? いいよ」

「大丈夫だよ。遠慮しないで! 疲れてるんでしょ?」


 背後からロッソの肩に顎を載せて耳元でシャロが話しかけてくる。すこし恥ずかしくなってロッソは、遠慮したが断ってもシャロは勝手に肩を叩きを始める。


「へへへ。とんとん」

「もう…… そんな年じゃないんだけどな……」


 嬉しそうにシャロは、リズムよくロッソの肩を叩く。ロッソはシャロがよく父親の肩を叩いてのを、思い出し懐かしくなるだった。


「おにいちゃん…… あのね? お願いがあるの……」


 視線を横に向け背後にいるシャロを見たロッソが笑う。どうやら彼女はロッソを気遣って、肩を叩いたのではなくお願いを聞いてもらうためのものだったようだ。調子の良い妹の行動にあきれながらも、ロッソは自分が不在の間にシャロには寂しいおもいをさせていたので、受け入れようと彼女に優しく声をかける。


「お願いってなんだ?」

「あたしね…… 旅に出たいの!」

「ふーん…… えぇ!? 旅って!? お前どういうつもりだ。俺はやっと帰ってきたんだぞ」


 肩を叩くのをやめてシャロは、静かに旅でたいとロッソに告げた。

 シャロの願いを聞いたロッソはすぐに振り返る。振り返った彼に、シャロがベッドに膝をつきうつむき、目には涙をためている姿が見える。


「シャロ……」


 ロッソを真顔で見つめ、ゆっくりと口を開きシャロが話を続ける。


「あっあのね。戦争は終わったけどまだみんなは沈んでるような気がするの。そんなみんなをあたしの踊りで癒したいの!」

「みんなを癒やすって…… みんなが沈んでるのは戦争が終わって間もないからだよ。いずれ戻る」

「でも…… おかしいの! せっかく魔王を倒したのにみんなギスギスしてるの。おじさんだっていつまでもお金お金って…… 戦争中の方がよかったとかいうのよ」


 ロッソはシャロの話を聞き、ベッドの座ったまま腕を組んで考えていた。

 彼はエルシアンの町の人々のこと思い出していた。彼らはロッソのような帰還兵に向かって、戦争が続いた方がよかったと言っていた。魔王が消えてから人々が争い世の中は荒れている。シャロの踊りで人々を癒したいという気持ちは間違ってない。しかし、村の外は危険だ、シャロを一人で旅をさせられない。


「ダメだ。お前は知らないかもしれないが町の外は魔物や盗賊が居て危険だ」

「大丈夫だよ。町くらいまでなら一人で師匠のところに行ってたし! 全然平気だもん!」

「なっ!? シャロを一人で? もうおばさんは何やってるんだよ。勝手に踊り子にするし村から一人でだすなんて無責任だな」


 以前からシャロが一人でエルシアンの町と、トロッカ村を往復していたと聞き不機嫌になるロッソだった。


「おにいちゃんだってあたしを叔母さんに預けてほっといたんだから無責任じゃん! もういい! 勝手に行くもん!」

「うっ…… 勝手に行くなんて許さないぞ」

「なによ! おにいちゃんだってあたしが行かないで行っても軍隊に勝手に行ったくせに!」

「なっ…… ずっずるいぞ! おばさんの真似しやがって……」

「フン!!」


 マロンネと同じこと言うシャロに言い返せなくロッソだった。腕を組んだシャロはそっぽをむき、ロッソが近づこうとすると逃げる。


「はぁ…… もう!」


 普段のシャロは聞き分けがよく、ここまでかたくななのは珍しい。ただ、昔からこれと決めたらてこも動かず納得させるには彼女の自由にさせるしかない。ただ、町の外は危険で一人旅などもってのほかであることは変わらない。なら、彼の取る行動は一つだった。


「もう…… わかったよ。旅にでていいよ」

「ほんとう? やった!」

「でも、一人で行くのはダメだ。俺もついていく」

「えぇ!? ついて来るって…… おにいちゃん踊りできるの?」

「出来るわけないだろ。でも、俺はお前を守るこはできる。だから俺はシャロの護衛ボディガードとしてついていく」


 ロッソが一緒に行くというとシャロは、額にしわを寄せて難しい顔をして考え込む。


「うーん…… わかった。じゃあいいよ。ただし! おにいちゃんは絶対にあたしに踊り子をやめろとか言わないこと! いい? 約束よ」

「わかったよ。約束する」

「後、あたしがリーダーだからね。あたしの言うことを聞くのよ」

「あぁわかったよ。ただし! 俺は護衛だ。俺が危険だと判断したら言うことを聞くんだぞ」

「えぇ。それはいいわ」


 自分がリーダーと言い張るシャロだった。彼女は同行するロッソが、自分の旅を邪魔しないように予防線をはったのだ。ロッソはごねることなくシャロの提案を受け入れた。危険な一人旅をさせるより彼女の言うことを聞く方が安全だ。話が終わると、嬉しそうにシャロは机から鞄を引っ張り出して服を詰め始めるのだった。

 翌朝、旅の準備をしたロッソとシャロは、居間でマロンネを呼んだ。ロッソはシャロが踊り子として旅を始めることになったこと、旅には自分もも同行することを説明した。

 以前からマロンネはシャロから相談を受けていたようで驚くことはなかった。そして、家はマロンネ達に譲ることを提案した。マロンネは話を聞き、しばらく驚いて固まっていた。少しして驚いた顔ままのマロンネが、ロッソにたずねる。


「本当にこの家をもらっていいのかい?」

「うん。旅に出たら何があるかわからないし誰かに売るならおばさん達に使ってもらった方がいいかなってさ。それにシャロの面倒みてくれた礼もあるしな」

「そっか…… ありがとうね。使わせてもらうよ」


 マロンネは両手を広げ笑顔でロッソとシャロを抱きしめる。


「いい? ここは二人の家だから…… もし辛いこととかあったらここに帰ってきていいからね。わかったね」


 目に涙をため、マロンネはロッソとシャロに声をかけた。マロンネに向かってロッソとシャロの二人は笑顔でうなずくのだった。

 二人は部屋へと戻り旅の支度をする。ロッソは背中に守護者大剣ガーディアンクレイモアを背負い、上半身に鉄製の胸当て、手には手甲と足にはすね当てと最低限の防具をつける。


「ふふ…… 昨日、帰ってきたばかりで鞄もろくに開けてないから俺の準備は簡単だったな」


 笑いながらバッグをつかみ肩にかけるロッソだった。

 シャロは昨日着替えをつめた鞄を持ち、普段着の上にフワフワした灰色のケープを羽織っている。元々シャロも旅立つつもりだったのでこちらも準備はすぐにできた。

 準備が完了したロッソ達は、マロンネおばさんとサマンサに見送られ、村の入り口から旅立つのであった。村を出て街道をシャロとロッソの二人で歩く。立ち止まったシャロが、村の方に振り返り寂しそうに口を開く。


「ごめんね。せっかく帰って来てあたしのせいですぐにまた出てくなんて…… おにいちゃんはよかったの?」

「うん? あぁ俺はあの家に住んだの短かったしな。あんまり自分の家って感じしないから平気だよ」

「そっか…… 実はあたしもなんだ。あの家はおにいちゃんとの思い出もお父さんやお母さんの思い出もないから…… ねぇ、旅をしていいところ見つけたら家を買って二人で住もうね。もちろんおにいちゃんのお金で!」


 走って来てロッソの顔を覗き込んで首をかしげるシャロだった。旅を始めたばかりで、もう旅の終わりを考えている妹が少しおかしくてロッソは笑って答える。


「まだ旅を始めたばかりじゃん。終わることより踊り子として成功するように頑張れよ。むしろ有名になって俺に家を買ってくれよ」

「別にすぐ買うわけじゃないんだからいいじゃん! むぅ…… おにいちゃんは報酬もらって実はお金いっぱい持ってるの知ってるんだからね」

「まぁな…… って!? おい! そんな家を買えるほどはもらってないぞ」


 勇者パーティにいたロッソには確かに特別な報酬は出た。しかし、魔王討伐の報酬と退役による退職金を合わせても二万リロだけだった。リロはこの世界の通貨の一つで、魔王討伐軍で使われていた。

 国にもよるが家を買うには十万リロくらいかかるため全然足りない。ちなみにロッソは報奨金のすべては銀行に預けてある。シャロは顔をはなしてロッソの横を通り抜けると、早足で数メートル先に行って立ち止まり振り返る。


「じゃああたしがいーーーーーーーーっぱいお金を稼いでお兄ちゃんにお家を買ってあげる」

「おう、任せた」

「よーし! 私の踊りでみんなに笑顔になってもらぞーーー!!!  目指せ四大劇場制覇グランドスラムだよ!!!!」

四大劇場制覇グランドスラム!? なんだそれ?」

「ふふふ。私の夢だよ」


 屈託のない笑顔で答えたシャロは、ロッソに向かって手を伸ばした。彼は彼女の手をつかむ。

 

「昨日は一人で歩いて今日は二人か…… フフ」


 ロッソは帰るため一人で歩いた同じ道を二人で歩くのが少しうれしくて笑う。ロッソとシャロの二人は街道をエルシアンの町へと並んで歩いて行くのだった。勇者の仲間だったロッソは、踊り子の護衛ボディガードになり二度目の旅を始めるのだった。

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