第6話 帰郷

 開けた平原の整備された街道の分かれ道でロッソは、腰をかがまえて消えたかすれた文字でトロッカ村と書かれている案内板を懐かしそうに見つめている。トロッカ村は彼の故郷だ。


「もうすぐだ…… ふふふ」


 故郷が近づき心が弾み自然と笑みがこぼれるロッソだった。

 トロッカ村は街道沿いにある小さい村だが、昔から街道を行く旅人が立ち寄ることが多く、商店や宿屋も二件ある。


「おっと! いそがないとな」


 ロッソが空を見てつぶやく、彼がエルシアンの町をでてから、四時間が経ち日が傾き始めていた。昨日は船旅の疲れと故郷についた安心感からか、ぐっすりと寝てしまいロッソは昼近くまで寝てしまった。それから土産を買って村へと向かったため、予定よりも村に着くのが遅くなっていた。

 分かれ道を右に行き六炉は、しばらく歩くと整備された街道から続く小道へと入った。十数メートルほど小道を行くとある小さい門がトロッカ村の入り口だ。ロッソは門をくぐってトロッカ村にはいった。


「出ていった時はもっと大きい村だと思ったけど……」


 村に入ると木でできた家が点在し、中央には集会や祭りに使う広場がある風景が広がっていた。村の奥は畑が広がっていて俺の家の畑もその中にある。

 ロッソは勇者の仲間として世界中で大きな町を見て来て、かつ地球での記憶も戻ったこともあり、故郷の村は彼にすごく小さいく感じた。


「そういや…… そろそろトロッカ芋の収穫期だよな」


 家の途中にある畑を見たロッソがつぶやく。トロッカ芋はトロッカ村の名産品だ。彼は妹と畑の手伝いをしてどっちの芋が大きいかなんて競争していたことを思い出し懐かしんでいた。

 久しぶりの故郷にロッソは、少し興奮気味に見慣れたはずの景色を、じっくりとみて歩く。彼の家は村から入った道をまっすぐ行き、最初の分かれ道を左にいった先にある。村はずれの柵に囲まれた二階建ての赤い屋根がロッソの家だ。


「あいつ元気にしてるかな…… 手紙を読む限りでは叔母さんたちとはうまくやってるみたいだったけど……」


 ロッソが軍隊に入る時、妹のシャロはまだ幼く独りで残しておくことはできなかった。ロッソは魔王軍との戦争で家を失った、叔母家族にシャロと一緒に住んでもらっていた。


「おっ! 見えてきたな。懐かし…… くはないか」


 見えて来た自分の家を見たロッソは苦笑いをする。幼い頃に魔王軍に家を焼かれた彼は、直後に剣の修行をし軍隊に入ったのでこの家にはほとんど住んでなかった。屋根から視線を下に向けた彼は家にいる人影に気付く。家に居たのは女性で彼はその後ろを姿を見てすぐに何者か気付く。


「あれは!? えっ!? まさか……  シャロだ!」


 会いたかった妹シャロが家の前に立っていた。激しい戦いを生き残り唯一の肉親との再会の場面、本来ならロッソはすぐに声をかけたいところだが、彼女の動きに目を奪われ動けないでいた。


「あいつ…… 踊っているのか……」


 家の前でシャロは華麗にステップを踏み、上半身はしなやかに動かして踊っていた。ロッソは彼女の踊りの美しさに目を奪われ動けないでいた。

 

「おっ!? お兄ちゃん!!!!??? おかえりーーー!!!!!!!!!!!!」

「うわ!!!!!」


 ロッソの気配に振り返ったシャロは、顔をクシャクシャにして駆けよってきてロッソに抱き着いた。

 金色の長い髪の上に水色の透けた布のベールをつけたシャロが、ロッソの背中に手をまわしギュッとだきしめた。シャロはロッソの胸に顔をつけて何度も頬を擦りつける。


「はっ!? おにいちゃん! ケガとかしてない? 大丈夫?」


 顔をロッソの胸からはなしたシャロは彼の腕や胸を触りたずねた。見上げてロッソの顔を見つめる彼女の青い瞳に涙をたまっていた。十六歳のシャロは傷一つない透き通るように綺麗な絹のような肌に、高くスラっとした鼻にまつ毛は長くぱっちりとした大きくやや横長の目に、綺麗な青く力強い瞳を宿す美しい女性だった。


「うん…… 大丈夫だよ。ありがとう」


 ロッソがうなずいて答えると、嬉しそうに目を細めシャロは笑った。


「よかった……」


 小さい声でつぶやいたシャロは、またロッソの胸に顔をうずめ、小刻み震えて泣き始めた。ロッソは泣く彼女を抱きしめて頭を撫でる。心の中でもう離れないとロッソは誓う……


「あっ! これはエルシアン饅頭でしょ!? あたしへのお土産?」

「えっ!? おっおう……」


 シャロはロッソが左手に持っていた、エルシアン饅頭の入った箱に、気づき笑って首をかしげた。ロッソが答えるとシャロは箱に手を伸ばす。衣装の胸元から彼女の胸の谷間がはっきりと見えるとロッソは我に返った。


「ちょっと待て!」

「なっなによ!? どうしたの? なんか怒ってる?」


 ロッソはシャロの肩をつかみ、手を伸ばし遠さける。つきはなされたようになったシャロは、不満そうに口をとがらしてロッソを見ていた。


「違う! なんだその格好は! はしたない!」

「へっ!? そう? でも……」

「でもじゃない! へそはでてるし…… 下半身は丸見えじゃないか!」


 シャロは頭には水色の透けるベールをかぶり、上半身は金色の細かい糸のような飾りがついた胸が隠れる布だけだ。下半身は水色の薄い布がスカートのように巻かれ、布は斜めに巻かれているため左足の根元まで肌が見えていた。さらに腰に巻いている薄い布は、透けて中の下着がうっすらと見えていた。

 体をひねりながらシャロは視線を下に向けて自分の格好を見ていた。彼女は首をかしげており、ロッソがなぜ怒っているかわからないといった感じだった。


「大丈夫だよ。これは衣装用の見せてもいい下着だし! ほらほら! チラッ!」

「こら! やめなさい! そうじゃなくて!」

「あはは! お兄ちゃん純情!」

「うるさい!」


 布をまくって見せて来るシャロに、ロッソは頬を赤くして両手を前にだし彼女を止める。シャロは恥ずかしがる兄を見て笑って布から手をはなす。

 

「だいたいなんでそんな格好をしてるんだ!?」

「だってあたし踊り子だし!!」

「踊り子って…… お前…… いつから?」

「ええっと…… おにいちゃんが軍隊に行ってから?」

「なんでお前は俺に手紙とかで知らせないんだ?」

「だっておにいは絶対反対するでしょ? だから黙ってやったの!」


 黙ってやったって堂々と胸を張るシャロにあきれるロッソだった。


「(はぁ…… 魔王を倒して帰ってきたら妹が勝手に踊り子になっていた…… しかも、踊り子ってこんな裸みたいな恰好で踊るんだよな。シャロが男たちにいやらしい目で見られて触られたり……)」


 まじまじと妹の姿を見たロッソは観衆が、彼女へと欲望に満ちた目を勝手に想像し勝手に腹を立てるのだった。ロッソは厳しい顔でシャロの手を強くつかむ。


「えっ!? お兄ちゃん?」

「マロンネおばさんは家の中にいるのか?」

「いると思うけど……」

「一緒に来い!」

「わっ!? ちょっとおにい!?」


 顔を真っ赤にしたロッソは、シャロをひきずるようにして家へと連れて行く扉を開け。マロンネはロッソ達の母親の妹で、彼はマロンネを信用しシャロを預けた。信用を裏切られたと感じたロッソはマロンネに文句を言ってやろうと勇んで大声で彼女を呼ぶ。


「マロンネおばさーん!」

「あら!? ロッソなの? お帰り! 早かったわね。今ね。キッチンであんたの好きなトロッカ芋のスープを用意してるからね。あんた野菜嫌いでもこのトロッカ芋のスープは……」


 家の奥のキッチンから返事が聞こえる。扉を開けてすぐにある、大きな居間のテーブルには数々の料理が並んでいた。ロッソはシャロから手をはなし、ずかずかと家へと上がりこんで、マロンネが食事をつくっているキッチンの前に立つ。


「おばさん! ごめんね。今すぐこっちに来てもらえるかな?」


 キッチンの中まで入ったロッソは、マロンネに声をかけた。彼女は花柄の長いスカートに頭巾を巻いて火にかけて鍋をおたまでかき回していた。ロッソの声に反応したマロンネは鍋におたまを立てかけロッソにほほ笑む。マロンネは茶色の長い髪に少し丸い鼻をして、目は丸い優しそうな女性だった


「あらあらどうしたの? 久しぶりだからっておばさんに甘えたいのかしら?」

「いいから! 早く」

「あらあら!? ちょっと待ってね」


 マロンネをキッチンから連れ出し、シャロの元へと連れて横に立たせた。


「おばさん。これはどういこと? なんでシャロが踊り子なんかに……」

「あぁ! ごめんねぇ。エルシアンの町に旅芸人の一座が来たのよ。シャロちゃんはその中の踊り子さんにあこがれて踊りを教えてもらったのよ。それからずっと踊り子をやってるのよ」

「どうしてとめくれなかったのさ?」

「あら? 別にいいじゃない。シャロちゃんの踊りは村でも評判なのよ。元気になるって!」

「へへへ! ありがとうおばさん」


 踊りを褒められて恥ずかしそうに、頭に手をおいてシャロがほほ笑んでいる。


「違うだろ!」


 ロッソが声を荒げるとシャロは彼を睨む。マロンネは困った顔で二人を見ていた。


「確かにさっき踊っていたシャロの姿は綺麗だったけど…… こんな格好で踊らせるなんてしかも勝手に……」

「勝手? まったく! あんただって勝手に軍隊に入って泣いて止めるシャロちゃん置いていったでしょ! シャロちゃんは勝手とかあんたに一番言われたくないわよ!」

「うぅ……」


 マロンネはロッソの言葉に反応し、ムッとした顔で腰に手を当てると、彼に顔を近づけて来る。姉妹だが当然だが、死んだロッソの母親そっくりな彼女に睨まれるとロッソは勢いがなくなり萎縮してしまう。

 シャロはマロンネの横で腕をくんで頷いていた。ロッソは言い返せるはずがなかった、軍隊に入るのも妹を置いて行ったのも全て事実だからだ。兄は妹のために魔王討伐へと向かったが、妹は側にいてほしいと泣いたのだ。


「じゃあ、これで話は終わりね。フン!!」


 大きく鼻から息を吐き、マロンネは勝ち誇った顔をキッチンへと戻っていく。シャロも同じように勝ち誇った顔でロッソを見つめている。


「フフ…… お帰りロッソ。あんたお腹すいてるでしょ? すぐご飯にするから座って待ってなさい」


 振り返ったマロンネは、ロッソに微笑みキッチンに戻っていくのだった。


「あぁ! ちょっと待って……」

「わーい! ご飯! ご飯! おにい一緒に食べよう! あたしミハイルおじさんとサマンサを呼んでくるね」

「あぁ! もうわかったよ!」


 シャロはロッソの腕をつかみ、強引に椅子に座らせるとすぐに居間を出ていくのだった。

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